日本の国土面積は378,000㎢で世界61位ですが、日本の「排他的経済水域」は、4,479,000㎢にも及び、これは、国土面積の約12倍であり、世界第8位の広さになります。
別記事でも紹介しましたが、この「排他的経済水域」にはたくさんの資源があります。
この水域にある、石油、天然ガス、メタンハイトレード、レアースなどを本格的に開発し、資源として供給できれば、日本は資源大国になることは間違いありません。
今回は、太平洋レアアース泥に関する記事の紹介で、資源開発と共にその活用方法にも日本的経営「三方よし」による活用方法の提案です。
「ハイテク産業のビタミン」を脅迫カードに使う中国から、日本と世界を護る道が見つかった。
日本と世界を護る太平洋レアアース泥
■1.「ハイテク産業のビタミン」数百年分
東京から南東約1,900kmにある南鳥島周辺の海底下にあるレアアースが、世界の消費量の数百年分に相当する資源量であることが明らかになった。[1]
レアアースは15種類の稀少な元素で、LED電球の蛍光体、医療用レーザーの発振材料、デジカメの光学ガラス材料、燃料電池の水素吸着体、電気自動車用モーターの磁石など、ほとんどのハイテク製品に使われており、「ハイテク産業のビタミン」と呼ばれている。
このレアアースの数百年分もの資源量が日本の排他的経済水域内で見つかった事は、日本および世界の経済を激変させる可能性がある。特にレアアースは、現在、中国が独占的に供給し、世界各国に対して脅迫カードとしても使った経緯もあり、安全保障の上でも今回の発見は大きな意味を持つ。
今回は、その発見者の一人、加藤泰浩東京大学教授の『太平洋のレアアース泥が日本を救う』[2]から、その意味を考えてみよう。
■2.中国による「レアアースショック」
中国がレアアースを外交上の脅迫カードとして使ったのは、平成22(2010)年9月7日、尖閣諸島沖で違法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりして、その船長が逮捕された時であった。その体当たりする様子は、一色正春・海上保安官が、民主党政権の禁令を破ってビデオを公開し、ひろく国民の目に触れることになった。[a]
9月21日、中国の温家宝首相は「日本が船長を釈放しない場合、さらなる行動をとる」と表明し、それまで滞りなく行われていた日本向けのレアアースの通関手続が受理されなくなった。
9月24日、那覇地検が「我が国国民への影響と今後の日中関係を考慮すると、これ以上、身柄の拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断した」とコメントして、船長を釈放した。検察が自ら「日中関係を考慮」して、明白な罪人を釈放することなどありえない。明らかに民主党政権が中国の威嚇に屈したのである。
9月28日、レアアースの通関手続が再開され始めたが、税関で厳しく検査されたり、船積みができなかったりと、実質的な輸出差し止めの状況が続いた。10月5日、大畠章宏経済産業相は記者会見で「輸出が再開されている状況ではない」と語った。
日本のハイテク部品生産が滞って、米企業にも影響が及んだのであろう、10月15日にはアメリカ通商代表部(USTR)がレアアース輸出規制などにより、米企業が不利益を受けているとして調査を開始したと発表した。中国政府はこれに激しく反発し、10月18日から欧米諸国向けのレアアース輸出を停止するという報復措置に出た。
これは欧米企業に大きな衝撃を与え、「レアアースショック」と呼ばれた。日米欧は、レアアースの安定調達や削減技術について検討する作業部会を設け、さらに共同でレアアース輸出規制を行う中国をWTO(世界貿易機関)に提訴した。
■3.中国の巧妙なレアアース戦略
「中東に石油があるように、中国にはレアアースがある。レアアースは我が国に必ずや優位性をもたらすだろう」とは、トウ小平が1992年に語った言葉である。中国は世界のレアアース埋蔵量の5割を占め、1980年代半ばから本格的な開発を始めていた。
1990年代半ばには生産量でアメリカを追い抜き、安値攻勢によって世界の鉱山を次々と閉山に追い込んでいった。そして2000年代には世界のレアアースの90%以上を生産・供給する体制を築き上げた。
独占的供給を実現すると、中国は途端に供給を絞り、価格を吊り上げる対策に転じた。まず輸出許可枠を突然減らした。2006年に6万トン強だったのを、2011年には約3万トンと半減させた。 2006年~7年にかけては、レアアースに10~15%の輸出税を課税した。その後、段階的に税率を引き上げていった。
2010年のレアアースショック以降は価格が急騰し、2011年8月には史上最高値、しかも1年前の10~30倍という暴騰を記録した。またレアアースショック後に世界で新規鉱山の開発が進み始めるや、価格は突然下落して、それらの開発企業の株価が急落した。中国の価格操作という見方が広がった。
中国の戦略が巧妙なのは、中国国内では輸出価格の半値以下でレアアースを流通させ、また中国内で合金に加工すれば輸出数量制限を課さないということで、価格高騰と供給不足にあえぐ外国企業を中国国内生産に追い込んだことだ。日本のいくつかの大手レアアース磁石企業も、中国への生産移転を進めた。これに関して、加藤教授は次のように述べている。
__________
中国の本当の狙いは、今後中国が世界経済において覇権を握るのに必須の、日本をはじめとする先進国企業のハイテク技術の搾取と集積であることは間違いありません。資源とハイテク技術の両方を握られたら、日本の将来は完全に断たれてしまうでしょう。[2, 764]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■4.深刻な環境破壊
中国産のレアアースが安いのは、環境保護を無視しているという面もある。レアアースを精錬する過程でトリウムとウランも濃縮されてしまう。ウランはまだ原子力発電用の資源として転用することができるが、トリウムには使い道がない。中国以外の国では、このトリウムの処理がネックとなって、開発が困難ないし高コストになってしまう。
中国では、トリウムなどの放射性元素が残留した廃棄物を無造作に貯蔵していて、深刻な環境問題や住民の健康被害を引き起こしていると言われている。
また一部のレアアースは弱い酸をかけるだけで簡単に回収できるが、中国では不法業者が山全体に弱酸をかけて、流れ出たレアアースの抽出溶液を回収している。回収しきれなかった抽出溶液は河川や田畑に流れ込み、深刻な土壌汚染を引き起こしている。こうした地域では採掘地の荒廃が進み、いくつものハゲ山ができている。
『世界が称賛する 日本の経営』[b]では、売り手良し、買い手良し、世間良しの「三方良し」が日本的経営の伝統的理想であることを述べたが、この中国商法では得をしているのは悪徳業者と中国共産党政府のみで、買い手は供給不安定に晒され、世間は深刻な環境破壊に直面している。こんなビジネスが長続きするはずがない。
■5.加藤教授の決心
温家宝のレアアースを使った脅迫に、加藤教授は覚悟を決めた。
__________
「これはとても看過できない。もうやるしかない」
私はついに伝家の宝刀を抜く覚悟を決めました。私たちがひそかに見つけていた〝レアアースを豊富に含んだ太平洋の泥の大鉱床〟、この研究成果を『ネイチャー』に発表しよう。中国一国によって独占されているレアアース資源の枠組みを根本から変える、日本のためにも、世界のためにも、それを成し遂げよう。私はそう決心しました。[2, 21]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
加藤教授が学生たちとともに、どのような苦労をして海底のレアアース泥を発見したのかについては、氏の著書[2]に生き生きと語られているので、ぜひ参考にしていただきたい。その研究と教育への熱意で学生を引っ張っていく様は、「加藤さんの研究室は松下村塾だ。現代の吉田松陰を目指して、頑張ってください」とまで言われたそうな。
加藤教授は大車輪でそれまでに出ていた調査データを取りまとめ、尖閣衝突事件の9ヶ月後、 2011(平成23)年5月19日、『ネイチャー・ジオサイエンス』誌の電子版に発表した。日本のほとんどの主要新聞が、一面トップで「太平洋に大量レアアース」「太平洋に”夢の泥”」などと報じた。
この〝レアアース泥〟は、レアアース含有量が高い、資源量が膨大(陸上埋蔵量の約1000倍)、かつ探査が容易、トリウムやウランなどの放射性元素をほとんど含まない、回収が極めて容易(薄い酸で容易に抽出可能)など、まさに夢のような海底鉱物資源だった。
海外のメディアも大きく注目し、フランスの通信社は教授の発見が中国のレアアース独占に対抗するものであると高く評価した。加藤教授が発表したレアアースの存在海域には、タヒチ沖のフランスの排他的経済水域も含まれていたので、フランスにとっても嬉しいニュースであった。
さらに公海上やハワイ沖のアメリカの排他的経済水域も含まれていた。この発表の目的はレアアース資源を独占する中国を強く牽制することであったから、日本だけが中国と対峙するのではなく、アメリカやフランスなど、できるだけ多くの国を巻き込むことを教授は狙ったのである。
案の定、中国の反発は強かった。人民日報社が出している経済紙『国際金融報』は一面で大きく取り上げながらも「レアアース大発見は誰を欺きたいのか」と、まるでフェイクニュース扱いをした。『中国経済網』は「海底のレアアースは使えないし、とっくに知っている古いニュースだ」と負け惜しみたっぷりの論調だった。
研究の発表だけで、これ以上、中国が出荷規制や価格吊り上げをすれば、世界各国の海底レアアース開発を加速するだけだ、という警告になったようだ。
■6.「この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」
アメリカやフランスを巻き込む形での発表は、加藤教授の卓越した戦略的思考を現しているが、もう一つ感心するのが、日本の排他的経済水域に関してはデータを伏せていたことだ。
マスコミからは「日本の領海または排他的経済水域にはレアアース泥があるのか」とよく聞かれたが、記者会見では「これから調査します」とごまかしていた。実はすでにレアアース泥が存在することの確証をつかんでおり、含有量のデータまで持っていた。
中国を牽制するという目的のためには、アメリカやフランスの排他的経済水域に関するデータの公表だけで十分であった。日本の経済水域に関する情報は、密かに経済産業省に伝え、いつの間にか日本がレアアース泥の開発・生産までしている、と言う夢のロードマップを教授は思い描いていた。
「しかし、この私の思いは霞が関には全く伝わりませんでした」と教授は語る。「あまりにも馬鹿らしくて、今は話す気にもなりません」とまで言う。
ここに至って、教授は日本の排他的経済水域におけるレアアース泥の公表をせざるを得なくなった。公表しなければ何も進まないからである。苦渋の選択だった。
今回の南鳥島周辺の「世界の消費量の数百年分に相当する資源量」という日経記事では、三井海洋開発やトヨタ自動車も加わった「レアアース泥開発推進コンソーシア」が平成26(2014)年に設立されていることも紹介している。民間の力によって、レアアース泥を開発する体制ができているのである。
■7.レアアース泥の開発計画
しかし水深4~6千メートルの深海底から、本当にレアアース泥を引き上げることができるのか。加藤教授は非常に長いパイプを用いて海底の泥を海水とともに吸い上げる方法を考えている。この技術はすでに長年の経験が蓄積されており、30年以上も前にドイツの鉱山会社が、水深2千メートルの海底から年間260万トン規模の硫化泥の吸い上げに成功している。
レアアースは硫化泥と同様、非常に細かい粒子の泥でできているという点で同じであり、また最新の技術をもってすれば水深が4~6千メートルとなっても十分に可能だという。
コンソーシアムのメンバーとなっている三井海洋開発は、世界中の海底石油開発に同様の設備を用いており、それを基にしたレアアース泥の開発システムを提案している。それによれば、パイプで船上に吸い上げたレアアース泥を巨大な脱水槽で水分を取り除き、運搬船に移す。運搬船は脱水したレアアースを南鳥島に運ぶ。
南鳥島では陸上の工場で、レアアース泥から各種の元素を取り出す。この計画では日本のレアアース需要の10%を供給できるという。抽出後の残泥は中和して、南鳥島周辺の埋め立てに使える。すでに海洋環境への影響はほとんどない事、経済的にも十分成り立つ事が確認されている。
国内需要の10%供給というのは「レアアースの価格をコントロールする調整弁」としては十分だと加藤教授は考えている。中国が安値攻勢に出てきたら、レアアース全体の輸入コストが下がるので、日本企業としては得をする。また高値攻勢に出たら、このプロジェクトの利益が膨らむので、どしどし設備を増やせば良い。
いずれにせよ中国のレアアース独占供給による脅迫カードは効力を大きく削がれることになる。
■8.三方良しへの道
日本の需要分10%というのは、第一ステップとしては良いものの、数百年分の資源量と、今後のレアアースの世界需要の伸びを考えれば、設備能力を数十倍にして、世界シェアの何割かを狙うという戦略があっても良いのではないか。アメリカやフランスも生産を始めれれば、3カ国で競争しながら、中国供給などに頼らずに世界需要を安定的にまかなうことができる。
さらには価格も下げ続けて、中国の環境破壊をしながらのレアアース生産を止めさせる、というくらいを狙ってもよいだろう。
それでこそ、日本国と日本国民にとっての「売り手良し」だけでなく、増え続ける需要を安定的、低コストでまかなうことでの「買い手良し」、さらには環境破壊に苦しめられる中国人民を含めての「世間良し」につながるはずだ。
中国流にレアアース独占を脅迫カードに使うのは邪道であり、日本流の「三方良し」経営こそ持続的な成功の鍵であることを、ぜひレアアース泥の開発でも示していただきたい。
コメント