高市首相の「脱中国」戦略はやはり正しかった…中国に媚びて「移民とEV」の泥沼に沈んだドイツの末路

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高市首相の「脱中国」戦略はやはり正しかった…中国に媚びて「移民とEV」の泥沼に沈んだドイツの末路
ドイツは2023年、名目GDPで日本を抜き世界3位となった。評論家の白川司さんは「実際は、中国に依存した外交と移民政策が足を引っ張り、経済的にも政治的にも不安定な状況に陥っている」という――。

高市首相の「脱中国」戦略はやはり正しかった…中国に媚びて「移民とEV」の泥沼に沈んだドイツの末路

ドイツは2023年、名目GDPで日本を抜き世界3位となった。評論家の白川司さんは「実際は、中国に依存した外交と移民政策が足を引っ張り、経済的にも政治的にも不安定な状況に陥っている」という――。

「日中関係の悪化」は外交の失敗?

日本のマスコミは「高市政権が中国との関係を悪化させ、損失を負っている」と批判的に報道することが多い。そのため、あたかも日本政府が対中外交に失敗していると感じている人が多いだろう。

だが、これは日本が対中関係の構築に成功したゆえの出来事だと捉えるべきである。そのことはドイツの対中外交と比較するとよくわかる。

これまでドイツは、中国と蜜月関係を築き、中国をうまく利用してきたとみなされてきたが、現在は対中戦略を大きく転換せざるを得なくなっている。

さらに、戦後一貫してきた財政均衡路線を修正し、2025年には財政規律をめぐる憲法上の制度改革を行った。積極財政へと舵を切ったドイツは、自由貿易重視の姿勢を改め、ロシアだけでなく中国に対しても、経済安全保障や産業保護に踏み込んでいる。

加えて2024〜2025年には、中国経済の減速と不動産不況の長期化、欧州向け輸出の鈍化が重なり、ドイツの輸出産業は構造的不振が深刻化した。

ドイツ政府は2025年後半から「産業競争力再建パッケージ」を導入し、EVと半導体の補助金拡充を進めているが、効果はまだ限定的だ。

なぜドイツは、ここまで対中戦略の修正を迫られることになったのだろうか。このことを、日本との比較しながら考えていく。

日本が中国リスクに気づいた「重大事件」

日本もドイツも、中国の台頭を最大の成長機会と捉えて、中国の成長を取り込む形で中国経済との連携を図ってきた。

だが、2020年代に入った現在、両国の立ち位置は明確に分かれることとなった。

日本は「ある事件」をきっかけに、中国リスクに備え始めたことが功を奏している。それは、民主党政権下の2010年9月に起こった尖閣諸島沖・中国漁船衝突事件だ。

これは海上保安庁の巡視船に衝突した中国漁船の船長を、公務執行妨害容疑で逮捕した事件である。

日本の行動は国際法に則ったものであったが、これに対し中国政府は、日本企業幹部を拘束し、日本向けのレアアース輸出を制限・遅延させ、事実上の停止と受け止められる対応を取るなどの圧力をかけた。

政府も企業も対中依存を減らしていった

この事件によって、日本政府や日本の産業界は、中国とは外交上の問題が経済リスクになることを実感して、対中依存の修正に入らざるをえなくなり、「中国プラスワン」政策により中国依存を徐々に減らすことになった。

実際、日本における対中輸出入の比率は、2010年には2割前後に達していたが、その後は伸び悩み、ASEANやインドへの投資が急増している。

さらに2023〜2025年の「超円安」を追い風に、国内製造業の回帰が進み、台湾TSMCの熊本工場の稼働や、半導体・電池素材の国内投資が急増した。

結果として、日本企業のサプライチェーンは明確に多角化し、中国依存度は構造的に低下している。

東西統一以来、35年ぶりの不況に突入

それに対して、ドイツは中国の経済成長を取り込むことに成功し、また、2015年の移民受け入れ宣言によって、労働者不足を一気に解消した。

日本がデフレ経済にあえぎ、EU経済が停滞する中でも、ドイツ経済はEU内でも突出した好調を保った。

だが、ドイツはいくつもの失策を重ねたのち、ロシアのウクライナ侵攻以降にエネルギー政策が崩壊して、東西統一以来の不況に突入した。

2023年の実質GDPは前年比で0.3%減少し、インフレ率(年平均)も約5.9%と高止まりするなど、製造業の競争力低下が顕著だ。

そして2024〜2025年にはさらに景気後退が続き、2025年のドイツGDPは横ばい〜微減、製造業PMIは2024年以降ずっと50割れの状態が続いている。

かたや、日本はコロナ後の超円安を背景に製造業が徐々に息を吹き返しており、産業の立て直しが実を結びつつある。

中国との分業は合理的かつ理想的

そもそも、なぜ日本とドイツは中国との関係を深めていったのか。

両国はいずれも製造業立国である。高付加価値の中間財、精密機械、化学素材、自動車といった分野に強みがあり、高い国際競争力を持っている。

1990年代後半から2000年代にかけては、両国とも中国の工業化と市場拡大の最大の受益者となった。2001年から2010年にかけて、日本企業の対中直接投資は約3倍、ドイツ企業は約4倍に増加した。

日独にとって、中国はあくまで「製造の場」であり「市場」であった。国内の高い製造技術を中国へ持ち込んで、設計・設備を提供した。

それに対応して、中国は、安価で整備が進んだ工場用地を提供し、安価な労働力と、水や電気などを供給し続けた。また、主に製造の完成工程を受け持ち、そこで作られた商品の市場として受け入れを担った。

写真=iStock.com/Bet_Noire

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この分業関係は日独と中国の双方を幸せにする、当時として合理的なものであり、WIN-WINの関係を維持するモデルだった。

中国のポテンシャルに期待していたが…

このモデルを構築する直接のきっかけとなったのが、2001年の中国のWTO加盟である。それまで「自由貿易の枠」の外にあった中国は、関税、投資、知財などで一定の国際ルールに組み込まれた。

そのため、多国籍企業が安心して生産拠点を移せる条件が整い、日独両国の輸出と企業収益を大きく押し上げることになった。

自称「14億人の人口」を抱える中国には今後も大きな成長が期待でき、政治体制もいつかは民主的になり、最も潜在需要の高い国だと多くの企業がみなしていた。

中国は単なる組立国にとどまらず、技術開発・設計・ブランド構築に本格的に乗り出した。国家補助金と巨大な国内市場を背景に、製造能力を急速に高度化させていった。

この段階において、日独の対中戦略に大きな違いはなかった。しかし、先述した2010年の中国漁船衝突事件が分岐点となる。

日中関係は悪化し、日本政治は「反中派」の発言力が増して、「親中派」と激しく衝突するようになった。その結果、日本は全面的なデカップリングを否定しつつも、「サプライチェーンの分散」「戦略分野の選別」「製造業の国内回帰と友好国連携」を段階的に進め始めた。

その変化は派手なものではなかったが、着実だった。

2023〜2025年の超円安と半導体投資拡大を受け、日本は台湾・米国・欧州との“戦略的サプライチェーン連携”を強化し、2026年初時点では中国依存を“リスク管理可能な水準”にまで低下させている。

ディーゼル車で失敗し、EVでも負ける

ドイツの戦略失敗を最も象徴しているのが、自動車産業である。

ドイツ勢は、日本車と激しくしのぎを削っていたが、EUが重視するハイブリッド車などの環境車の開発競争ではトヨタ自動車に後れをとっていた。

そこで選ばれたのが、燃費性能を売りにしたディーゼル車である。ドイツはEUを巻き込んで、ディーゼル車を1つの柱にすることでトヨタに対抗しようとした。

だが、環境車としての実力はいかんともしがたく、結局、排ガス不正問題によって破綻することになった。不正発覚によりドイツ車への信頼は一気に失墜し、EUのディーゼル車拡大路線は一気に行き詰った。

次にトヨタ打倒のために選んだ自動車政策がEVシフトだった。

だが、EV分野では、すでに中国メーカーはドイツの技術を吸収して独自開発にまでこぎつける急発展を遂げており、電池、部材、コスト、供給速度のすべてで先行していた。

中国BYDは四半期ベースではテスラを上回る場面も見られ、欧州市場でも存在感を急速に高め、EU側も対抗策を打たざるを得なくなっている。

2024年にはEUが対中EV関税引き上げを決定したが、欧州消費者の“低価格EV需要”を完全に抑え込むことはできず、ドイツ車の競争力低下は構造問題となっている。

写真=iStock.com/aquatarkus

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「最悪のシナリオ」に備えた安倍政権

こうした日独の中国に対する戦略の違いは、企業判断だけで生じたものではない。その環境づくりを担う日独政権の差でもあった。

とくに長期政権となった安倍政権とメルケル政権が採った国家戦略には、根本的な違いがある。

安倍政権は、中国との良好な経済関係を維持しつつも、対中関係の変質や供給網分断を「起こり得る現実」として外交政策の設計に組み込み、製造業の国内回帰と製造拠点の分散化を進めていった。

経済と安全保障を切り分けない「経済安全保障」に重心を置き、中国リスクを日本経済のダメージにならないレベルで管理する姿勢を貫いた。

それに対して、メルケル政権は経済合理性を最優先し、中国を「変化させ得るパートナー」「最大の成長市場」と見続けた。その結果、依存が深まり、修正が遅れた。

両者の最大の違いは、「最悪のシナリオを想定していたかどうか」だ。安倍政権は最悪のシナリオに備え、メルケル政権は備えなかった。

半導体でも日本とドイツで明暗が分かれた

ドイツが対中関係の修正で出遅れたもう一つの理由は、先端半導体分野で決定力を持たない点にある。

装置や素材、車載半導体では強いが、AIや先端ロジックの中枢はアメリカ・台湾・韓国に依存している。

この点は日本も同様だが、日本はこの制約を前提に戦略を組み立ててきた。しかし、ドイツは中国市場への依存が大きかったことで、その先の判断を誤ることとなった。

製品輸出を中国市場、エネルギー政策をロシアに大きく依存していたため、ロシアのウクライナ侵攻によって起こった高インフレで経済に大きなダメージを受け、いまだに泥沼から抜け出せない。

安倍政権とメルケル政権の中国へのスタンスの違いは、その原点となっている。

日本は経済安全保障を重視し、2022年に「経済安全保障推進法」を施行した。

これと並行して、半導体や重要物資の供給網強化が進められ、その象徴としてTSMC熊本工場への約4760億円規模の支援が実現した。

一方、メルケル政権下でドイツの対中輸出比率は2000年の7%から2023年には約12%に上昇し、フォルクスワーゲンは世界販売の約3分の1を中国市場に依存する構造を固定化した。

首相3期目(2013年)当時のアンゲラ・メルケル首相(写真=Alexander.kurz/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

また、ドイツは半導体分野で決定力を持たず、2023年にインテルのマクデブルク工場誘致に約100億ユーロの補助金を決定したが、その後、白紙になった。

このため、2024〜2025年のAI半導体需要爆発にドイツは乗り遅れ、欧州内でも“半導体空白地帯”という構造的課題が浮き彫りになった。

「GDP世界3位」になったドイツのいま

超円安の影響もあり、2023年の名目GDPは日本が約4.2兆ドル、ドイツが約4.4〜4.5兆ドルとなり、順位が逆転したが、ドイツは移民政策による社会的コスト増で政治的混乱が続いている。

日本は経済的に比較的安定を維持し、ASEAN・インドへの投資を加速中だ。

2024〜2025年の賃上げ、企業設備投資の増加、半導体投資の拡大により、日本は“緩やかな成長局面”に入りつつある。

一方ドイツは、製造業不振と高エネルギー価格、難民政策の反動で政局混乱が続き、依然として成長の足取りが重い。

「中国と喧嘩できる国」と「できない国」

たしかに日中関係はかなり悪化しているが、これは日本が中国と「喧嘩できる余裕」を得たことを意味している。

写真=時事通信フォト

日中首脳会談を前に、中国の習近平国家主席(右)と握手を交わす高市早苗首相=2025年10月31日、韓国・慶州[代表撮影]

現在のドイツではこのような「喧嘩」は経済状況を鑑みても困難だろう。

ただし、日本はデフレ脱却のため長期にわたって金融緩和を維持していることで、超円安やコストプッシュによるインフレ上昇に見舞われている。

超円安はGDPの日独逆転のきっかけとなった。また、長期金利も上昇しており、今後、財政拡張が困難になる可能性も懸念される。

中国との距離の取り方を間違えてはいけない

日独を大きく分けたもう一つの政策の違いとして、労働不足への対応がある。

ドイツは2015年の移民受け入れ宣言で年100万人を超える移民を受け入れて、労働者不足を一気に解消した。

それに対して、安倍政権は国際世論による移民受け入れの重圧をはねのけ、「女性活躍」など国内労働力の活性化によって対応し、積極的な「移民」の受け入れには踏み切らなかった。

これは日独の経済成長率に差を生み、現在のGDPで日本がドイツに抜かれた遠因になっている。

ただ、移民の混乱によってドイツが政治的に翻弄されているのに対して、日本は多少の混乱がありながらも政治的には比較的安定した運営を保っている。

現在のドイツは、日本がすでに通過したジレンマを“数年遅れで追体験している”段階にある。

この日独の対照は、製造業大国が中国と向き合う際、「距離の取り方」を誤ればどれほど大きな代償を払うことになるかを、あらためて浮き彫りにしている。

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