パレスチナとイスラエルの戦闘が始まり、すでに3カ月以上が経過した。日本ではすでに報道が下火になってきている上に、ウクライナ戦争と比較すると、なぜこの戦争が起きたのか、全体像が十分に解説されていない印象もある。
ハマースとはどんな組織で、イスラエルとはどんな国なのか。アメリカはどんな態度でこの現実と向き合っているのか。『ガザとは何か パレスチナを知るための緊急講義』(大和書房)を上梓した現代アラブ文学者の岡真理氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──「2023年10月7日の、ハマース主導のガザのパレスチナ人戦闘員による越境奇襲攻撃に対して、イスラエルによる未曾有のジェノサイド攻撃が始まりました」「日本の主要メディアは、このジェノサイドに加担しています」と本書に書かれています。今、ガザで何が起きているのか。日本のメディアの報じ方にどんな問題があるのでしょうか。
岡真理氏(以下、岡):ちょうど本日で、ハマースの奇襲攻撃から始まるパレスチナとイスラエルの戦闘が100日目に入りました(このインタビューは2024年1月14日に行われた)。
ガザ保健省の発表によれば、現時点における、ガザの死者数は2万3843人です。これは身元も亡くなった場所も明らかになっている方々の数です。負傷者の数は現時点で6万317人が報告されています。行方不明者はおよそ7000人です。瓦礫の下敷きになったままの方たちです。燃料が底を尽いて遠隔通信ができず、状況が把握できない場所もあり、そういったところの死傷者数は含まれていません。
イスラエル当局の発表によれば、イスラエル側の兵士の死者数はおよそ520人、負傷者は2193人ということですが、イスラエルの新聞が今日すっぱ抜いた情報によると、イスラエル兵で何らかの障害を負った者の数はおよそ4000人。イスラエル政府は、兵士の士気が下がるので、正確な数字は発表していないと言われています。
今ガザでは毎日、100人以上の民間人が殺されて、10人以上の子どもたちが手や足を失っています。しかも、麻酔薬がないので、麻酔なしで切断手術が行われています。
イスラエルはガザを完全封鎖しており、飢餓を戦略として用いています。停戦したとしても「飢えや病気で亡くなる人の数は今後50万人以上になるのではないか」という予測も出されています。
日本の報道機関は、深刻なガザの実態・実相をきちんと伝えていません。最近はことに3カ月間同じ状況が続いていることへのメディアの飽きもあるのか、起きていることの重大さに見合った質と量の報道がなされていません。
南アフリカが国際司法裁判所にイスラエルをジェノサイドの罪で提訴しました(※)が、第二次大戦後最大のジェノサイドが起きているというのに、日本の報道は「世界各地で起きていることの1つ」という程度の、実に他人事な報じ方です。
※編集部注:国連の国際司法裁判所は1月26日、イスラエルに対して、パレスチナ自治区ガザでのジェノサイド(集団虐殺)を防ぐため、あらゆる対策を講じるように暫定的に命じた。今回の暫定措置では、戦闘の停止は命じておらず、ジェノサイドを行ったかどうかという南アフリカ政府の訴えについてについては判断を下していない。
さらに問題なのは、起きている問題の本質をきちんと報じていないことです。パレスチナとイスラエルの衝突が起きる歴史的な文脈を語っていません。この「語らない」ということが、メディアの無知から来るものなのか、何か語るわけにはいかない事情があるのかは分かりません。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長も言っていますが、ハマースの攻撃は決して真空から起こったものではありません。それが起こるだけの背景があります。その原因は端的にいえば、イスラエルが行ってきた民族浄化と占領です。西岸とガザの占領はあと3年で、60年目を迎えます。
法的に違法、政治的に不正だったパレスチナ分割案
──私がテレビなどを見ていて感じるのは、ハマースが、イスラエルに奇襲攻撃を仕掛けて人質を取った。だから、イスラエルは自衛のために戦っている。もともとあの辺りは宗教を巡る戦いがずっとあるので、それがまた始まったのだ。どっちが良くてどっちが悪いのか、複雑で分からない──。およそそのような印象だと思います。
岡:メディアの報道や一般の方の印象はそのようなものだと思います。その見方は間違っています。これは宗教を巡る戦いなどではありません。企業メディアは、「憎しみの連鎖」や「暴力の連鎖」などの言葉で、何事かを語った気になっていますが。
──「パレスチナ分割は、国連憲章違反であり法的に違法、アラブ国家は経済的に持続不可能、政治的には不正──これがアドホック委員会の結論です」「ところが、アドホック委員会がこのように結論づけた分割案が、特別委員会で可決され、総会にかけられて、ソ連とアメリカの多数派工作によって賛成多数で可決されてしまいます」「振り返れば、まさにこのアドホック委員会の結論こそ、正しかったと分かります」と本書に書かれています。アドホック委員会の結論がどのようなものだったのか、この結論がなぜ斥けられたのか、あらためて教えてください。
岡:第二次大戦後になると、国連が植民地の独立を高らかに謳うようになります。「植民地主義は歴史的な不正」であり「植民地の独立こそが正義である」という考え方です。
このような価値観がすでに普遍的なものとして共有された時代に、パレスチナ人の土地を奪ってイスラエルという国ができた。これがパレスチナ・イスラエル問題のパラドックスであり、問題の起源の1つです。
ナチスのホロコーストを生き延びたものの、帰るところを失い、難民となったユダヤ人がヨーロッパに25万人もいて、当時の連合軍にとってはこのユダヤ人難民をどうするかということが最大の課題でした。だから、パレスチナを分割して、欧州で難民となったユダヤ人の国をそこに作ろうと考えたのです。
この時に、国連の特別委員会がアドホック委員会を設けて分割案を検討させました。アドホック委員会の結論は、パレスチナの分割案は「法的には違法」というものでした。
当時のパレスチナは、英国による委任統治領という事実上の植民地になっていました。しかし、委任統治とは、その土地の住民が独立できるようになるまで英国に統治を委任しているということであって、別の土地の人たちのために、そこに新しい国を作って良いなどということはありません。
欧州のユダヤ人が難民となったこととは何も関係ないパレスチナ人に、その代償を支払わせる形で解決を図るなどということは「政治的に不正である」と判断されたのです。
国連憲章に違反しているし、アラブ国家はこんな分割をされたら経済的に持続不可能になる。「こんな分割案はたとえ採択されても機能しない」とまでアドホック委員会は言いました。
この時点では、アメリカの国務省も「明らかに現地の人たちが不幸になると分かるような政策を支持できない」と言っていました。ところが、それが一転して賛成に回るのは、トルーマン大統領の介入があったためです。
1945年4月、トルーマンはルーズベルト大統領の急死によって、副大統領から大統領に繰り上げとなった。国民から選ばれたわけではないからこそ、次の選挙では何としても勝たなければならなかった。その時に、親シオニスト組織の集票力に期待して、ユダヤ人の国をパレスチナの土地に建設することに賛成したのです。
パレスチナとイスラエルの問題は、様々なところに起源を示すことができますが、1つは、1947年11月のこの国連総会での分割案の採択にあります。
民主的な選挙を勝ったハマースが武力統治したのはなぜか?
──本書では、イスラエルと衝突しているハマースがどのような組織なのかという点についても言及されています。
岡:1950年代の後半に、パレスチナの解放を掲げ、ファタハという組織ができます。
1967年には、ヨルダン川西岸地区とガザ地区という1948年には占領を免れていた2つの地域も、第三次中東戦争の結果、イスラエルに軍事占領されてしまいました。
これに対して、マルクス・レーニン主義を掲げるパレスチナ解放人民戦線(PFLP)という武装解放グループが1967年に結成され、翌年、パレスチナ解放民主戦線(PDLP)が結成されます。60年代後半にハイジャックなどを行い、忘却されているパレスチナ問題の存在を世界に訴えました。
1967年に占領が始まった直後、国連安保理は「イスラエルは1949年の停戦ラインの内側まで撤退しなければならない」という決議を採択しますが、履行しないイスラエルに対して何ら実効性のある措置は取らないまま違法な占領が続きました。
20年後の1987年の12月に、ガザで占領下の民衆による抵抗運動、インティファーダ(一斉蜂起)が始まります。この時にイスラエルの占領からの民族解放を求める抵抗運動として新たに結成されたのがハマースです。正式名称は「イスラーム抵抗運動」です。つまり、ハマースはイスラーム主義を掲げたパレスチナの民族解放運動組織です。
このハマースが2006年のパレスチナ立法評議会選挙で勝利を収めます。ハマースはパレスチナ全土の解放とイスラーム主義国家の樹立を憲章で掲げていますが、政権与党となって、それまでパレスチナ自治政府を担っていたファタハの人たちも組み入れた形で組閣して統一政府を設立しました。
そして、オスロ合意のラインで、ガザと西岸に主権を持った独立国家を実現するという方向で、「イスラエルとも長期にわたって休戦を結ぶ準備がある」と提案しましたが、イスラエルはこの提案を拒否しました。
イスラエルは、クーデターでハマースの転覆を謀りますが、機先を制したハマースが勝利した結果、ガザをハマースが統治することになったのです。
日本の報道で「ガザを実効支配しているハマース」という言い方をします。それ自体は間違いではないかもしれません。でも、なぜハマースがガザを武力制圧して統治することになったのか。それはハマースが民主的な選挙に勝利したのをアメリカとイスラエルが認めずに、クーデターを起こさせ内戦となった結果です。
そして、イスラエルはハマースが統治するガザを2007年から本格的に封鎖するようになりました。
──本書を通して、これまでイスラエルがパレスチナに対して、どれだけ残虐な行為を繰り返してきたのかがうかがえますが、日本、アメリカ、欧州、そして国連さえも、十分にイスラエルを批判しようとしてこなかったことが分かります。なぜ、ここまで世界中がイスラエルを見過ごしてきたのでしょうか。
アメリカがそこまでイスラエル側につく理由
岡:「世界中」がイスラエルを見過ごしているわけではありません。今回の国連総会を見ても、世界の大半は即時停戦を求めています。とりわけ南アフリカは、昨年末から国際司法裁判所にイスラエルのジェノサイドを提訴しています。
ネルソン・マンデラ元大統領は「われわれの自由は、パレスチナ人の自由なくしては不完全である」という有名な言葉を残しています。アパルトヘイトと闘った南アフリカは、1人1票の国を実現しました。
その南アフリカの活動家たちが、南アフリカのアパルトヘイトが最も過酷だった時でさえも、イスラエルによるパレスチナの占領と比べると「日曜日のピクニックのようなもの」と語っています。西洋の植民地支配を受けた国々は、パレスチナの人々が何と闘っているか知っているのです。
私たちが「世界」と言う時にイメージするはG7であり、グローバルノースです。しかし、今回のイスラエルによるガザのジェノサイドに対する反応を見ても明らかですが、西側はいささかも自分たちが掲げる民主主義に見合った態度を取っていません。
ロシアによるウクライナ侵攻を国際法違反だと批判する国々が、イスラエルの行為については批判しない。ここに現代の世界の矛盾と問題点がよく表れています。
これは今に始まったことではなく、パレスチナ・イスラエル問題に関してはずっとこの状況が続いてきました。イスラエルはおびただしい戦争犯罪や人権規約違反を繰り返しながら、きちんと裁かれてきませんでした。「国際社会」がずっとイスラエルを裁いてこなかったことが、今の状況につながっているのです。
そして、アメリカはイスラエルを非難する安保理決議に対しては、ずっと拒否権を発動してきました。安保理において常任理事国は拒否権を持っていますから、イスラエルに対して強制力を発揮するような決議にはアメリカが必ず拒否権を行使します。
アメリカは自らの国益に抵触するものがある場合は、そちらを優先しますが、パレスチナ人が殺されても、アメリカの国益には抵触しない。アメリカの大統領も、上院議員たちも、親シオニストのロビーを味方につけることで利益を得ている。今回もイスラエルに対して、米下院が143億ドルの軍事的な追加支援を決議しました。
──アメリカの政治家がそこまでイスラエルに付くのはなぜですか?
岡:お金です。親シオニズムの圧力団体の力が巨大になっていて、政治家たちが「私はイスラエルの生存権を支持します」と言っただけで、多額のお金が集まり、たくさんの票が入る。日本の政治資金パーティーを巡る問題もそうですが、選挙にお金がかかるということが、問題の一端なのです。
シオニズムを批判するユダヤ人はほとんどいない
──本書では、イスラエルがパレスチナに行ってきたことを批判するユダヤ人の言葉なども紹介されています。「反シオニズムのユダヤ人も大勢いて、彼らもロビー活動をしている」と書かれていますが、こういった方々は少数派なのでしょうか?
岡:昨年10月に、アメリカの正統派のユダヤ教徒がワシントンDCで「JEWS SAY CEASEFIRE NOW」(ユダヤ人は今すぐ停戦を求める)と掲げて抗議行動を行いました。
「Not in our name」(私たちの名前で戦争をするな)というメッセージもありました。イスラエルがユダヤ人の名のもとにパレスチナ人を迫害するのを止めろと訴える声です。アメリカのユダヤ人の中には、このように非暴力の直接行動に出ている者たちも大勢います。
イスラエルの中にも、パレスチナを占領することに反対するシオニスト左派のユダヤ人はいますが、1948年のイスラエルの建国とその基盤となっている「シオニズム」を批判するユダヤ人は本当に稀です。
このような状況下で、イスラエルのユダヤ人の国会議員オフェル・カシフ氏は、南アフリカがイスラエルのパレスチナに対するジェノサイドを国際司法裁判所に提訴したことに賛成しました。今イスラエルでは、このカシフ議員の国会追放のプロセスが進行中です。
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