
JOG(1469) 赤ちゃんは利他心を持って生まれてくる
発達心理学が明らかにした赤ちゃんの持って生まれた驚くべき利他心。
■1.赤ちゃんは利他心をもって生まれてくる
花子: 先生、この間、従姉(いとこ)とデパートに買い物に行ったんですけど、3歳になる従姉の子が途中で歩き疲れて「抱っこ-」と言い出したんです。そうしたら従姉が「お母さんは荷物があって、抱っこできないから、もう少し頑張って歩いてね」と言ったら、その子も「分かった」という顔をして、頑張って歩き始めたんです。そんな小さな頃から、思いやりの心って、あるんでしょうか?
伊勢: 実は、そうなんだ。赤ちゃんの心理学を研究しているNTTコミュニケーション科学基礎研究所の奥村優子さんは、二人の幼い娘を育てている母親でもあるんだが、こんな経験をされている。
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私の娘は食べることが好きで、特に果物やお菓子が大好きです。ところが、おやつの時間に娘の好きなお菓子を渡すと、母である私にも分けてくれようとするのです。この行動は、彼女が1歳の頃からみられました。最初は「まーまーまー(ママと言いたい)」と言いながら、お菓子を私の口に押し込んできました。[奥村、p53]
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花子: 1歳の赤ちゃんが、自分の大好きなお菓子をお母さんに分けようとするなんて、なんだか感動しますね。
伊勢: 本当だね。奥村さんは、赤ちゃんの心理学での研究の進展をこう総括されている。
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最近の発達心理学の研究では、赤ちゃんがすでに道徳性の萌芽を持っていることが明らかになってきました。これは、私たち人間は、生まれつき道徳観を備えている可能性を示しています。[奥村、p51]
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伊勢: 「国際派日本人養成講座」では以前から、利他心が人間の本能の一部であると論じてきた。例えば、第1071号では進化生物学の観点から利他心を考察している。
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JOG(1071) 最新科学が解明する利他心の共同体
人間が進化の過程で獲得した利他心を最大限に発揮しうる仕組みをわが国は備えている。
https://note.com/jog_jp/n/n4888b20ce948
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伊勢: そして今回の発達心理学の発見は、この人間観をさらに裏付けるものだね。生まれたばかりの赤ちゃんもその利他心を持っている、ということを、赤ちゃん自身が教えてくれているんだ。

■2.幼児が見せた「与える方が受け取るよりも幸いである」
伊勢: 奥村さんの赤ちゃんがお母さんにお菓子をあげたという経験は、実験によって、どの赤ちゃんにも普通に起こる現象だという証明がなされている。これは1歳10ヶ月の赤ちゃんを対象にした研究だ。
実験では、以下の3つの場面が設定された:
(1) 赤ちゃん自身がお菓子をもらう場面
(2) 実験者が人形(おやつ好きという設定)にお菓子をあげる場面
(3) 赤ちゃん自身がその人形にお菓子をあげる場面
これら各場面での赤ちゃんの表情や態度から幸福度が測定された。
赤ちゃんは自分がお菓子を受け取るときには、もちろん喜びの表情を見せた。しかしそれ以上に、他者にお菓子を与えるときの方が、より大きな喜びを感じていることが示されたんだ。さらに、実験者がお菓子を他者に与えるよりも、赤ちゃん自身が持っているお菓子を他者に分け与える場合の方が、より大きな喜びを感じていることもわかった。奥村さんはこう結論づけている。
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2歳以下の赤ちゃんは、自分のお菓子を分け与えることに、自分がお菓子をもらう以上の喜びを感じるのです。[奥村、p53]
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花子: すごいですね。まだ言葉もほとんど話せない赤ちゃんが、もらうよりも与える方に喜びを感じるなんて。
伊勢: そうだろう。「与える方が受け取るよりも幸いである」という聖書の言葉があるけれど、それが赤ちゃんの段階からすでに人間には備わっているということだ。利他心は後から教え込まれるものではなく、人間が生まれつき持っている本能だということを、この研究は示しているんだね。
■3.赤ちゃんの利他的行動を生んでいる思いやりのこころ
花子: 赤ちゃんが他者にお菓子を分け与えるのは、相手もお菓子を食べたいだろうという思いやりから来るんでしょうか?
伊勢: そうらしい。利他的行動の動機は、そのような共感や同情から来ている。そして、その共感の力は非常に早い時期から現れる。発達心理学の研究によれば、10ヶ月の赤ちゃんは、他者が痛がる様子を見て、その人をなでたり、さすったりする行動をとることがわかっている。
花子: 10ヶ月でそんな行動をとるんですか。では、もう少し大きくなるとどうなるんでしょう?
伊勢: 1歳6ヶ月の赤ちゃんが、自発的に困っている大人を手助けする様子も観察されている。大人が両手にたくさんの荷物を抱えながらクローゼットの扉を開けようとしていると、赤ちゃんは頼まれなくても自分から扉を開けに行く。他にも、大人が落としたペンを拾ったり、本を積み上げるのを手伝ったりと、さまざまな場面で他者を助ける姿が確認されている。
花子: かわいいですね。でも、それはただ大人の真似をしているだけということはないんですか? 本当に相手を思いやる利他心から来ているんでしょうか?
伊勢: それを示す研究がある。1歳8ヶ月の赤ちゃんが他者への援助行動をした際に、(1)何も報酬を与えない、(2)お礼を言う、(3)おもちゃを与える、という3種類の反応をして、その後の援助行動がどのくらい続くかを比較した。すると、(3)のおもちゃを与えられた赤ちゃんは、次第に援助行動が減少することがわかったんだ。
花子: えっ、ご褒美をもらった方が、むしろお手伝いをしなくなるんですか? それは不思議ですね。
伊勢: そうなんだ。つまり、赤ちゃんは自分から進んで行っていたお手伝いを、おもちゃが与えられるとしなくなる。これは、赤ちゃんにとってお手伝いは、自分がやりたいからしている行動であり、おもちゃというご褒美がその動機を弱めてしまうと解釈されている。
花子: ということは、赤ちゃんのお手伝いは、見返りを求めない純粋な利他心から来ているということなんですね。
伊勢: まさにそうだね。だから、赤ちゃんがお手伝いをしてくれたときには、ご褒美を与えるのではなく、感謝の言葉を伝える方がいい。純粋な利他心を、ご褒美で汚してしまわないようにすることが大切なんだね。
■4.褒めてもらうためでもなく
花子: 赤ちゃんの利他心はご褒美をもらうためではない、ということはわかりましたが、大人の場合は、自分の評判を高めるために人助けをすることもありますよね。赤ちゃんはどうなんでしょうか?
伊勢: そこも研究で調べられているんだ。2歳児を対象にした実験では、親に見られている場合と見られていない場合で、援助行動の頻度に差がないことが示されている。
花子: つまり、誰かに見られているかどうかに関係なく、同じように人助けをするということですね。
伊勢: そうだ。つまり、赤ちゃんの他者への援助行動は、褒めてもらうことが目的ではなく、純粋に人を助けたいという利他心によるものだということだね。
花子: 大人になるにつれて、そういう純粋さが薄れてしまうこともあるんでしょうか?
伊勢: そういう面もあるだろうね。4歳から5歳頃になると、子供は「自分が他者からどう見られているか」という評判を気にし始める。実験では、4歳児や5歳児に対して「あなたは良い子だという評判がある」と伝えると、その評判を維持しようとして、カンニングなどのズルい行動を抑えるようになることが示されている。
確かに純粋さという点では変化があるかもしれない。でも、別の見方もできる。評判を気にするということは、自分が共同体の一員として信頼されることの大切さを理解し始めたということだ。これは、利他心が個人的な感情から、社会的な責任感へと発展していく過程とも言えるんじゃないかな。純粋さが失われるというより、利他心が成熟していくと考えることもできる。
■5.赤ちゃんは善人と悪人を見分けられる
伊勢: さらに驚くべきことがある。赤ちゃんは他人の行動から、その人間が善人か、悪人かを見分ける能力を持っている、というんだ。
5ヶ月と8ヶ月の赤ちゃんを対象にした実験がある。実験では以下の4通りの行動パターンが示された:
(1) 親切な人形に良い行動をする者
(2) 親切な人形に悪い行動をする者
(3) 意地悪な人形に良い行動をする者
(4) 意地悪な人形に悪い行動をする者
赤ちゃんがどの行動者を好むかは、視線の向け方や手を伸ばす反応などから判断された。
まず8か月の赤ちゃんは、親切な人形に良い行動をする者を好み、意地悪な人形には悪い行動をする者を好むことが明らかになった。つまり、善人は助け、悪人は罰するのを好むということだ。
花子: 8か月の赤ちゃんがそこまで判断できるとは驚きです。では、5ヶ月の赤ちゃんはどうだったんですか?
伊勢: 5か月の赤ちゃんは、善人を助けた者も、悪人を助けた者も好んだ。つまり、5か月児では善人と悪人の区別はまだつかず、とにかく人を助ける者を好んでいる。
花子: なるほど、5か月では、ただ「助ける人が好き」という段階で、8か月では「善人を助け、悪人を罰する」という、もっと複雑な道徳的判断ができるようになるんですね。
伊勢: そうだ。生後わずか数ヶ月の間に、赤ちゃんの道徳的な判断力は急速に発達していく。これも、人間が生まれつき道徳心を備えているという証拠の一つと言えるだろうね。
■6.赤ちゃんは相手の意図を見抜いて、善人か悪人かの判断をする
花子: 8か月の赤ちゃんが善人と悪人を見分けられるということでしたが、その判断はどうやってしているんでしょうか? 見た目の行動で判断しているんですか?
伊勢: そこが面白いところでね。赤ちゃんは見た目の行動だけではなく、行動の意図を見抜いて判断しているんだ。
こんな実験がある。2人の大人が赤ちゃんにおもちゃを渡そうとする。1人はおもちゃを渡すふりをしてからかい、もう1人はおもちゃを渡そうとするんだけど落としてしまう。その後、この2人の大人が困っている様子を見せると、赤ちゃんはからかった大人ではなく、渡そうとしておもちゃを落とした大人を助けたんだ。
花子: 言葉もまだほとんど話せない赤ちゃんが、相手の意図まで読み取っているなんて、本当に驚きです。
伊勢: 人間の道徳的判断の根っこには、相手の意図を読む力が必要だ。そしてその力が、生後わずか数ヶ月の赤ちゃんにすでに備わっている。利他心の基盤として、相手の意図を理解し、その気持ちに共感するという能力を赤ちゃんは持っている、ということだね。
■7.赤ちゃんの利他心を健全に伸ばすには?
花子: 先生、赤ちゃんが生まれつき利他心を持っている事はわかりました。それで、その利他心を健全に育てていくためには、どうすればいいんでしょうか? 従姉に教えてやりたいと思います。
伊勢: そのために、奥村さんはいくつかの大切なポイントを挙げている。まず第一に、赤ちゃんの利他的行動に「ご褒美」ではなく「感謝の言葉」を伝えること。前に話したように、赤ちゃんにとっての利他的行動は「自分がやりたいからやっている」内発的な動機によるものだ。報酬を与えることでその純粋な動機が弱まってしまう。
だから、お手伝いをしてくれたときには、ご褒美を与えるのではなく、「ありがとう」という感謝の言葉を伝えることが大切なんだ。その感謝の気持ちこそが、赤ちゃんの喜びとなり、その繰り返しで、赤ちゃんの利他心がさらに育っていく。
ただ、赤ちゃんの身体的発達や運動能力はまだ十分ではないから、他者を気遣う行動、例えば撫でようとしてるのに、大人からは叩いているように見えることがある。しかし赤ちゃんは1歳6ヶ月頃にはすでに他者の意図を理解して行動している。だから、行動が拙くても、その背後にある「助けたい」「喜ばせたい」という利他的意図を大人が見極め、認めてあげることが重要なんだね。
花子: 大人の側が、赤ちゃんの意図を読み取る努力をしなければいけないんですね。
伊勢: そうだ。第二は、周囲の大人が「良いお手本」となること。赤ちゃんは周囲の大人の言葉や振る舞いを非常に鋭く観察して、しかもその意図を理解している。そして、理解するだけではなくて、しっかり模倣するんだ。だから、周囲の大人が利他心をもって行動してみせると、赤ちゃんはそれを真似ることで、持って生まれた利他心を健全に発達させていくことができると考えられる。
花子: 大人自身の利他心の発揮が、赤ちゃんへの最良の教育になるということですね。
伊勢: そうだ。第三に他者を助けることの価値や正直さの大切さを描いた絵本や幼児向け番組を一緒に読んだり見たりして、共感性を育むことだ。絵本の読み聞かせでは、文章を正確に読むことよりも、絵を指さしながら「この子はどう思っているのかな?」と利他的な感情について考えさせることが、赤ちゃんの利他心を育てる。
花子: そういえば、アンパンマンもまさにそういう絵本ですよね。自分の顔を食べさせてまで人を助けるアンパンマンは、子供たちに利他心を自然に伝えてくれているんですね。
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JOG(1420) やなせたかしの贈り物 ~ 幼児はなぜアンパンマンが大好きなのか?
絵本9千万部、アニメ放送37年のアンパンマンに、2,3歳の幼児は何を感じているのか?
https://note.com/jog_jp/n/n5a89ce728a2d
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伊勢: まさにそうだね。実は、日本には利他心を育てる長い伝統がある。江戸時代の寺子屋では『実語教』などで思いやりの心を教え、明治以降も教育勅語の「父母に孝に、兄弟に友に」など利他心の育成を重視してきた。赤ちゃんが持って生まれた利他心を、社会全体で大切に育ててきたんだ。
その利他心の伝統が社会として継承されているからこそ、日本人が今でも世界中の人々から親切で思いやりのある国民だという定評を得ているのだろうね。


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