ますます深まる謎…ウイルスから考える「まぎれもない生物」と「明らかな無生物」のはざま

生命科学
ますます深まる謎…ウイルスから考える「まぎれもない生物」と「明らかな無生物」のはざま(小林 憲正)
生命はなぜできたのか? この難題を「神の仕業」とせず合理的に考えるために、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏が提唱するのが「生命起源」のセカンド・オピニオン。そもそも生命と非生命のあいだに境界はあるのか? という疑問から【生命のスペクトラム】をテーマに生命を考えていきます。今回は、生物か、否か議論になることの多い「ウイルス」をヒントに、生命と非生命のあいだを考えていきます。じつは、ウイルスこそ、生命のスペクトラムにある存在といえないでしょうか。

ますます深まる謎…ウイルスから考える「まぎれもない生物」と「明らかな無生物」のはざま

生命と非生命の境界

連続的なスペクトラムという考え方は、生命と非生命のあいだにも当てはめることはできないでしょうか。

生物と無生物の間』という本があります(川喜田愛郎/岩波新書)。副題は「ウイルスの話」とつけられています。たしかに、ウイルスは生物と無生物のあいだに置くことができるのかもしれません(なお、ほぼ同じタイトルでベストセラーになった『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一講談社現代新書)は生命とは何かについて考察をめぐらせたものです)。

ウイルスが生物か生物でないかということは、たびたび議論されていますが、生命と非生命を二分する立場の生物学者から見ると、ウイルスは生物ではないとすることが多いようです。

ウイルスは、細胞膜は持っていませんが、核酸(DNAもしくはRNA)を持ち、カプシドというタンパク質で覆われています。なかにはエンベロープとよばれる脂質二重膜を持つものもあります。しかし、単独では代謝ができず、宿主の細胞に入って宿主のタンパク質合成系を用いて、タンパク質を合成しています。

以前の記事〈まさか…生命と非生命が「区別できない」とは…! それでも地球型生命に2つの「絶対必要な分子」があった〉でみた地球生命の特徴(図「地球生命の5つの特徴」)という観点からは、ウイルスは、①水と有機物からなる、②外界との境界を持つ(細胞膜ではないですが)、⑤進化(変異)する、には当てはまりますが、他の生物に寄生しないとタンパク質や核酸が合成できないので、③代謝や④自己複製は自分だけではできません。

ただし微生物の中でもリケッチアやクラミジアなど、タンパク質は合成できるが増殖は他の生物に寄生しないとできない寄生生物もいることを考えると、ウイルスは生物と無生物のあいだではかなり生物寄りにも思えます。

地球生命の5つの特徴

1935年にウェンデル・スタンリー(1904〜1971)は、モザイク病にかかったタ
バコの葉からタバコ・モザイク病のウイルスを単離して、それが核タンパク質(核酸とタンパク質の複合体)であること、さらに、結晶化できることを報告しました。

当時、ウイルスはその病原性から「超微生物」だろうと考えられていました。一方で、結晶化できる生物はそれまで知られておらず、結晶化できるものは無生物と考えられていました。ウイルスを結晶にできたことにより、ウイルスは生物か否かという議論が盛んになったのです。

「特徴」であって、「条件」ではない

ここで強調しておきたいのは、図「地球生命の5つの特徴」に示したものは、あくまでも地球生命の「特徴」であって、「条件」ではないということです。

これらを完全に満たさないと「生物」とよべないのなら、たとえばラバ(ロバと馬の交雑種)やオスのライガー(ライオンと虎の交雑種)も、生殖能力を持たないため、生物ではなくなってしまいます。

ライガー。自己複製が条件となると、生殖能力を持たない彼らも、生物ではなくなってしまう photo by gettyimages

これらの動物やウイルスをみると、生命とは何かを定義して、生物と非生物を完全に区別することはできないように思えてくるのです。

ウイルスの起源はどこなのか

ウイルスがバクテリアやアーキアなどのまぎれもない生物と、明らかな無生物とのあいだにあるとしたら、ウイルスはどこから来たのでしょうか。

生命誕生までの化学進化の道筋と考えられているもので最もポピュラーなのは、RNAワールド(RNAを代謝に利用)→RNPワールド(タンパク質を代謝に利用)→DNPワールド(核酸情報をDNAに保存)→共通の祖先、といったものです。ウイルスはこの道筋のどこかで生物と分かれて(図「ウイルスの起源はどこか?」)、独自の進化をとげたのでしょうか。

ウイルスの起源はどこか?

代謝を行わないということから、図「ウイルスの起源はどこか?」のAのように、RNAワールドに進む手前で生物と分かれたとも考えられます。しかし、それでは矛盾が生じます。ウイルスは自分でタンパク質を合成できません。もし、ウイルスがRNAワールドの前に分かれたのだとしたら、RNAより前にタンパク質が存在し、ウイルスはそれを利用できたことになり、RNAワールドの考え方に反するからです。

ただ、次のRNPワールドやDNPワールドは、タンパク質を使ったシステムですの
で、タンパク質(カプシド)を身にまとったRNAまたはDNAが、他の独自の代謝システムを持ったものに寄生してウイルスとなった可能性はあります(図「ウイルスの起源はどこか?」のB)。

あるいは、共通の祖先が誕生したあとの生物進化の中で、タンパク質を用いた代謝を自分で行うことを放棄し、他の生物に寄生してその役割を任せるようになったのかもしれません(図「ウイルスの起源はどこか?」のC)。代謝機能を捨てるというのは一見「退化」にも見えますが、不必要なものを切り捨てるのも立派な「進化」ですので(たとえばヒトのしっぽ)、もし、Cが正解ならば、ウイルスは通常の生物(原核生物)から進化したといえます。

化学進化と生物進化の境界

こうしたことを考えてみると、どこまでが化学進化(非生命の進化)で、どこからが生物進化(生命の進化)なのかもわからなくなってきます。多くの生物学者はウイルスを無生物としていて、共通の祖先以降の、私たちと同じ生命システムを有するものの進化を生物進化と考えますので、化学進化/生物進化の境界は明瞭に線引きできます。

しかし、もしもウイルスが私たちとは別の生命形態として進化したものだとすれば、化学進化/生物進化の境界は、もっと前に遡ることになるでしょう。

このように現在の地球においても、「1」(生命)と「0」(非生命)の区別は、実はそう簡単につかないことがわかります。そのような状況で、地球外に生命がいるかどうかなど、どうやって調べたらいいのでしょうか。

続いては、これまでに行われた地球外生命の探査j活動から、生命の連続性を考えてみます。

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