
「みんなで寄ってたかって居心地を悪くしている」のが今の日本…東京大学名誉教授が語る「頭でっかち」の盲点《養老孟司さんインタビュー》

「運が良い人」の秘密は「習慣」にあった——第一線で活躍する各界の著名人たちが、実践してきた「とっておき」を明かす。2024年に肺がんを患い完治させた養老孟司氏が、幸運を呼び寄せるための習慣を語る。
養老孟司(解剖学者)/’37年、神奈川県生まれ。’62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。『バカの壁』ほか、『唯脳論』『「自分」の壁』『遺言。』『ヒトの壁』など著書多数
「自分の体に耳を傾け『居心地の良さ』を大切にする」
いまの人は、体の具合を頭で考えて何とかしようとするところがあります。でも、私はずいぶん前からやめて、体の都合は体に任せています。
もともと僕は肩こりがあって、ひどい痛みが続いたので病院にいくと、肺がんだとわかったんです。しかし、教科書的な治療をしたらきれいにがんが消え、痛みもなくなりました。以前と同じ作業をしていても、何の問題もありません。抗がん剤の副作用もほとんどなかったので、医者も驚いていました。

運が良かったかといえば、がんになるのもならないのも、治療がうまくいくのもいかないのも、全部運です。医者の選び方まで含めてね。
運を呼び込むためにどうすればいいのかなんて、そんなに欲張ってはいけません。そういう欲張り方をするから、逆に不幸になるんです。
理屈の根本は「単純」
体のことは自分でなんとかしようとしてもしょうがないので、投げちゃえばいいんです。ジタバタしてもしょうがありません。
「抗がん剤が効いてよかった」と喜んでいたら、交通事故で死んでしまうかもしれません。人間万事塞翁が馬というのは、そういうことですから。そのときいいように思えても、本当にいいのかと考えるとわからない。だから、現代人は納得していないんですよ。理屈で説明しないと気が済まない。
でも、理屈なんてものは、根本はものすごく単純です。頭の中が単純である証拠が、ChatGPTです。人が言葉で言ったり、やったりしていることは、せいぜい機械が言う程度、コンピュータに追いつこうとしている程度のことなんですよ。
いまは、自分の調子を自分なりに決めることができない時代になっています。組織が典型的ですが、みんながルールに合わせる。勤めていれば、決まった時間に決まったところに行かなくてはいけない。特に日本の場合はそれを厳しく求めます。

お客も「何月何日何時にうかがいます」と言って訪ねてきます。お客からすれば、それが正しいと思っているわけですが、僕みたいな暇人にしてみると、それ自体がうるさいんです。なぜ突然来てはいけないんだという気がします。「気が向いたから来ました」っていうことを一切やめてしまったでしょう。
みんなで寄ってたかって居心地を悪くしているんです。もっと単純に暮らしたほうが居心地がいいんじゃないですか。
約束をせず、気が向いたらする
僕が好きなフランスの哲学者・モンテーニュに、「どんなに高い玉座に座るにしても、座っているのは自分の尻の上だ」という言葉があります。

暖房もエアコンもあり、社会がどんなに居心地が良くなったとしても、座っているのは自分の尻の上なんです。だから、自分の居心地の良さが基本であり、問題は玉座の高さではないんです。現代人は錯覚して「玉座が高いほど気持ちがいいんだろう」と思い込んでしまっている。
僕には習慣がまったくないですね。食事も、僕じゃなくて女房が決めるから。「ご飯ですよ」と呼ばれるだけです。何時に何をするなんて、まったく決めていません。だって、天気が変わるじゃないですか。天気が良ければ気持ちがいいから散歩に行きたくなるし、縁側に出たりしています。気が向いたら虫取りに出かけたりもします。
ただ、退院後はタバコを吸っていません。家族がうるさいので。僕はコーヒーも好きですが、カフェインがどうとか、別にいいじゃないですか。自分の居心地の良さに従うことです。社会全体がそれを当然にするようになれば、みんながハッピーになります。頭でっかちでは、疲れますよ。
「週刊現代」2024年12月28・2025年1月4日号より
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