現代の日本の技術力について、悲観的な見方が多いです。
しかし、この記事のように革新的な技術開発で世界最先端に位置していることも知っておきたいですね。
日本が、水素エネルギーと光半導体で画期的技術を開発し、その応用にメドを付けたことは、日本の潜在的な技術開発力が衰えていなかったことの証明でもある。これら二つの技術は、冒頭でも指摘した時代を画する「エネルギー革命」を担っている。日本が、「失われた30年」という雌伏期を経て復活できる基盤は、こうした技術開発力が支えるに違いない。さらに、2つの技術が国際標準になれば、日本から部品が大量に輸出される恩恵もあるのだ。
世界がうらやむ日本経済の未来。2つの革新的技術「水素エネルギー」「光半導体」で再飛躍は確実=勝又壽良
日本経済「再飛躍」は確実と言える。本稿では、日本の技術開発力にスポットライトを当てた。技術は地味だが、その効果は世界を突き動かす巨大なものになる。日本には現在、そうした貴重な技術が2つも実用化に向けて動き出している。これを、読者とともに認識したい。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
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プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
日本経済「再飛躍」をもたらす2つの技術
社会が発展する動因は、技術開発の進歩発展にある。この発展は、直線的に進むものでない。必ず、「休止期」が訪れて階段状に発展する。これが、過去の人類が歩んで来た道である。
18世紀後半から19世紀前半にかけた約100年間、英国で始まった産業革命によって、人類は長足の経済発展が実現した。石炭による蒸気機関がもたらした成果だ。エネルギー革命が、経済発展のカギの1つを握ることを証明している。
技術発展は、一国経済発展の基盤である。第二次世界大戦後の米ソの冷戦で、ソ連敗北の理由は技術発展が軍事に偏り、民間経済の発展を阻害したことにある。皮肉にも、ロシアの経済学者コンドラチェフは、資本主義経済に50年周期の循環があると指摘した。これ以降は、「コンドラチェフ循環」として世界的に知られるようになった。コンドラチェフは、資本主義経済に「死滅」がないとの仮定に立つので、ソ連首脳部から睨まれ「行方不明」という悲運に襲われた人物である。
資本主義経済の「50年循環説」は後に、技術革新がその主たる理由と解釈されている。画期的技術は、連続して起こるものではない。発明の必要性が認識される時代背景によって、新技術が登場するものだ。第二次世界大戦が終わって、すでに80年近い歳月が経つ。新しいエネルギー革命が、起っても不思議はない時代環境を迎えている。当メルマガ では今回、日本の技術開発力にスポットライトを当てた。技術は地味だが、その効果は世界を突き動かす巨大なものになる。日本には現在、そうした貴重な技術が2つも実用化に向けて動き出している。これを、読者とともに認識したい。
クリーン水素製造に道
上述の通り、エネルギー技術の革新が、人類を次なる経済発展段階へ押し上げてきた。第二次世界大戦後は、原子力発電がエネルギー革命の担い手として登場したが、主役は化石燃料の石油や石炭で大きなシェアを占めている。これが現在、大量の二酸化炭素を排出させて、環境破壊をもたらしている。
これを反面教師にし、無公害(二酸化炭素ゼロ)エネルギーとして水素が登場した。原料は無限に存在する水だ。この水素を製造するには、太陽光など自然エネルギーで水を分解し酸素を取り出すことがベストの選択である。このほか次善の策では、石炭や天然ガスから水素を製造する方法もあるが、二酸化炭素の排出を伴う難点がある。そこで、究極の無公害エネルギーの水素製造法として、高温ガス炉(原子力発電の一種)が脚光を浴びている。高温ガス炉は、発電するだけでなく水素も製造する。一人二役である。
高温ガス炉では、温度850度で水を分解して水素を製造する。日本は3月28日、これに成功した。OECD(経済協力開発機構)と共同で、次世代原子炉と期待される高温ガス炉(HTTR、茨城県大洗町)の安全確認試験を行った。商用化に向けた関門の1つをクリアした形である。日本原子力機構は、24年にも水素製造施設を高温ガス炉に接続する審査を原子力規制委員会へ申請する。順調に審査が進めば、28年には水素製造試験を始める計画とされる。日本が今、水素社会へ門を開いたのだ。
日本政府は、2040年の水素供給量を、現在の6倍になる年間約1,200万トン目標にしている。研究炉である日本原子力機構のHTTRは、熱出力30メガワット(1メガワットは1,000キロワット)である。250メガワットに高めれば、FCV(燃料電池車)で年間20万台分の脱炭素水素を製造できると試算する。政府は、出力が小型なので数基設置することを想定している。政府は、今後10年間で高温ガス炉などの建設に1兆円を充てる計画である。
経済産業省はすでに、高温ガス炉について、実証炉の開発で中核となる企業に、三菱重工業を選定した。実証炉の基本設計や将来的な製造、建設を担う。また、高温ガス炉の実証炉の建設では昨年9月、英国政府との協力の覚え書きを結んでいる。日英は、知見を共有して実用化を目指し、脱炭素社会の実現につなげる目的だ。
日本が、英国と協力の覚え書きを結んだ裏には、この分野でまだ明確な国際基準がないので、先行して基準を示して水素製造の国際標準を主導する思惑があるとみられる。今回の安全確認試験では、OECDが立ち会っている。日本には、英国と協力しOECDも加わって、水素の国際標準づくりをリードしたい執念を感じるのだ。これまでも、一貫して「水素の日本」という旗印を立ててきた。それへのこだわりである。
鉄鋼・自動車等で活用
日本の水素社会は今後、どのような構想で進むのか。
日本政府は2月、水素社会促進法案とCCS(CO2回収・貯留)事業法案を閣議決定し、現在開会中の国会へ提出した。両法案は、鉄鋼・化学などの産業、モビリティ、発電といった脱炭素の難易度が高い分野で、水素などの供給・利用の促進、CCSに関する事業環境を整備するものである。こうして、日本は水素社会へ向けて動き出している。その技術的裏付けは、今回の高温ガス炉による安全確認試験の成功である。日本にとっては、大きな一歩である。
水素社会を実現する上で、二酸化炭素排出量の多い産業が技術革新対象になる。鉄鋼・化学などの産業、モビリティ、発電が主要対象だ。
鉄鋼では、水素製鉄が関心を呼んでいる。2008年から、水素を使ってCO2排出量を削減するプロジェクトが始まり、世界に先がけた技術開発が進んでいる。現在、開発されているのは、水素を使って鉄鉱石を直接還元する「水素還元製鉄」である。既存の「高炉法」では、コークス(石炭)を使って鉄鉱石を還元するので、大量のCO2が発生する。「水素還元製鉄」技術では、コークスの代わりに水素を使って還元するため、CO2発生量を削減できる。この技術は、世界的にまだ確立されていない。
日本製鉄は、米国のUSスチールとの合併を両社の役員会レベルで決定した。USスチールの株主総会の承認を得ていないが、近く承認される見通しだ。米国の労組や政治家は、政治的理由で反対している。だが、米大統領選後に承認を得られるとの見方もある。
日鉄が、USスチールとの合併に積極的なのは、USスチールが水素製鉄技術と、これに適した鉄鉱石鉱山を保有していることに魅力を感じているからだ。両社の水素製鉄研究が合体されれば、大きな成果を上げられることは確実である。両社が今後、世界鉄鋼市場をリードできる、またとないチャンスが到来するはずだ。
モビリティの代表は、自動車である。水素をエネルギー源にする自動車は、燃料電池車(FCV)と水素エンジン車がある。いずれも、トヨタ自動車が世界の先頭を切って開発している。2014年に、FCV「MIRAI」を発売した。また、トヨタは水素を使う燃料電池(FC)システムを、2030年に年間10万台を供給できる体制を整えつつある。水素時代への準備が、進んでいるのだ。
前記の10万台の内訳は、小型商用車・乗用車が5割強、大型トラックが3割強を占めている。独ダイムラートラックなど海外自動車大手とも、水素分野で連携を強化する手はずだ。水素市場は、欧米や中国を中心に拡大が見込まれている。先ず、トラックなど商用車への搭載を目指す。長距離を走る商用車は、EV(電気自動車)よりもFCVが適している。トヨタは、海外の自動車メーカーなどと連携し潜在需要を掘り起こす戦略である。
ホンダもFCVに取組んでいる。ホンダは今年2月、日米で年内に投入する新型のFCVを発表した。北米や中国などで販売しているスポーツ多目的車(SUV)の「CR─V」をベースにしたFCVである。日本車メーカーとして初めて、家庭や外で充給電できるプラグイン機能を備え、利便性を高めた。世界初公開である。
FCVの普及は、水素を充填する拠点がまだ少なく、思うように進んでいない。ホンダは人気のSUVタイプでEVとしても走行できる充給電機能も搭載することで普及につなげたい考えだ。1回の水素充填による走行距離は600キロ以上。充電だけでは60キロ以上となる見込みとしている。FCV普及への努力を重ねているのだ。
NTTは光半導体開発
技術の世界では、次々と新分野が登場している。AI(人工知能)は、ここ1年で燎原の火の勢いで普及している。ホワイトカラーは、仕事の30%がAIに置き換わるとの予測まで出ている。このAIは、莫大なエネルギーを消費する点で、将来の電力供給を脅かす要因にもなってきた。
現在、データ量が急増している結果、データセンターがさばける情報量の限界を越えようとしている。これを解決するのが、「インメモリーコンピューティング」である。これは、メモリと演算を一緒に行うというアイデアだ。現在、米国ではこの半導体開発でしのぎを削っている。実現すれば、消費電力が大幅に減らせるとしている。
インメモリーコンピューティング半導体は未だ、計算誤差が出ると指摘されている。米国政府は、この半導体を開発している新興企業の開発情報が、国外へ漏洩しないように監視するほどの騒ぎである。この技術を抑えた国が、優位になるという視点からだ。
こういう喧噪を離れて、世界初でNTTが開発した「光半導体」が、すでに実用化に向けて国際的な協力網を構築している。
これまで半導体は、「微細化」という技術で性能を上げてきたが物理的な限界へ近づいている。NTTは、半導体内の電子処理を電気信号から光に置き換える「光電融合技術」を開発し、大幅な消費電力の削減を実現させるメドがついた。
NTTは、すでに製品化へ向けて動き出している。演算用の半導体を手掛けるインテルや、記憶用の半導体を手掛けるSKハイニックスと必要な技術の擦り合わせなどで協力を要請している。NTTは、この技術を核にして次世代通信基盤「IOWN」の実用化を目指す。2028年度に伝送容量125倍を処理し、32年度に電力消費100分の1削減を達成できると見込んでいる。つまり、現在よりも125倍のデータ伝送を1%の電力消費で行うのだ。夢の実現である。
NTTは、30年に実用化が見込まれる次世代通信規格「6G」で、IOWNを世界標準へ押し上げる目標だ。NTTは、過去の国際標準化失敗を教訓にし、海外のネットワークづくりによって孤立を避け、支持グループの拡大を目指している。インテルやSKハイニックスへ製造を任せれば、IOWNの世界標準づくりに協力するだろうという読みだ。日本が、現在の「5G」の次世代「6G」で世界標準を目指しているのである。
日本政府は、NTTへ技術開発支援として約450億円の補助を決定した。生成AI(人工知能)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」の普及により、世界のデータセンターの電力消費は激増することを見込んだもの。膨張する消費電力を削減するには、光技術を使った半導体量産が不可欠となろう。
2技術は国際標準化へ
日本が、水素エネルギーと光半導体で画期的技術を開発し、その応用にメドを付けたことは、日本の潜在的な技術開発力が衰えていなかったことの証明でもある。これら二つの技術は、冒頭でも指摘した時代を画する「エネルギー革命」を担っている。日本が、「失われた30年」という雌伏期を経て復活できる基盤は、こうした技術開発力が支えるに違いない。さらに、2つの技術が国際標準になれば、日本から部品が大量に輸出される恩恵もあるのだ。
米国は、日本の高度の技術開発力に注目している。対中軍事同盟のAUKUS(米英豪)は、日本に対して技術開発面でのサポートを申し込んできた。具体的には、海底・量子技術・人工知能(AI)・サイバー・極超音速・電子戦武器などを共同開発する、としている。
前記の技術は、戦争をする目的でなく戦争抑止のために不可欠とされている。日本は、米同盟国の有力な一員として悲惨な戦争を防止するべく、その潜在的技術が注目されているのだ。アジアでの戦乱が未然に防げれば、日本の未来は確実に明るくなるであろう。
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