
なぜイーロン・マスクは米国際開発庁を閉鎖?知られざる実態とトランプ政権が狙う「ディープ・ステート」解体=高島康司

「国際開発庁(USAID)」の実態とはなにか?
イーロン・マスクが閉鎖した「国際開発庁(USAID)」の実態について解説したい。
トランプ政権で政府支出の削減策を検討する組織「政府効率化省(DOGE)」を率いるイーロン・マスクは3日、SNSの音声配信機能で、海外で援助活動を行う「USAID」について、運用が不透明だなどという認識を示した。そしてトランプ大統領と協議し、「彼も閉鎖すべきだということに同意した。「本当にいいのか」と何度も確認したが「イエス」と言ったので、閉鎖する」と述べ、トランプ大統領が「USAID」の閉鎖に同意したと明らかにした。
「USAID」はエイズ対策や紛争地での支援など、世界各地で幅広く人道支援を行っている。特に、アフガニスタンやイエメン、スーダンなどの不安定な地域では、食料や飲料水、そして基本的な医療の提供で中核的な役割を担っている。ルビオ国務長官は、「外交方針に沿ったかたちで援助機能は継続する」としながらも、「USAID」の事実上の閉鎖は、アメリカの国際支援を大幅に縮小することになる。
いま米国内のリベラルな民主党支持者からは、パニックのような反応が相次いでいる。民主党左派の中核的な指導者、バーニー・サンダース上院議員はトランプ政権打倒のために国民の結集を呼びかけている。
「USAID」の実態
たしかに「USAID」は60年を越える歴史を持つアメリカの海外援助のための中核的な政府機関である。基本的な機能は維持するとしても、「USAID」の閉鎖はアメリカの国際的な人道支援に甚大な影響があること間違いない。
しかし、海外援助は「USAID」の機能の一部にしか過ぎない。すでにネットで多くの情報が出回っているので周知かもしれないが、「USAID」はアメリカに従わない海外の政権を転覆し、親米的な政権を樹立するために使う海外工作の中核的な機関である。
米国務省は「USAID」を通して、「全米民主主義基金(NED)」や「フリーダムハウス」などの政府系NGOに資金提供し、ターゲットとなった国々の国民の不満に火をつけ、体制転換のための民主化要求運動を組織する。抗議運動の活動家は現地の大学などから若者をリクルートし、セルビアのベオグラードに拠点のある革命トレーニングセンター、「CANVAS」などを使って訓練した。この手法は、中央アジアの旧ソ連共和国や「アラブの春」などの「カラー革命」で使われた。香港の民主化要求運動も支援していた。
海外への人道支援組織であるという側面は、「USAID」の一つの側面に過ぎない。アメリカの歴代政権が都合の悪い政権を転覆するための工作の中核にある機関が「USAID」だ。その意味では「USAID」は、CIAと連動して動く工作機関である。
トランプ政権の一つの目標は、政権の方針とは関係なく、米国の覇権維持を目標にした「ネオコン」などの政治勢力の指示で活動する「ディープ・ステート」を排除することである。「ディープ・ステート」にはCIAやFBI、NSAなどの情報機関があるが、秘密の海外工作実施の中核にある「USAID」も「ディープ・ステート」の重要な構成要素である。
その意味では、イーロン・マスクが「USAID」の閉鎖を決定したことは、自然な動きである。
アメリカの海外工作の実態と「NED」
今回はよい機会なので、「USAID」を含むアメリカの「ディープ・ステート」による海外工作がどのように行われているのか、包括的に説明しよう。
海外工作活動の中核にあるのが、「全米民主化基金(NED)」である。その活動を見ると「USAID」がどのような役割を果たしているのか、はっきりと見えてくる。
公式の文書であれば、こうした機関の情報はアメリカの同盟国である西側諸国ではなく、中国政府などの資料の方が詳しい。これらの資料を参照にすると、アメリカの海外工作機関の全体像が見えてくる。
分かりやすくするため、工作の中核にある「全米民主化基金(NEDI」に焦点を置き、項目別にまとめた。
1. 「全米民主化基金(NEDI)」はCIA秘密工作の実行者である。冷戦初期、CIAは「民間ボランティア組織」を通じて東ヨーロッパの社会主義諸国における反対活動を支援し、「平和的進化」を推進した。このような活動が1960年代半ばから後半にかけて暴露された後、米国政府は市民社会組織と協力して同様の活動を行うことを検討し始めた。これため、このような組織を設立するという考えが生まれた。
米国の学者ウィリアム・ブルームは、「NED」は「USAID」と協力して、CIAが数十年にわたって秘密裏に行ってきたことをある程度あからさまに行うことで、CIAの秘密活動に伴う汚名を晴らすことを期待していた」と書いている。
2. 「NED」は米国政府の後援により設立された。そのため、「USAID」と全面的に協力して活動している。
1981年、就任後間もないロナルド・レーガン大統領は「プロジェクト・デモクラシー」を海外で推進する意向を固め、「海外の民主化運動」を公然と支援する政府出資の民間運営財団を提案した。
「NED」、及び「USAID」の目的のひとつは、米国の国益の幅広い関心と、「NED」と「USAID」の資金提供を受けたプログラムによって支援される他国の民主化グループの具体的な要求の両方に一致する方法で、民主化の確立と成長を促進することである。
3. 「NED」も「USAID」も米国政府から資金提供を受けている。1983年11月22日、米国議会は「NED法」を可決し、「NED」の目的を繰り返し、議会による資金提供、政府による財務監査、議会および大統領への報告義務など、さまざまな問題を明確にした。
「NED」が設立された1983年には、議会は「NED」に1800万米ドルを拠出した。過去40年以上にわたり、連邦議会からの予算は概ね増加傾向にある。「USAspending.gov」のデータによると、「NED」は2023年度に3億1500万ドルの予算を計上している。「カーネギー国際平和財団」の報告書が明らかにしたように、「NED」の資金はほぼすべて米国議会から拠出されている。
4. 「NED」と「USAID」のプログラムは、米国国務省および在外米国大使館の指導の下で運営されている。「NED」の根拠法で義務付けられているように、「NED」と「USAID」は外交政策の指針を得るために、そのプログラムについて国務省と協議している。「USAID」の報告書、「米国政府による民主化推進プログラム」によると、「NED」は、民主主義・人権・労働局を通じて国務省と、また「USAID」および在外米国大使館と、プログラムに関する事項について継続的に協議している。
5. 2021年9月、元ニューヨーク・タイムズ紙の記者であるスティーブン・キンザーは、「ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス」のウェブサイトに、「NED」がCIAや「USAID」と協力し、米国が好まない政権を転覆させるために、他国の反政府勢力を支援していることを暴露する記事を掲載した。
記事によると、「NED」の初期の理事会メンバーはほとんどが好戦的な人物であり、現職の理事の中にはキューバやニカラグアの政権交代に熱心に取り組んだ元連邦議会議員もいる。「USAID」と「NED」の使命は、非友好的な外国政府を転覆させ、米国の利益に沿った政権を樹立することである。
6. 「NED」と「USAID」は、ウクライナのソーシャルメディアの「ファクト・チェッカー」となるよう、複数のウクライナの組織に資金提供した。しかし、このような「ファクト・チェッカー」は、実際には米国がウクライナのインターネット上で作成した情報フィルターであり、ウクライナ国民を欺くためのものだ。
7. 「NED」と「USAID」の活動は米国政府によって承認されている。元CIA職員のフィリップ・エイジーは、1995年のテレビ番組で、「現在では、CIAが裏で暗躍し、資金提供や指示などを通じて秘密裏にプロセスを操作するのではなく、彼らには「NED」という相棒がいるのだ」と述べている。
「民主主義のための国家基金:未来への賢明な投資」と題された報告書の中で、キム・ホームズ元国務次官補は、「友好的な民主主義者を支援する方が、敵対的な独裁政権から自国を守るよりもはるかに安上がりであるため、「NED」と「USAID」への資金提供は賢明な投資である」と主張している。
8. 2015年7月29日、ロシア外務省は公式声明を発表し、「NED」を「望ましくない組織」として正式にリストアップし、ロシア領内での活動を禁止した。声明では、米国務省が「深く憂慮している」と、ロシアの市民社会の運命について明らかに偽善的な声明を出したと述べた。「NED」のプロジェクトのほとんどは、米国の指導に従うのではなく、自国の国益に沿った独自の政策を追求しようとする国の国内情勢を不安定化させることを目的としていた。
「USAID」の活動の実態
このようにアメリカの歴代政権は、「NED」と「USAID」をCIAのいわば道具のように使い、民主化要求運動などを組織して、アメリカには都合の悪い政府を転覆する工作を行っている。という意味では、「USAID」は人道的な動機から対外援助を行う機関ではなく、特にアメリカの安全保障上の国益を追求するための機関である。
アメリカは発展途上国を対等の立場として扱ったことは一度もなく、説教師や救世主のように、他国を支配し、完全に自国の基準に従って、他国の文化と伝統や現実的条件を無視する形で援助を行っている。そしてアメリカは、支援を受ける国々の主権と尊厳を損なうような厳しい条件を課すことが多く、これらの国の内政に無遠慮に指図する。
また、援助対象国の選定に際しては政治・経済面で厳しい基準を設け、アメリカが期待する改革を相手国に実行させることを前提とした大規模かつ長期的な「援助パッケージ」を提供する。
その結果、援助協定の条項では、米国の法律を受入国の法律よりも上位に置き、パートナー国に政治改革、市場経済、民主化、人権の面で米国が定めた基準を満たすことを求めている。これは受領国の主権を著しく侵害するものであり、発展途上国からの継続的な反対と抵抗に直面している。
この結果「USAID」は、途上国から最も協力したくない組織と広く評価されている。援助で得た資金のほとんどは米国に還流している。「USAID」は支出の約80%がアメリカで使われていることを公然と認めている。
トランプ政権による「ディープ・ステート」の解体
このように「USAID」は、人道援助という美名の元で、CIAや「NED」と協力しながら、他国の政府をアメリカの国益に合致したように行動させるための機関である。相手国の政府がアメリカの方針に抵抗するようであれば、民主化要求運動などを組織して、政権を転覆させる。
アメリカの国益とは、アメリカの覇権が永続化する体制の構築と確保である。「USAID」とは、CIAや「NED」とともに、この目標を実現するための装置の一部なのである。純粋な援助機関ではない。「ネオコン」とともに活動する「ディープ・ステート」の一部である。
そのような「USAID」をトランプ政権が閉鎖を決定したことは、トランプの公約集である「アジェンダ47」にも明確に述べられているように、「ディープ・ステート」の本格的な解体を本気でやろうとしていることの現れである。ということでは、これからCIAやFBI、そしてNSAも解体か縮小の対象になってくることは間違いないだろう。
事実、2月4日、CIAはトランプ大統領の優先事項に従うためとして、全職員を対象に早期退職を募集した。ラトクリフCIA長官は、「これはCIAの職員が政権の国家安全保障に関する優先事項に迅速に対応できるよう、速やかに動き、CIAに新たな活力を吹き込む包括的な戦略の一環だと」表明している。CIAは予算や職員数を公表していない。
CIAは内定者の採用手続きも停止した。内定者がCIAの新たな目標に適した経歴の持ち主ではない場合は、一部の内定が取り消される可能性が高い。新たな目標には麻薬カルテル対策、トランプ政権の貿易戦争、中国の弱体化が含まれるという。
このように、「ディープ・ステート」と呼ばれる組織や機関の縮小と排除が始まっている。その改革のペースは非常に早い。これから、「NSA(国家安全保障局)」や「DIA(国防情報局)」、そしてFBIも排除と縮小の対象にもなるはずだ。注目だ。
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