特にこれまで「水と空気と『安全』はただ」だといってもよい状況であった日本は、世界中の犯罪者の恰好のターゲットになっている。事実、ネット上のカード犯罪などが急速に増加しているのだ。
また、かつて、近隣の人々だけで暮らしていた時代には「玄関に鍵をかける必要は無かった」。だが、ネットだけではなくリアルな世界でも、世界中から多くの人々がやってきて、「流動性」が増加した結果、「安全はただ」では無い時代に突入している。
したがって、セコムやALSOKの「現金輸送」を始めとする警備が「デジタル化」することは容易に想像できる。
ただし、「ネット・セキュリティ」専業企業は、上場しているものも含めてすでに多数ある。それらの企業が、独自に進化して「ネット・セキュリティ」市場を席巻するかもしれない。
だが、セコムやALSOKは江戸時代以来の流れを組む「人材マネジメント」を行ってきた企業だ。ネット空間で罪を犯すのも、それを防ぐ「用心棒」も結局は人間である。
企業規模が大きく、人材マネジメントに長けたセコムやALSOKが、企業規模の小さいネット・セキュリティ専業会社を取り込んでさらに巨大化する可能性も充分あるように思える。
現状、両社のネット・セキュリティへの進出の歩みは、それほど速いペースではないが、ある時期から急加速するかもしれない。注視したいと考えている。

サイバー犯罪がますます跳梁跋扈する中で…セコムとALSOKが「ネット・セキュリティ事業」を急加速させる可能性
ローマ時代からの「信頼」の問題
「警備業」とはいつから始まったのだろうか?例えば、古代ローマでも皇帝の身辺警備を行うプラエトリアニ(親衛隊)は存在した。ただし、これはあくまで「政府・国家」の一部であるから「業」とは呼べないであろう。

また、カリグラを始めとする多数の皇帝が、親衛隊に殺害されている。現代で言えばSPのような組織が皇帝殺害に(実行犯では無い場合も含めて)加担するのだから、その成功率は高かった。つまり、ローマを支配していたのは皇帝ではなく、「皇帝をいつでも暗殺して首を挿げ替えることができた」親衛隊であったと言えるかもしれない。
これは、2020年12月15日公開「暗殺率約10%! 米国大統領という危険な職業の実態を考える」や「大原浩の逆説チャンネル<第2回・特別版>安倍元首相暗殺事件と迫りくるインフレ、年金・保険破綻」の観点からも興味深い。つまり「警備」の根本は、警備を行う側と、される側との「信頼関係」であることを如実に示す。
企業法務ナビ 昨年9月14日「警備員による京三製作所工場放火事件、保険会社が警備会社に損害賠償請求」という、業界大手で上場企業でもあるセントラル警備保障が絡む事件は、つい最近の出来事である。
江戸時代からの「警備業」の歴史
それでは、「業」としての警備はいつから始まったのであろうか?
セコム月水金フラッシュニュース「民間警備は時代の流れに影響を与えている」は興味深い資料だ。
混乱を極める幕末の1862年2月、新撰組の前身となった「壬生(みぶ)組」が結成された。京都の治安を守る公的組織である所司代と町奉行だけでは手が回らないため、腕に覚えがある浪士を集め、反政府活動の捜索、関係者の逮捕をはじめとして、警備やパトロール、反乱鎮圧を行った。これが、日本における「民間警備業」のはしりであったと言えるかもしれない。
また、米国では、世界初の民間による警備会社といわれるピンカートン社が、シカゴで1855年に設立された。リンカーンは南北戦争期間中、同社の探偵たちを身辺警護に雇っており、リンカーンを標的とした1861年の「ボルチモア暗殺計画」を未然に防いだことで有名になった。
なお、1865年にフォード劇場でリンカーンが暗殺された時には、ピンカートン社は警護を担当しておらず、2022年8月26日公開「世界史の転換点かもしれない安倍晋三暗殺、本当に陰謀ではないのか」2ページ目「死人に口なし」で述べたように、米陸軍に警備を依頼していた。しかし、事実上誰も警護していないという「お粗末」な状況であったのだ。
さらには、歌舞伎でおなじみの「極付幡随長兵衛」の主人公である幡随院長兵衛は、口入屋(人材紹介・派遣業)を営む町奴であり、「用心棒」としての「警備業」のルーツをここに求める場合も多い。
セコムといえば「ザ・ガードマン」
1962年7月、飯田亮、戸田寿一が日本初の警備保障会社として日本警備保障(株)(現・セコム(株))を東京・芝公園で創業した。
2年後の1964年には、第1回東京オリンピックが開催され、それに間に合うよう新幹線も開業した。
まさに「日本の黄金時代」の幕開けと呼んでもよい時期であった。ちなみに大日警の創業は1962年3月であるからセコムよりも早いのだが、当初の社名「日本船貨保全株式会社」からもわかるように、特定分野の専業警備会社であったため、一般的な警備会社としてはセコムを日本初とする見解が多い。
そして、同社や警備業の知名度を一気に上げたのが、1965年からTV放映された「(東京警備指令 )ザ・ガードマン」である。
この番組のタイトルは、当初「東京用心棒」であったと伝わる。セコムなどが創業した1962年から1972年に警備業法が制定されるまでは、「警備業の無法時代」とも呼ばれた。当時激しさを増し社会問題ともなっていた「労働争議」や、荒れる「株主総会」において「不適切な警備」が行われることが多かったのだ。そして、その警備員を雇う側の経営陣の中に、犯罪前歴者や暴力団構成員が多数いたとの資料もある。
そのような、江戸時代から続く「用心棒」のイメージを払拭するために、セコム(日本警備保障)側から「ザ・ガードマン」というタイトルが提案されたそうだ。
なぜ「2強」なのか
「用心棒」のイメージが払しょくされ近代化に向かったことが、セコムあるいは警備業の発展にとって大きかったといえよう。
また、セコムは機械警備の開発を始め、1966年には「SPアラーム」としてサービスを開始した。今からおおよそ60年前にオンラインを利用した機械警備に着目したことは、現在のセコムや警備業界の発展に大きく貢献した。
なぜかといえば、警備業界にとっては警備員の人件費だけではなく、「警備員を管理するコスト」も大きな重荷だからだ。
いくら警備業のボリュームが拡大しても、それに伴って警備員の人件費や(警備員の)管理コストが増えると収益性は向上しない。特に警備員の管理コストは、規模が大きくなると(ある段階においては)むしろ全体に対する負担が重くなることも多い。
現在の警備業界において、セコムとALSOKの2強(とはいっても、ALSOKの売上高は5000億円程度で、1兆円を超えるセコムの半分くらいしかない)が突出している。その他は中小が乱立する構造(前記セントラル警備保障の売り上げも700億円程度)なのも、人員管理コストの問題が大きいのではないかと考えている。
1966年に日本初の機械警備導入で生産性を向上させたセコムと、続いて1967年に 機械警備業務「綜合ガードシステム」を開始したALSOKが「2強」である理由は、「機械警備」に積極的であり、生産性を向上した点にあるのではないだろうか?
ちなみに、1966年当時、なじみが薄かった機械警備が注目を浴びたのは、1968年の「永山則夫連続射殺事件」の犯人逮捕のきっかけになったことが大きい。
また、同年の「3億円事件」も警備の重要性を認識させる出来事であり、警備業の発展の追い風になったといえよう。
社会の変容と警備業
私は、前記の事件が頻発した1960年代の生まれだが、子供時代(あるいはそれ以前)には、自宅に鍵をかける人々は少なかった。
今でも地方ではそのような場所もあると思うが、大家族の家では誰かが在宅している場合が多かったし、専業主婦の場合はさらに可能性が高かった。
また、ある意味息苦しい部分もあるが、近所づきあいが濃厚だから、不審な人物が家に近づけば、追い払ってくれるというメリットもあった(泥棒も警戒する)。
ところが、いわゆる核家族化が進展し、近所づきあいも激減したことから、日中誰もいない留守宅を警備する必要が生まれたといえよう。
そもそも、近所づきあいが密であれば、隣人の氏素性はかなり把握できる。しかし、都会のマンション暮らしでは、隣人が「どこの国の誰か」さえわからない場合が多い。
例え全国指名手配犯であっても、近所づきあいが無ければなかなかわからないということだ。
日本が「都会化」し、「人間関係が疎になった」ことが、ホームセキュリティを始めとする警備業を発展させたといえなくもない。
今、再び社会が変容している
1960年代からの日本社会の変容は、新幹線を始めとする交通機関の発達によって「人間の流動性」が高まったことに大きな原因がある。
例えば、昔は1泊2日が当たり前だった東京-大阪間の出張が、ほぼ半日仕事になったことで、人々の往来が盛んになった。つまり、「自分の周りの見知らぬ人」が急速に増えたのだ。また、交通や電話などの通信手段の発達と密接な関係がある「核家族化」も無視できない。
そのことが「警備業」の発展を促したことはすでに述べた。
そして、1990年代から始まったIT・インターネット革命も社会を大きく変容させた。
あくまでネット上ではあるが、越境ECを始めとして世界中の「見知らぬ人々」と接点があるのが現代社会である。
そして、4月23日公開「『オンライン』にすれば、世界中の『悪人』がやってくる、IT・AI時代の我々の資産の安全性を考える」、昨年8月26日公開「日本のネットは世界の犯罪者とつながっている、特にクレジットカードは狙われている」のように「犯罪者との接点」も急速に広がった。
安全コストが急上昇中
特にこれまで「水と空気と『安全』はただ」だといってもよい状況であった日本は、世界中の犯罪者の恰好のターゲットになっている。事実、ネット上のカード犯罪などが急速に増加しているのだ。
また、かつて、近隣の人々だけで暮らしていた時代には「玄関に鍵をかける必要は無かった」。だが、ネットだけではなくリアルな世界でも、世界中から多くの人々がやってきて、「流動性」が増加した結果、「安全はただ」では無い時代に突入している。
例えば、Forbes 2021年3月16日「ヘンリー王子夫妻が自己負担する莫大な警備費、年間3億円超?」と言われる。しかし、これはヘンリー夫妻特有の問題ではない。
前記「日本のネットは世界の犯罪者とつながっている、特にクレジットカードは狙われている」冒頭「日本は自由で安全だが、海外はそうではない」で述べたように、殺人発生率が「6.81件(日本のほぼ30倍)であり、世界第40位でロシアの41位よりも殺人発生比率が高い。しかも、38位のウガンダと大差がない」米国で、有名人の金持ちが安全に暮らそうとすれば、そのくらいの費用は当然のごとくかかるということなのだ。
もちろん、日本が米国のように治安が悪い国になって欲しくはないが、「安全神話の崩壊」が、「警備の需用」を増加させるのは明らかである。
我々の財産は急速にオンライン化している
また、3億円事件の頃はいわゆる「キャッシュレス」取引など無く、犯罪者も現金を奪う必要があった。1億円の札束は大型のスーツケース程度の分量があるから、3億円を運ぶのは大変なことであったのだ。ましてや10億円、100億円を盗むのはとてつもない重労働である。
しかし、オンライン取引であれば、例え1000億円であってもワンクリックで動かすことができる。
また、(紙の)株券が廃止され証券の取引が電子化され、電子的に預けられるようになった。銀行預金も「通帳レス」なオンライン取引が主流になりつつある。
このような流れが進めば、犯罪者のターゲットも「紙幣」から「オンライン上のマネー」に移行するのが当然だ。
したがって、セコムやALSOKの「現金輸送」を始めとする警備が「デジタル化」することは容易に想像できる。
ただし、「ネット・セキュリティ」専業企業は、上場しているものも含めてすでに多数ある。それらの企業が、独自に進化して「ネット・セキュリティ」市場を席巻するかもしれない。
だが、セコムやALSOKは江戸時代以来の流れを組む「人材マネジメント」を行ってきた企業だ。ネット空間で罪を犯すのも、それを防ぐ「用心棒」も結局は人間である。
企業規模が大きく、人材マネジメントに長けたセコムやALSOKが、企業規模の小さいネット・セキュリティ専業会社を取り込んでさらに巨大化する可能性も充分あるように思える。
現状、両社のネット・セキュリティへの進出の歩みは、それほど速いペースではないが、ある時期から急加速するかもしれない。注視したいと考えている。
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