旧立憲の“大物”が大量落選は当然の帰結、「悪夢の民主党政権」の終焉と筆者の胸を締め付ける虚しさの正体

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旧立憲の“大物”が大量落選は当然の帰結、「悪夢の民主党政権」の終焉と筆者の胸を締め付ける虚しさの正体 | JBpress (ジェイビープレス)
虚しい。ただ虚しい。 2月8日に投開票が行われた第51回衆議院議員選挙は、自民党が316議席を獲得。衆議院定数の3分の2を単独の政党が上回るのは戦後初のことで、歴史的圧勝となった。(1/4)

旧立憲の“大物”が大量落選は当然の帰結、「悪夢の民主党政権」の終焉と筆者の胸を締め付ける虚しさの正体

中道改革連合の共同代表・野田佳彦氏(写真:共同通信社)

虚しい。ただ虚しい。

 2月8日に投開票が行われた第51回衆議院議員選挙は、自民党が316議席を獲得。衆議院定数の3分の2を単独の政党が上回るのは戦後初のことで、歴史的圧勝となった。

 他方の野党は、選挙の直前に立憲民主党と公明党がいっしょになって立ち上がった「中道改革連合」が、結党時の172議席を49議席に減らす惨敗。とりわけ、比例単独で名簿順上位を占めた公明党出身者は28人が全員当選して4議席を増やしたのに対し、立憲民主党出身者の148議席は21議席にまで減らしている。

想像をはるかに超える大惨敗

 両党がいっしょになると発表された直後には、私の支援者から電話がかかってきた。

「立憲はひどいね。これで終わりですね」

 あるいは、同党に批判的な女性からは「おめでとうございます」とまで言われた。同党から離れておいてよかった、というのだった。

 また、前回の衆議院選挙には立憲民主党の公認で立候補していたこともあって、ここではっきりと関係を絶ったことを表明しておいたほうがいい、という意見もあった。そんな声が聞こえてきて、私が「使い捨て」にされた前回選挙の実情を、この選挙の直前に連載形式で公開した。

(参考)【衆院選出馬顛末記1】「カネ持ってこい!」前回選挙に落下傘候補として立憲から出馬した私が受けた理不尽な扱い

「選挙をやりたいんなら、カネを持って来い!」からはじまり、比例復活の次点の結果でありながら、次回選挙には公認しないと「排除」された経緯を示したかった。選挙の内実を示すことで、有権者の判断材料となることを望んでいた。

 だが、結果からすれば、そんな必要もなかったほどの解党的大惨敗だった。私の想像以上に国民は見抜いていた。

 だからこその取り越し苦労が、余計に虚しい。

 しかし、いまになってこの胸を締め付けるような虚無感はそれだけのことだろうか。

ひとつの時代の終焉

 この歴史的惨敗の理由に党の内外で、いわゆる「高市旋風」「高市人気」をあげる声が目立つ。次いで、選挙直前になっての公明党との合流や比例名簿で公明党を優先した執行部の責任を問うものだ。

 しかし、立憲民主党のままでも遠からず惨敗していたはずだ。「裏金問題」もあって前回総選挙で躍進したものの、国民民主党や日本維新の会のように、少数与党の自民党を揺さぶってでも看板に掲げた政策を押し通すことはなかった。参政党やチームみらいのような斬新さもない。

 自民党ですら、石破茂前首相を見限って高市早苗という新しい顔を押し立てた結果だ。そんな新しい顔すら出てこない。まして、「高市人気」が敗因なら、どっちにしても結果は同じことだ。

 その新しい顔に、不意を突かれて解散に踏み切られたら、対応のしようもなかった。

 それでいて、惨敗の理由を概況や外因に求める。まるで国会質疑が批判に集中するように。執行部に責任を求めたところで後の祭りだ。他責的で、いまだに自責することができない。そんな体質に有権者もうんざりしていたはずだ。ただ虚しい。

 今回の選挙では、これまで当選を重ねてきた「大物」「重鎮」と呼ばれる議員も多く落選している。中道改革連合の執行部では、安住淳共同幹事長(宮城4区)、馬淵澄夫共同選対委員長(奈良1区)が、他にも旧民主党代表だった小沢一郎(岩手3区)、前衆議院副議長の玄葉光一郎(福島2区)、立憲民主党の立役者だった枝野幸男(埼玉5区)、それに元副総理の岡田克也(三重3区)が議席を失った。

 この顔ぶれは、いずれも旧民主党政権を中枢から支えた人物たちだ。それがこぞって落選となると、ひとつの時代の終焉を物語っているのかもしれない。

建設業者にとって本当に「悪夢」だった民主党政権時代

「悪夢のような民主党政権」。安倍晋三元首相が、そう発言したことがある。2019年2月10日の自民党大会でのことだ。これを受けて旧民主党の代表でもあった岡田克也が、2日後の衆議院予算委員会で猛抗議したことがあった。

岡田「私たちは、政権時代にその前の自民党歴代政権の重荷も背負いながら政権運営をやってきました。撤回を求めます」

安倍「皆さん悪夢でなかった。それを否定しろとおっしゃるんですが、では、なぜ、民主党という名前を変えたんですか」

岡田「今の発言、全く了解できませんよ。取り消しなさい」

安倍「取り消しなさいと言われても、取り消しません!」

「悪夢」と呼ばれたことが、よほど悔しかったのだろう。気位の高さがうかがえる。

 しかし、民主党政権時代を「悪夢」と呼ぶのは、安倍に限ったことではない。岡田の選挙区のお膝元、三重県でもそういう声があったことを当人は知らないのだろうか。

三重3区で落選が決まり、硬い表情で後援者らにあいさつする中道改革連合の岡田克也元外相(写真:共同通信社)

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 私が立候補した三重県第4区は、同県の南部、和歌山県との県境までの5市10町の15自治体からなる。このうち11の自治体が、2024年の民間団体の発表で「消滅可能性自治体」とされた。三重県だけでも12自治体しかないのに、11がここに集中していた。それだけ、少子高齢化、若者の人口流出が深刻な地域だった。

 その地域を歩いている時だった。ある中小建設会社の社長が、「民主党政権時代は本当に悪夢だった」と語ったことがある。

 2009年に政権に就いた民主党がまずはじめたのが「事業仕分け」だった。国の予算の無駄を省くことを目的に、「仕分け人」がその予算事業は本当に必要か判断する。世界一を目指すスーパーコンピュータの開発費をめぐって民主党の蓮舫が「2位じゃダメなんですか」と言い放って物議を醸した――そういえば思い出す人も多いはずだ。

「コンクリートから人へ」を主張した民主党政権。あの事業仕分けで、公共工事が極端に減った。発注があっても、大幅に予算が削られている。それでも受注実績を残しておかないと、のちのち公共事業を受注できなくなる。だから、どんなに安くても赤字覚悟で工事を請け負った。

 すると、小さな建設会社からどんどん潰れていったのだ。仕事がないから若者も出ていく。民主党政権の3年で建設会社の数は半分になってしまった。まさに「悪夢」だった。

「だから、このあたりの建設業者はたとえ『裏金議員』であろうとなかろうと、選挙となれば自民党のポスターを貼り出す。本当に悪夢の民主党政権だったんですよ!」

 当選12回の三重県の「重鎮」議員でも、そんな声を聞く耳を持たなかったのか。

総選挙で負けたのは本当に「高市旋風」のせいなのか?

 私の例で言っても、選対幹部の地方議員の暴言やハラスメントに悩まされ、事務所の不動産賃貸契約をめぐっては、こうまで言われた。

「借りる側が契約書を作って(貸主に)持っていくのが常識や! お前、常識ないんか!」

 普通は逆だ。物件の貸主が有利になるように借り主に契約書を提示するのが「常識」となっている。明らかなハラスメントだ。

 そんな苦境を岡田に話しても、旧知の相手側を庇い、挙句にはこう言った。

「だけど、賃貸契約の契約書は、借りる側が作って持っていくのが常識でしょ」

 それで公認を外された。私にとっても悪夢でしかなかった。(*詳細は前出(参考)リンクへ)

 岡田は今回の初めての敗戦の弁で、高市旋風とネットでの批判やデマを敗因に挙げていた。気位の高さは相変わらずだった。それでいて今後については、優秀な若い人材を育てる、というのだから、やはり虚しくもなる。

 野党第一党の弱小化で、大勝した自民党の対立軸がない、これでは日本が壊滅する、と嘆く声もある。与党の暴走を引き止める役割が野党にあるのだとしても、この結果を招いたのは国民だ。国民の支持を得られなかったのは、野党第一党の責任だ。それだけ国民と向き合ってこられなかった。人を大切にしてこなかった代償だ。選挙戦術が間違っていたとばかり言っていたら、同じ過ちを繰り返す。自責が必要だ。それがいまもできないところに、強烈な情けなさが漂う。

 国民からこれだけの「NO」を突きつけられたのだから、立て直しはほぼ無理だろう。ガラガラポンをして、政党色の一掃が必要なのかもしれない。

 人生と心血を注いだはずの私の衆議院選挙と敗北。そして、ここまで無残なかつての帰属政党の有り様。そんな政党に裏切られ、「使い捨て」られた己の姿。いったいこの現実に辿り着くまでの私はなんだったのか。

 ほんとうに虚しい。ただただ虚しいばかりだ。

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