疑心暗鬼に陥った習近平の「人民解放軍制服組トップ」張又侠の粛清がもたらす中国の最終局面

現代の中国
疑心暗鬼の習近平、凶行「軍制服組トップ」粛清へ
中国共産党は、軍のトップ張又侠と劉振立を厳重な規律違反の疑いで取り調べを開始し、中央軍事委員会の構成員は習近平と張昇民の2名のみとなった。この粛清は、習近平の権力維持の一環であり、台湾に対する武力併合の懸念が高まる中、軍の専門性が軽視されていることが指摘されている。

疑心暗鬼に陥った習近平の「人民解放軍制服組トップ」張又侠の粛清がもたらす中国の最終局面

7人のうちの5人が

中国共産党中央軍事委員会副主席で、中国人民解放軍の制服組トップの張又侠と、中国共産党中央軍事委員会委員で中国人民解放軍連合参謀部参謀長の劉振立を、中国国防部は厳重な規律違反の疑いがあるため立件して取り調べを開始したと発表した。

中国共産党中央軍事委員会は、中国の人民解放軍の最高意思決定機関で、2022年の第20回中国共産党大会で新たなメンバーが選出された。主席(トップ)が習近平、2人いる副主席が張又侠と何衛東、それ以外の委員が李尚福、劉振立、苗華、張昇民の4名で、合計7名である。

何衛東、李尚福、苗華の3人はすでに失脚していたのだが、今回新たに張又侠と劉振立が失脚したので、中央軍事委員会の構成員は習近平と張昇民の2名だけになった。

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ちなみに張昇民は中央軍事委員会規律検査委員会書記(トップ)で、軍の不正行為を摘発する責任者であるから、こうした数々の失脚に関わってきたのは、間違いない。

その一方で、張昇民は張又俠の腹心だと見られてきたがゆえに、この逮捕劇を受けて、戦々恐々としているのではないか。張又俠はこの政変に張昇民が関わっていることを間違いなく疑っているから、今後の取り調べの中で、張昇民に不利益となる情報を意図的に流す可能性も高い。

「正当性」を捏造してまで

ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、張又侠は中国の核兵器に関する中核技術データを米国に漏洩したとされる。この件の証拠は、国有企業の中国核工業集団の元総経理である顧軍から得られたとされ、また顧軍は既に1月19日の段階で、党の規律と国家法の重大な違反の疑いで調査対象とされていた。

だが、これは張又侠がとんでもない罪を犯したと印象付けるための煙幕ではないかという見方も強い。

元産経新聞の記者で、中国問題に詳しい矢板明夫氏によると、北京で10年の取材経験を積んだ経験から、厳重に監視されている外国の記者が、張又俠が失脚した直後に、短期間で自らの人脈網だけで、これほど高度に機密性の高い内部通報内容を掘り起こすことは基本的に不可能だと言う。

このような情報は、記者が自ら調べた結果としてわかったものではなく、むしろお茶を飲みに誘われた際に、ぽろっと漏らすことによって伝えられたものだと指摘する。要するに、こういう情報を流してもらいたいという、習近平側の思惑によって仕掛けられているもので、事実である可能性は極めて低いという指摘だ。

元中国共産党中央党校教授の蔡霞氏も、この情報は習近平側から意図的に漏洩されたニセ情報だと見ている。張又侠と劉振立の逮捕劇に対して紅二代(共産革命の功労者の第二世代のエリート層)から強い反発を招き、この反発を抑え込むために反米ナショナリズム感情を煽る容疑によって、今回の粛清劇の『正当性』を捏造するしかなくなったのだと、蔡霞氏は指摘する。

中国政界で広く展開されていること

ところで近年、習近平が最高権力を維持しているというのは建前にすぎず、実質的な権力は張又侠に握られているとの説が、海外の反体制派の中でかなり広がっていた。私はこの見方には疑問を感じてきた。

昨年10月に開かれた4中全会(中国共産党第20期中央委員会第4回全体会議)では、「二つの確立」の決定的な意義をしっかりと把握し、「二つの擁護」を徹底することが再確認された。「二つの確立」とは、習近平の核心的地位と習近平の思想の指導的地位を確立するという習近平中心主義を謳うものである。「二つの擁護」とは、習近平の核心としての地位と党中央の集中統一指導を守ることで、習近平絶対主義を謳うものである。この事実は、習近平の権力が揺らいでいない証拠ではないか。

今回の出来事は、この習近平絶対主義が全く揺らいでいないことを明確に確認したと言えるだろう。たとえ軍内部のどんなに高い地位にある者でも、習近平が気に入らないと思えば、いつでも排除できることを見せつけたと見ればいい。

ではなぜ習近平は張又侠や劉振立を失脚させたのだろうか。私はここに合理的理由を求めるべきではないと思っている。中央軍事委員会の構成員7名のうちの5名が粛清されたというのは、合理的に説明できる話ではない。目下の失脚人事は軍において最も苛烈であることは間違いないが、かと言って軍だけで起こっているわけではなく、中国の政界で広く展開されていることだ。

妄想に駆られたか

絶対的な権力者にはよくある話だが、疑心暗鬼に駆られて従順な部下さえも信頼できなくなるということが、習近平にも起こっていると見るべきではないか。

習近平が中国の最高権力者になってから既に13年以上になるが、彼は自分を守ることを主眼とした粛清を延々と行ってきた。

習近平によって政界引退を余儀なくされた李克強・元首相の突然死も、習近平が計画的に排除した可能性は事件当時から噂されてきた。李克強は引退したとはいえ、習近平に対して絶対的な服従には至らなかったこともあって、何か機会があれば自分に取って代わる可能性もあるとの疑心暗鬼のもとで、習近平としては完全に排除しないと安心できなくなっていたのではないかとの見方もあるのだ。これと同じことが、張又侠と劉振立にも起こったのではないか。

1971年に林彪事件と呼ばれる騒動が起こった。林彪事件とは、当時毛沢東に次ぐナンバー2であった林彪が、毛沢東に対してクーデター未遂を起こした上で、ソ連に亡命しようとして乗り込んだ軍機が墜落し、林彪も亡くなったとされる謎の多い事件である。

この事件には、林彪は毛沢東の死後に後継者になることが決まっていたのに、クーデター事件を起こす必要があったのかという疑問が呈されている。毛沢東が早く亡くなれば、それだけ早く自分が権力者に就けると林彪が考えたのだ、それで林彪は毛沢東を葬り去ろうとしたのだという解釈もできなくはないが、こうした妄想に毛沢東が駆られてしまったというのが真実なのではないか。張又侠に関する噂を聞いて、習近平が同じような妄想に至ったのかもしれない。

軍は元々台湾侵攻に消極的だった

今回の張又侠と劉振立の失脚は、中国人民解放軍の軍隊としての力をさらに弱めることになるだろう。中国人民解放軍内の人事は、習近平に従順か否かが重要であり、軍事的な知識や能力があるかどうかは考慮の対象とはならないからだ。

また張又侠は、習近平が考えている台湾の武力併合に対して、消極的であったと伝えられている。これは張又侠個人がそういう考えをたまたま持っていたというよりも、人民解放軍内の主流派の考えと言っていいだろう。

軍人はそもそも、戦場に送り出されて生命の危機に晒される事態は、なるべく避けたいと願うものだ。さらに台湾に武力侵攻するとなると、その背後に世界最強で実戦経験も豊富な米軍が控えていることにも目を向けざるをえない。

さらに米軍を支える日本の自衛隊の存在も大きい。中国側が台湾有事に関する高市総理の発言にあれほど執拗な反応を見せたのは、習近平が台湾併合を絶対に譲れないと考えているからだろうが、人民解放軍からすれば、習近平の台湾への執着ぶりは、正直言って迷惑な話だろう。

ベネズエラでのマドゥロ大統領逮捕劇で米軍が見せた鮮やかな軍事作戦は、中国製の最新鋭の防空レーダーで米軍の動きをキャッチできないままに展開された。人民解放軍の幹部たちは、このことに改めて恐怖心を募らせているのではないか。

2023年のロケット軍粛清から始まった

人民解放軍には陸軍・海軍・空軍と並ぶ第4の軍事組織としてロケット軍というものがある。2023年にこのロケット軍の司令官だった李玉超が失脚した。汚職があったとされているが、実は疑われているのはそれだけではない。

アメリカにロケット軍の機密情報を漏洩した疑いも掛けられていたのだが、これには実は証拠もある。米国空軍大学の中国航空宇宙研究所が、2022年に中国ロケット軍の武器や人員の配置などに関する詳細な報告書をネット上に公開していたのである。これらの詳細情報はどう考えてもロケット軍内部の人間しか知り得ない情報であるから、ロケット軍から米軍への情報漏洩は間違いないものだった。

人民解放軍のロケット軍側が米軍に軍事機密を渡したのは、習近平が何としてでも達成したい台湾併合で、武力を使わせないようにするために人民解放軍が仕掛けたものではないかと見られている。というのは、情報を渡しただけでなく、大っぴらに公開させているからだ。中国側の軍事情報の中でも特に重要なロケット軍に関する情報を米軍が完全に握っていると知れば、さすがの習近平でも台湾侵攻を諦めるだろうという狙いがあったのではないかと見られている。

この時の粛清でロケット軍の新しい司令官に就任したのは王厚斌だが、王厚斌は海軍畑の人で、ロケット軍に関する知識を持っていない人であった。こうした専門性を無視した登用をやっていて、軍隊がまともに機能するだろうか。それは考えられないだろう。ちなみに2025年10月にこの王厚斌も粛清されている。習近平の疑心暗鬼はこれほどに強い。

何が何でも台湾統一

習近平は毛沢東、鄧小平と並ぶ「歴史的指導者」として名を残したいと考えている。だが、バブル崩壊によって中国経済をボロボロにした習近平には、「歴史的指導者」と呼ばれるに相応しい業績はまるでない。それどころか、悲惨な経済状況を前に、今や中国の人たちから徹底的に忌み嫌われている存在だ。だから習近平は「歴史的指導者」と呼ばれるに相応しい業績として、台湾統一という名の台湾併合をなんとしてでも達成しなければならないと考えている。台湾併合を成し遂げれば、自分は「歴史的指導者」となることができ、死後も墓を暴かれるようなことにもならないと考えているのだ。

中央軍事委員会の集団指導体制が完全に崩れたことで、中国による台湾に対する武力侵攻のストッパーはもはやいなくなったと見ればいいだろう。

権力機構が恐怖だけを頼りにして維持され、能力が重んじられることのなくなった人民解放軍は、表面的には習近平に対する忠誠心あふれた一枚岩に見えるかもしれないが、専門性や実力を無視した人材登用が進む中で、軍隊としての内実は極めて薄っぺらいものにならざるをえない。

今回の粛清劇によって、中国内部でのクーデターは、さらに起こりにくくなったと言えるが、それでも中国の体制崩壊は近づいたのかもしれない。だがそれは、中国人民解放軍の台湾への武力侵攻という、最も忌むべき事態の発生によって成し遂げられるのかもしれない。笑えない現実である。

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