20世紀の王道シナリオが「あり得ない」とひっくり返された…なんと、ミラーの「衝撃的実験」に惑星科学の進展が「再検討」を迫った

生命科学
20世紀の王道シナリオが「あり得ない」とひっくり返された…なんと、ミラーの「衝撃的実験」に惑星科学の進展が「再検討」を迫った(小林 憲正)
「地球最初の生命はRNAワールドから生まれた」しかし、生命が存在しない原始の地球でRNAの材料が正しくつながり「完成品」となる確率は、かぎりなくゼロ。ならば、生命はなぜできたのでしょうか? そのスリリングな解釈をわかりやすくまとめたのが、アストロバイオロジーの第一人者として知られる小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』です。本書からの読みどころを、数回にわたってご紹介。今回は、RNAだけを用いて代謝も自己複製も行う生命による「RNAワールド」仮説、その誕生の様子を見てみます。

20世紀の王道シナリオが「あり得ない」とひっくり返された…なんと、ミラーの「衝撃的実験」に惑星科学の進展が「再検討」を迫った

ニワトリが先か、タマゴが先か

「ニワトリが先か、タマゴが先か」という問題があることは、みなさんも聞いたことがあるでしょう。

実は、これはプラトンとアリストテレスの頃からあった生命の起源をめぐる論争で、ニワトリとタマゴのどちらが先にこの世に誕生したのかを問うものです(図「ニワトリとタマゴ問題」の左)。

1953年にDNAの二重らせん構造が明らかになり、分子生物学が興ると、タンパク質がなければ核酸はできない、また核酸がなければタンパク質はできないことがわかり、この問題は「タンパク質が先か、核酸が先か」という問題に置き換えられました。

タンパク質は、アミノ酸を正しい順番でつなぐことにより、触媒として働きますが、つなげる順番は、核酸の塩基配列により指定されます。しかし、その核酸もまた、合成されるには触媒であるタンパク質が必要です。つまり、両者がそろって初めて、生命というシステムは動きだすのです。しかし、タンパク質も核酸も複雑な高分子有機物ですので、原始地球上での化学進化の過程におい

ては、その一方ならともかく、両者が同時にできたとは考えにくいところです。では、どちらが先にできたのでしょうか。

まず、核酸にはDNAとRNAがありますが、この2つに関してはRNAが先ということは間違いないとされています。RNAとDNAではDNAのほうが安定性が高い、つまり変化しにくいからです。最初になんらかの機能を持った核酸ができるまでは、試行錯誤が必要だったでしょうから、変化しやすいRNAのほうが適しています。

「ニワトリとタマゴ問題」

しかし、いったん機能を有するものができたあとでは、下手に変化されては困るので、より安定性の高いDNAの形で情報をしまい込むのが得策です。ということで、「ニワトリとタマゴ問題」あらため「タンパク質と核酸問題」は、「タンパク質とRNA問題」と読み替えることができます(図「ニワトリとタマゴ問題」の右)。

さらに、この問題は、先の記事〈まさか…生命と非生命が「区別できない」とは…! それでも地球型生命に2つの「絶対必要な分子」があった〉の図「地球生命の5つの特徴」にまとめた「地球生命の特徴」の中の、代謝と自己複製はどちらが先か、という問題とも考えられます。代謝はタンパク質、自己複製は核酸が担っているからです。

リボザイムの発見とRNAワールド仮説

タンパク質は触媒機能を持つので代謝はできるが、自己複製できない。核酸は自己複製できるが、触媒機能を持たない。つまりは両方ないとだめーーというところで、ニワトリとタマゴ論争はしばらく膠着状態となりましたが、その戦況を一変させるできごとが、1970年代末に起きました。

トーマス・ロバート・チェック(1947〜)は、テトラヒメナという繊毛虫のRNAを研究していたとき、ふつうはタンパク質(酵素)による触媒作用がなくては起きないような反応が、RNAだけで起きていることを見つけました。つまり、酵素の働きもしているRNAがあったのです。

チェックはこのRNAを、RNA(リボ核酸)の「リボ」と酵素(エンザイム)の「ザイム」をとって、「リボザイム」と名づけました。これとは別に、シドニー・アルトマン(1939〜2022)もRNAの触媒作用を研究していて、両者は1989年にノーベル化学賞を受賞しました。

リボザイムの発見を受けて、ウォルター・ギルバート(1932〜)は1986年に、最初の生命はRNAから始まったのではないか、という解説文を『ネイチャー』誌に載せました。

そのなかでギルバートは、誕生したばかりの生命はRNAだけを用いて代謝も自己複製も行っていたとして、そのような生命だけが生きていた世界を「RNAワールド」と名づけました。

RNAだけを用いて代謝も自己複製も行う生命だけが生きていた世界を「RNAワールド」と名づけた photo by gettyimages

RNAワールドの中で、やがてタンパク質をつくりだすRNAが現れれば、タンパク質のほうがRNAよりも優れた触媒作用を持っているので、RNAは触媒作用をタンパク質にまかせるようになるでしょう。このステージは、のちに「RNPワールド」(Pはタンパク質)とよばれるようになりました。

最後にRNAは、自身の持つ情報を安全に保存しておくために、DNAをつくり出します。このステージを「DNPワールド」とよびます。現在の地球の生命システムはDNPワールドです。

こうした生命進化についての考え方を「RNAワールド仮説」とよんでいます。

RNAワールドの「泣きどころ」

RNAが代謝と自己複製のどちらの機能も持っていることから、RNAワールド仮説はまたたく間に多くの生命の起源研究者、とりわけ分子生物学寄りの研究者を魅了し、現在も圧倒的な支持をとりつけています。

しかし、RNAワールドにも泣きどころがありました。それは、生命なき世界で最初のRNA分子をつくるのは、あまりにも難しいことです。

さきほどヌクレオシドの発見者として紹介したオーゲルは、原始地球上でのRNAの起源研究の第一人者でもありました。筆者は彼の生前に、何度か話をする機会がありましたが、RNAがそう簡単にできるものではないことを認識していて、彼の後継者たちがRNAの起源について楽観的に話しているのとは好対照でした。

惑星科学の進展が起こした「ちゃぶ台返し」

原始地球にメタン・アンモニアを多く含むような大気があれば、雷や紫外線をはじめとする豊富なエネルギーを用いて、アミノ酸やヌクレオチドなどの生命の材料となる有機物のモノマーは十分につくられたであろうことはわかってきました。

そこで次に、それらのモノマーから、モノマーが多数つながったポリマーはどのようにつくられるのか、原始細胞モデルはどのようなものか、タンパク質が先か核酸が先か、といった問題までもが考えられるようになってきました。そこからRNAワールド仮説も提唱されてきたわけです。

ところがここで、ちゃぶ台返しが起こったのです。

1950年代から、宇宙では探査機を用いた惑星探査が行われるようになり、その成果とともに、惑星科学が発展しました。それにともない、太陽系がどのようにしてでき、その中で惑星がどのようにして生成したかというシナリオが、20世紀前半にいわれてきたことから大幅に書き換えられました。

惑星科学が発展にともない、惑星生成のシナリオが大幅に書き換えられた photo by gettyimages

それは一言でいうと、静的な惑星生成論から、動的な惑星生成論へというパラダイムシフトでした。具体的には、惑星は直径10kmくらいの微惑星が激しくぶつかり合いながら誕生し、成長したと考えられるようになったのです。

その結果、諸説ありながら決着がついていなかった原始地球大気の組成についても、多くのことがわかってきました。主成分は二酸化炭素や窒素である可能性が高く、なんと、ミラーが考えたようなメタン・アンモニアを多く含む強還元型大気という説は、最もありえないと否定されてしまったのです。

これにより、ミラーやそれに続く研究者たちが考えてきたような、雷の放電や熱などのエネルギーが大気にふれてアミノ酸が大量に生成したという描像は成立しなくなりました。したがって、それに続く化学進化のシナリオも再検討を迫られることになってしまったのです。

その一方で惑星科学の進歩は、生命の起源研究に、まったく別の方向からの成果をもたらしもしました。地球外にはさまざまな有機物が存在することがわかってきたのです。そこで、これらが生命の材料になったのではないか、という考えが一気に主流となります。

地球外のどこでどのようにして有機物ができたのか、それが地球や他の惑星の生命とどのようにつながるのか、を見ていきましょう。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました