
なんと「日本の土」から「世界を救う発見」が…「ノーベル賞」も受賞した「日本」の「微生物」の底力!

植物のライフスタイルの多様化
5億年前、陸上に進出した植物を待ち受けていたのは岩石砂漠だった。
初期の陸上植物の多くは根を持たない、あるいは未熟な根しか持たなかった。そこで協力を仰いだのが菌根菌だ。根の直径は1ミリメートル程度だが、カビの菌糸は1マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)。菌糸はより広い表面積を活かし、水や栄養分を吸収することができる。
現存する陸上植物の8割が菌根菌(アーバスキュラー菌根菌や外生菌根菌)と共生しているため、菌根菌との共生が植物の必勝サバイバル術のようにみえるが、被子植物の中には菌根菌との共生を必ずしも必要としなくなったものもいる。
食卓でもお馴染みのキャベツ、ハクサイ、ブロッコリー、菜の花などのアブラナ科の植物が代表的だ。植物はどんどん自らの根を細くするように進化してきた。パートナー(菌根菌)のためにエネルギーと時間を消耗するよりも、稼ぎ(光合成産物)は自分磨きのために投資するようになった。
具体的には、自分の根を細くし、菌糸のように粘土を包囲することで、粘土の周りの水に含まれるカリウムとリンをゼロにする。すると、粘土から少しずつカリウムとリンが離脱して拡散してくる。菌根菌に依存しなくても済むようになった。
外生菌根菌のキノコの背後には新手の詐欺師もせまる。梅雨時のブナ林の林床には、真っ白なギンリョウソウが花を咲かせる。とても美しいが、葉がない。土の中を見ると、根もない。外見が白いのは太陽の下で労働(光合成)をしていないためだ。
ギンリョウソウの地下部は外生菌根菌の菌糸と一体化し、寄生している。菌根菌のキノコはブナの根に寄生して糖分をもらっているが、ギンリョウソウはそのキノコを溶かして糖分や栄養分をもらっている 【画像1】。

さらに、ギンリョウソウは果実をゴキブリに食べてもらい、種子を散布する。生態系の関係性の中で生きている、というと聞こえはいいが、何から何まで他者に依存している。バニラの属するラン科植物のなかまにも、自らは光合成をせず菌根菌から栄養分を奪うものが多い。美しさや甘い香りの裏で、生物たちはしたたかな一面も持っている。
多様な進化を見せる植物
植物は、防衛手段についても多様な戦略を発達させた。樹木は防御物質としてリグニンを多く蓄積する必要があるが、そのためにはセルロースを作るよりも多くのエネルギー(糖分)を要する。
イネは、リグニンは少ない代わりに葉の表面を覆うガラス質のトゲで防御力を高める。イネに限らず、チガヤやススキ、タケやサトウキビなどのイネ科植物の葉は、触り方を間違えば血だらけになる。さらに、葉の表面のクチクラ層の下に二酸化ケイ素層を備えた防御壁(クチクラ・シリカ二重層)で害虫・病原菌から身を守る。土に豊富なケイ素(トゲや防御壁)で節約した炭素(糖分)を成長にまわすことでイネ科植物は世界じゅうに分布を拡大した。
ジャガイモの芽に含まれるアルカロイド(ソラニン)は、窒素を多く使って作る防御物質だ。土によって利用しやすい栄養分は異なり、植物はそれぞれにとってベストな生存戦略を編み出した。
微生物たちの共生と縄張り争い
植物の多様化は、共生菌や病原菌を含む土の微生物にも多様化を促す。微生物と一括しているが、大さじ1杯(およそ10グラム)の土の中に細菌が100億個、1万種類も存在する。これは腸内細菌の多様性の10倍にもなる。カビ・キノコの菌糸はつなげると数キロメートルもの長さになる。土のすみかやエサとなる有機物には限りがあるため、ケンカも絶えない。
放線菌と呼ばれる細菌の一種(ストレプトマイセス属)は、自分の縄張り(コロニー)に侵入してくる他の細菌を殺すために防御物質でバリケードを作る。ストレプトマイシンと呼ばれるこの物質は、結核菌を退治する抗生物質としても有効だった。第二次世界大戦の頃に日本の死因第1位だった結核は、正岡子規をはじめ樋口一葉や石川啄木ら、多くの命を奪ってきたが、この抗生物質によって克服された[参考文献3‒23] 【図3‒14】。

同じように、アオカビの分泌液からは細菌性の感染症に効く抗生物質ペニシリンが発見された。量産に成功したのが新型コロナウイルスのワクチン生産で有名なファイザー社である。人類は、土の細菌の縄張り争いに使われる“化学兵器”を抗生物質として利用してきた。
有用微生物の選抜は日本の得意分野
プロ野球選手は「グラウンドにはお金が落ちている」と教えられ、土まみれになって練習する。土で成功したファイザー社も微生物ハンターを世界各地に派遣し(現在は許可が必要)、約14万サンプルの土から抗生物質を生みだす有用微生物を選抜した。その中から開発されたものに皮膚の感染症治療薬のテラマイシン軟膏(テラはラテン語で「大地」の意)がある。
温暖湿潤な気候条件にある日本は微生物の繁殖に最適であり、土からの有用微生物の選抜はお家芸でもある。静岡県のゴルフ場周辺の土から分離された放線菌(ストレプトマイセス属)は寄生虫治療薬イベルメクチンとして途上国の人々を救い、発見した大村智はノーベル生理学・医学賞を受賞している。

もっと時代をさかのぼれば、先人たちは土の細菌の中から納豆菌(枯草菌の一種)、カビの中から麹菌(アスペルギルス・オリゼー、アスペルギルス・ソーヤ)を見いだし、お酒や醤油の生産に利用してきた。同属のカビには猛毒(アフラトキシン)を生産する危険なものもいるが、先人たちは猛毒を作る機能を失った種を選抜した。日本で発酵文化が発展できたのも微生物の多様性の賜物だ。
根の作る根圏、そして砂、粘土、腐植の連結した団粒構造という多様なすみかは、海や空から上陸した微生物にとっては全く新しい環境だったに違いない。大気中や水中の均質な世界と比べると、迷宮である。ここで競争と共生を含む相互作用を通して微生物の進化が起こり、土は地球上で最も微生物の多様性の高い場所となった。
参考文献
[3-23]厚生労働省 平成28 年人口動態統計データ
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