量子論、量子力学の世界は、私のような素人からすれば、かなり難解で、理解が難しい世界です。
また、量子論を基盤にした「量子コンピューター」は更に良くわからないのが正直なところです。
量子コンピューターはまだまだ開発途上にあり、実用化には至っていないようですが、研究は進んでいるようです。
ただ、量子コンピューターが実用化されれば、夢のような世界が現実化するというような幻想は捨てた方が良いように思います。
量子と禅がつながっているかどうか、その真偽はさておき、科学的な追究の積み重ねの結果、量子力学が私たちの直感や日常的な経験とは異なる世界を示していることが明らかになったのは確かです。それにしても、量子自体がまだ認識されてもいない時代に、哲学や宗教で人間が自由な発想をしていたことに驚かされます。
量子コンピュータでも従来のコンピュータでも、与えられた課題が同じならば最終的に出す答えは同じになります。ただ、いずれもが答えになる可能性がある中で、どれが一番ありえそうなのか、最適解としてふさわしいのか、という抽出を試みる際、量子コンピュータは効率的な探索が瞬時にできるという強みを発揮するといえるのです。
量子コンピュータってなんだろう
唯一最善解のない複雑な社会問題を解決するツール
「神はサイコロを振らない」
相対性理論でニュートン力学を覆したアルベルト・アインシュタインはそう述べて、古典物理学を根本から揺るがしかねない量子論の曖昧さを批判した。
量子力学の礎を築いたエルビン・シュレーディンガーは、毒ガスが充満した箱の中の猫は、生きている状態と死んでいる状態が同時に存在しており、箱を開けてみなければ結果はわからないと、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる理論で、量子の動きは予測不能であることを説明した。
遡ること100余年。ルートビッヒ・ボルツマンやマックス・プランクといった物理学者らが仮説を立て、「量子論の育ての親」ニールス・ボーアとアインシュタインの論争を経ても、量子は杳としてその全貌が明らかにされていないが、これまでの研究によって量子の特徴、たとえば小さな粒が複数の箇所に同時に存在する、本来は相容れない複数の可能性を重ね合うように同時に併せ持つ、それは確定的ではなく確率的であることなど、従来の古典的な物理学では説明できない、予測不能な振る舞いが少しずつ解き明かされてきている。
そうした量子の特性を利用したコンピュータをつくることを提唱したのが、リチャード・P・ファインマンだ。量子力学の理論で朝永振一郎らとともにノーベル物理学賞を受賞した人物だが、1981年の講演で「自然は古典(物理学)的ではない。そのシミュレーションをしたいなら、量子力学に基づく方法を使ったほうがよい」と述べた。
目に見える現象を扱う古典物理学の原理だけで動くコンピュータでは、目に見えない世界で起きている現象の複雑さを正確には反映できない。だからこそ、目に見えない世界の原理に基づいた計算ができるコンピュータの存在が必要である、とファインマンは主張したのだ。
こうした概念をもとに誕生した量子コンピュータを、ビジネスで活用しようという動きが近年活発化している。しかし、そもそも量子コンピュータとは何なのかを知ることは一筋縄ではいかない。得体の知れない機械をビジネスに導入することをためらう経営者も少なからずいるだろう。
そのような中、量子論は専門家たちがいまなおその本質を見極めようと研究を重ねている一方で、頭で理解する前にまずは量子コンピュータを一度使ってみて、そこから得られる実利を実感してほしいと訴える日本の物理学者がいる。東北大学大学院情報科学研究科教授、東京工業大学理学院物理学系教授を兼務し、かつ量子コンピュータによる企業向けサービスを提供するスタートアップ、シグマアイ代表取締役を務める大関真之氏である。
量子コンピュータとは何なのか、そしてどのようにビジネスに活用し、可能性を広げられるのか。大関氏に量子コンピュータがもたらす未来について聞いた。
量子コンピュータで何ができるのか
編集部(以下青文字):量子コンピュータは、複雑な計算を瞬時にこなす能力を備えた技術としてビジネスでの活用に期待が高まっています。マッキンゼー・アンド・カンパニーによると、その経済効果は2035年までにおよそ1兆3000億ドル(約195兆円)に達すると予測されています。
日本政府の政策重点分野にも盛り込まれ、東京大学がIBMの量子コンピュータを導入、またトヨタ自動車や三菱ケミカルなどが量子コンピュータを共同利用する事業に経済産業省が42億円を支援するなど、産官学連携の動きも活発化しています。
しかし、量子コンピュータをビジネスに活用するという認識はまだまだ一般化していません。その理由として、量子コンピュータがどんなものなのか、何ができるのかという理解が進んでいないからと思われます。
先生は、著書『先生、それって「量子」の仕業ですか?』(小学館)の中で、量子コンピュータについて「0と1の状態を同時に持てる量子ビットという、不思議なものを持っていて、これを使って、すべての組み合わせから、1番いい結果を瞬時に見つけ出してくれるマシン」と説明されています。具体的にどのような仕組みなのか、普通のコンピュータとの違いを交えて教えてください。
MASAYUKI OHZEKI1982年、東京都生まれ。2008年、東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程早期修了。東京工業大学産学官連携研究員、ローマ大学物理学科研究員、京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻助教などを経て、2019年より現職。2019年4月に東北大学発のスタートアップであるシグマアイを創業。著書に『先生、それって「量子」の仕業ですか?』(小学館、2017年)、『機械学習入門』『Pythonで機械学習入門』(ともにオーム社、2016年、2019年)、主な共著に『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP、2016年)、『量子コンピュータが変える未来』(オーム社、2019年)などがある。
大関(以下略):そもそもコンピュータとは、人間がそろばんや電卓などで計算する、あるいは頭の中でシミュレーションしていたものを高速化させるツールです。
大きな桁の計算を人間がやると時間がかかったり、間違ったりすることもあります。しかし、コンピュータは誰が触っても間違いのない計算をします。それがコンピュータというものです。普通のコンピュータは、あらゆるものを「0」か「1」だけの情報単位(ビット)で表現しています。2ビットなら「0・0」「0・1」「1・0」「1・1」と、4つの組み合わせを一つひとつ計算して答えを探します。ビットが増えるほど、計算に費やす時間も増えていきます。量子コンピュータが最終的に出す答えは、普通のコンピュータと変わりはありません。ただ、計算のプロセスが異なるのです。「量子」と呼ばれるミクロなものの法則を計算に応用しています。その一つが「重ね合わせ」という性質を応用した計算プロセスです。
普通のコンピュータのビットが電気のオン(1)かオフ(0)かのいずれか一方の状態しか取れないのに対して、量子ビットは「0」であると同時に「1」でもあるという重ね合わせの状態で、先ほどの4つの計算も、同時に並列計算できるのです。計算した後に出てくる複数の答えの中から、「測定」という行為で確率的に答えを一つに絞り込んでいきます。
この計算プロセスのために、従来のコンピュータではとうてい不可能なスピードで解を見出せるのです。
ちなみに、私と一緒に『量子コンピュータが変える未来』(オーム社)を執筆された寺部雅能さんは、この本の中で次のように説明されています。
量子コンピュータは「0と1の状態を同時にもてる量子ビットという不思議なものを持っていて、これを使って全ての組合せから1番いい結果を瞬時に見つけ出してくれるマシン」という言い方をしています。(中略)ここで少し踏み込んで説明すると、従来のコンピュータは0または1を表す「ビット」を一つの単位として計算しています。一方で量子コンピュータは0と1を同時に表すことができる「量子ビット」を単位として計算します。(中略)0と1を同時に表すことができると何が嬉しいかというと、(中略)2ビットの場合、00から01、10、11の4通りがあります。従来のコンピュータは0か1しかもてないため、4通りを順番に計算して1番いい組合せを求める必要があります。量子コンピュータは量子ビットのおかげで4通りの組み合わせを同時にもつことができるので、これまで4回必要だった計算が、何とたった1回で済むのです。
直感的に理解するために身近な例えを用いたいのですが、『ウォーリーをさがせ!』(フレーベル館)は、一枚の絵に何百人もの人が描かれている中から本人を探し出すのに時間がかかりますよね。量子コンピュータは、それを一瞬でできるということでしょうか。
一人の人間が目を凝らして探していけば、いずれ見つけられるわけですけど、時間がかかります。量子コンピュータならば、探す際のルールを決めておけば、いくつもの目が分担して探してくれますから一瞬で見つけられる。ウォーリーに似ている人はどこにでもいて、どれも本物の可能性がある。そこで、ウォーリーが着ているシャツの縞模様を抽出して、瞬時に見つける確率を高めるようにするのが量子コンピュータなのです。
試行錯誤を繰り返すよりも、あるいはシミュレーションを試みる時にしても、一回で早く済ませたほうがいいですよね。このように計算を高速化することで、全体的な効率化を図ることができるのです。
そうした量子コンピュータの特性が活かされた研究には、どのようなものがあるのでしょうか。
量子コンピュータの威力が発揮されている象徴的な事例として、手前味噌になりますが、三井化学とシグマアイとの共同研究を紹介させてください。ここでは、ある製品に適した樹脂を開発するのに、どのような材料をどれだけの割合で混合すればよいのか、数え切れないほどの可能性の中から最適解を見つけ出す研究をしています。
化学業界では、この手の問題に取り組むために「マテリアルズ・インフォマティクス」(コンピュータ科学による素材開発)という手法がすでに確立されています。過去の実験データを蓄積しておいて、機械学習を使って未来の実験結果を予測するのです。しかし、機械学習で正確に予測するには、良質なデータをたくさん集めておく必要がありますし、それゆえ相当な時間とコストもかかります。しかし、量子コンピュータを使えば、少ないデータでも最適な材料の組み合わせを見つけ出すことができるのです。
量子アニーリングの組合せ最適化とは
それはすごいですね。量子コンピュータの分野でも、特に「量子アニーリング」という計算技術の実用化が進んでいます。これは、大関先生の指導教官だった西森秀稔東京工業大学特任教授と大学院生だった門脇正史氏(現デンソー)が、量子アニーリングの構想を先駆けて提唱したとされています。量子アニーリングは「組合せ最適化」に特化した計算技術といわれていますが、どのようなものなのでしょうか。
鍛冶屋は高温に熱した鉄を叩いて整形した後、少しずつ冷やしていきます。その間、ミクロの世界では、熱した鉄の中で激しく動き回っていた原子がゆっくり冷めていくうちに安定した場所に落ち着いていきます。この一連のプロセスを日本語で「焼きなまし」、英語で「アニーリング」と言いますが、原子のこうした性質を、量子コンピュータの計算方法に応用したのが量子アニーリングです。
量子アニーリングは、ある条件の下で一番よい組合せや順番を求める「組合せ最適化」を得意としています。西森先生と門脇さんが提唱した原理に基づいて、カナダのベンチャー企業D―Waveシステムズがアニーリングマシンを開発し、実用化が進みました。私が量子アニーリングの研究を始めたのは、2016年にD―Waveのアニーリングマシンが複雑な最適化問題を瞬時に解くデモンストレーションを見て、そのすごさに驚いたのがきっかけです。
組合せ最適化の例は身の回りにたくさんあります。たとえば経路探索です。大学のキャンパスに行くにはどの道を通るのが一番早いかを調べるのであれば、普通のコンピュータでも計算できます。しかし、あらゆるルートを一つひとつチェックして答えを見つけなければいけません。一方、量子アニーリングマシンは、左右どちらに行けばいいのかわからない状況から、「徐々に」といっても超高速ですが、どう行けばよいか答えを出してくれます。
量子アニーリングマシンの興味深い点は、最適解を一つだけ導き出すほかにも、同じ問題でもさまざまな解を提示できる点にあります。これは量子コンピュータ特有のミスも絡んでいるからなのですが、最適解が一つ示されたとしても、現実の世界ではうまくいかないことがあります。実践者にとって使い勝手のよい方法が、必ずしもコンピュータの出した最適解とは限らない場合もありますよね。
たとえば、工場の生産性向上に関して量子コンピュータが出した最適解は、材料費の高騰などの事情で使えないかもしれません。同じ効果を得るにはコストがより安いほうを選びたいということもありえるわけです。このように状況やニーズに応じて、量子コンピュータが最適解ではない答えを最適解として選ぶことは、「解の選択」と言います。
アニーリングがビジネスの課題を解決する
大関先生は、デンソーとの共同研究で無人搬送ロボットの走行経路最適化に取り組まれました。このプロジェクトから、量子コンピュータの理論を理解してもらうよりも、現場の課題を解決する事例を説明するほうがより重要で効果的であると思うようになったそうですね。
量子アニーリングの領域で、私が初めて企業と取り組んだのがデンソーの事例です。具体的には、デンソーの工場で部品を運ぶ無人搬送ロボットの稼働率を向上させるという課題に取り組みました。ロボットは従来、設定されたルールに従って作動していましたが、ルート上での渋滞などのせいで稼働率は80%程度に留まっていました。そこで、アニーリングマシンを使って3秒ごとに最適なルートを更新するシステムを開発し、ロボットの制御を改善したところ、渋滞が大幅に減少し、稼働率は95%まで向上しました。
実は、共同研究の最初の2年間は、量子コンピュータや量子アニーリングの勉強ばかりで、現場の課題の解決に着手できませんでした。3年目に「いい加減、現場の課題に取り組みましょう」と私が働きかけました。1カ月後にはロボットの稼働率の課題が持ち込まれ、5カ月後には量子アニーリングによる経路最適化システムが稼働しました。この経験から、技術や理論を説明するよりも、その実用性をわかりやすく伝えて、とにかく手を動かす、実践することをモットーとしています。
大関先生は、大学での研究に留まらず、シグマアイを創業し、民間活用を進めています。企業との連携の中で、どのようなことを感じていますか。
相談にいらっしゃる段階で、すでに課題がはっきりしていたり言語化できていたり、「こうしたらいいんじゃないか」と仮説を立てられたりしている企業は多くありません。「この仕事、遅いなぁ」「ストレスだなぁ」と感じていても、何がボトルネックになっているかを見出せていない。ですから、「愛がないな」と思うこともあります。
いまおっしゃられた「愛」とは何への愛ですか。
現場にいる、自分の目の前で起きていることへの愛がないという意味です。課題を突き詰めないでいると言い換えてもよいでしょう。愛があれば、うまくいかないことがあれば、なぜなのだろうとずっと考えて、改善しようとするものではないでしょうか。家族との関係に似ているかもしれません。つまり、愛があるかないかで、課題への向き合い方が変わってくるのです。
言語化できない理由も理解できます。いろいろな要素が複雑に絡み合っていて簡単には気づけなかったり、「何が正しいやり方なのか」をめぐって社内で対立したりと、解像度が高まらないままになっていることもあるでしょう。
しかし大事なのは、自分たちの困っていることを言語化し、一つでもよいですから「これがボトルネックなのでは」と仮説を立てることです。数%しか効率化できなかったとしても、とりあえず立てた仮説を分析して解決まで持っていくことが大事なのです。
こういう現実もあって、量子アニーニングの仕組みを理解してもらうよりも、どう役立つか、実践についてわかりやすく伝えたほうが、意味があると思っています。量子アニーリングについて知らなくても、実践例を聞けば、自社でどう活用できるかがピンとくる方もいらっしゃるのです。
シグマアイとプロジェクトを進めている会社が典型例です。それは、仙台市にある株式会社高速という食品軽包装資材の専門商社です。私たちからお話を持ちかけたのですが、最初はやはり「量子コンピュータって何だ」という怪訝な反応でした。仕組みの説明はいったん脇に置いて、まず業務を最適化できると提案し、地元仙台の物流センターを見学させてもらいました。
センター内を見渡すと、従業員の方々が商品をピッキングするために広いフロアをかけずり回っていました。実際お話を伺って、商品が見つけにくいとか、季節によってピッキングが増える商品があるとか、箱が遠くて取りにいくのに時間がかかるとか、現場ならではの課題をいろいろ聞いて、何を最適化するのが一番効果的なのかを考え、作業伝票の最適化を提案しました。シミュレーションでも、作業量を従来の3分の1に減らせるという結果が出ていました。
この結果を見た担当者が、「こんなに速く処理できるなら、全商品の置き場所を最適化できませんか」と、向こうから新たに千葉の物流センターの保管商品のレイアウト変更を要望されました。これは、3600平方メートルのフロアに、9000個の段ボール箱をどのように並べ替えたら効率的に動けるのかについてゼロベースで考えるという、壮大なプロジェクトでした。
これは、量子アニーリングで何ができるのかを直感的に理解した現場の方が、みずから提案してきた事例です。配置を地図に落とし込み、どの商品をどう並べれば、従業員の移動距離が最適化できるか、独自に算出するプログラムを開発し、アニーリングマシンで出した最適なレイアウトに変更しました。その結果、ピッキング作業の歩数が30%も減ったのです。
レイアウトを最適化するという解決策が、アナログな手法なのが印象的です。
もちろん、ロボットによるピッキングやQRコードでの位置把握など、最新技術を使った改善策を提案することももちろん可能です。ですが、コストや商品特性、現場のオペレーションを考えると、現実的ではありませんし、むしろ仕事がやりづらくなる可能性も考えられます。人が働きやすくなるよう、迷わないレイアウトを考えることのほうが同社の物流センターでは有効だったのです。
AIやスパコンとどう共存していくのか
量子コンピュータが登場した当時、「スーパーコンピュータがあるのに、なぜ必要なのか」と、その存在意義を問う指摘もありました。しかし、やがて量子コンピュータが実用化に向けて加速し始めると、スパコン不要論が出てくるようになりました。この2つの技術は共存、棲み分けは可能なのでしょうか。
量子コンピュータとスパコンは、得意な領域がそもそも異なります。
量子コンピュータは、材料科学、創薬、暗号解読など、特定の領域での計算が得意ですが、日常的なアプリケーション、たとえばワードやエクセルをあっという間に処理するといったことはできません。一方でスパコンは、幅広い計算を高速に処理する能力があり、汎用的な計算に適しています。なぜなら、高性能なCPU(中央演算処理装置)やネットワーキングによってコンピュータの基本性能を向上させているからです。
量子コンピュータはAIとの親和性が高く、機械学習やディープラーニングで威力を発揮します。加えて生成AIの登場で、量子コンピュータの分野があらためて注目されています。東京工業大学教授の西森秀稔氏との共著『量子コンピュータが人工知能を加速する』(日経BP)の中で、低消費電力で医療、環境、スポーツ、法律、考古学など、さまざまな分野での応用が可能になると予測しています。量子コンピュータはAIの発達に、どう寄与するのでしょうか。
量子コンピュータとAI、特に生成AIとの親和性は高い。生成AIの歴史をひも解くと、2006年に開発された初期の生成AI「ボルツマンマシン」は、量子アニーリングのはしりともいえるのです。ただし、当時は量子アニーリングという概念自体がなかったので、完全に同じとはいえませんが──。
量子アニーリングマシンは、基本的には与えられたパラメーターに基づいて、0か1の答えを出します。それ自体、言わば「何かを生成する」ことになります。パラメーターを変えると、全然違う結果が出るからです。
AIの普及に伴って問題になっているのが、消費電力の増大です。PCも使用中は本体が熱くなるでしょう。PCの中で流れている電流が熱を帯びるからです。インターネットやAI、スパコンなどの消費電力は推して知るべしで、サーバーに利用者のリクエストが届き、結果を出力するというプロセスに膨大な電力量が消費されています。実のところ、世界の消費電力の3~4割がコンピュータ関連に費やされているというデータもあり、今後はさらに増えると予想されています。
一方、量子コンピュータは省電力が特徴です。超電導技術を使っているから、電気抵抗がほぼゼロで、消費電力を極めて抑えることができるのです。量子コンピュータを使うメリットとして「消費電力の少なさ」があることはもっと知られてもよいと思います。ChatGPTのような性能はまだありませんが、従来のコンピュータよりも格段に速く計算ができますし、エネルギー問題が深刻化している昨今、量子コンピュータの技術をもっと発展させる必要性は以前にも増して高まっているといえるでしょう。
量子コンピュータ人材をいかに育成するか
政府が2022年にまとめた「量子未来社会ビジョン」では、国内の量子技術の利用者を1000万人にする、という目標が掲げられたほか、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に大関先生の「量子コンピュータを活用した新事業を共創する研究開発基盤」の提案が採択されるなど、この分野でのスタートアップ創出や社会実装に向けた取り組みが本格化しつつあります。
また、先生ご自身も、量子アニーリングマシンの使い方を教える講義動画のYouTube配信や、教育プログラム「Quantum Computing For You」(QC4∪)など、量子コンピュータに馴染みのない人たちへの啓蒙活動を展開されています。量子コンピュータを扱う人材の育成について、どのような展望をお持ちですか。
量子コンピュータの分野が注目されているものの、大学の研究室の定員増や新しい研究室の設立などはそれほど進んでいません。そうした研究者や高度専門人材の育成と並行して、文系や理系、プログラミング経験の有無に関係なく、量子コンピュータを扱える人たちのすそ野を広げていくことも大事です。
ですので、私は量子コンピュータに携わる人たちを増やすことにも目を向けています。専門知識のない人を、量子コンピュータを扱える人材へと変えることができれば、新たなチャンスが生まれてくるはずです。すぐさま量子コンピュータの分野で働く必要はなくても、一度経験しておけば、将来大きなチャンスが訪れるかもしれません。
そういう思いもあって、私が2021年から続けているYouTubeのライブ配信──「公開伴走型生配信授業」と呼んでいます──は、これまで講義や演習、企画会議を7回開催しました。中高生から大人まで、初心者も置き去りにされることなく参加できるように、どんな質問にもていねいに答えています。また、タクシーの渋滞解消や津波避難の経路探索など、実用的な問題について一緒に考えてもらっています。
このライブ配信に参加された方たちの中には、ご自身で量子アプリをつくってビジネスコンテストに参加し、そのアプリを見た内閣府から声がかかった人がいます。このアプリは「量子未来社会ビジョン」にも紹介されました。
中高生も量子コンピュータを使いこなしているとは驚きです。どんなアプリをつくったのですか。
教師の多忙さを慮って、担当教科の時間割を最適化するアプリを作成した学生がいます。具体的には、担当教科をクラスごとにどう割り振れば、忙しい先生の時間を確保できるかを考えたのです。また、ディズニーランドのアトラクションの待ち時間を最小化するために、アトラクションの回る順番を最適化するアプリを応用して、学校の食堂の行列を減らそうと考えた学生もいました。
中高生向けのイベントでは、冷蔵庫の食材を最適化するという提案も出されました。その提案は、「カレーを食べたい」と思ってスーパーで材料を買う時に、家に何の食材があるのかを踏まえたうえで、何を買うのが最適なのかを量子アニーリングで提案するというものでした。食材を腐らせたり余らせたりしないように、いかに効率的に消費していくか、さらにレシピの提案までいけたら素晴らしいですよね。
最近、外出先から残っている食材を確認できるカメラが搭載された冷蔵庫が売り出されていますが、その冷蔵庫にはそこまでの機能はないようなので、カメラと量子コンピュータを組み合わせて最適化できたら、いま以上に面白いものができそうです。
量子コンピュータが半径5メートル以内の課題にも役に立つというのは、もっと知られていいですね。
量子コンピュータ人材を育てるならば、付きっ切りで寄り添うサポート体制と、そのためのグループやネットワークがカギを握ると思います。育成プログラムに参加する人たちが、オンラインで量子コンピュータの使い方を勉強したうえで、実際に集い、顔を合わせて研究やアプリ開発ができる場づくりを進めています。
第1弾は東北大、次に東工大、さらには熊本大学をはじめ地方にも展開していこうと話が広がっています。ベトナムなど、海外にも進出したいですね。
お話を伺っていると、量子コンピュータは何でも課題を解決してくれるドラえもんの「4次元ポケット」のように感じる人もいるかもしれません。将来、量子コンピュータはドラえもんのように夢をかなえてくれるような存在になるのでしょうか。
もちろん、量子コンピュータは何でもできる夢のコンピュータというわけではありません。AIの加速装置みたいに宣伝される向きもいますが、そんなことはできませんし、大量のデータをあっという間に処理できるわけでもありません。
話は少しずれますが、のび太は優秀な人材だと私は思っています。ドラえもんに困っていることを伝えて、「何か出してよ」と課題を言葉にしていますよね。のび太みたいに「困った」「面倒臭い」と明言することが創造や効率化の第一歩なのです。
のび太がいつも壁打ちしているからこそ、ドラえもんは課題解決できるのですね。
組合せ最適化、文字通り「たくさんの選択肢の中から最適な組み合わせを見つける」という問題は、日常生活にたくさん潜んでいて、そうした課題に気づいて解決したいと思っている人が現れることで進化していきます。その際、壁打ちを続けて、解決しようとする気持ちが何より大事なのです。
量子コンピュータ先進国としての日本のあり方
理化学研究所で日本第1号の稼働が始まったのを皮切りに、2023年は国産機の稼働が相次ぎました。量子コンピュータの分野で、日本企業や研究機関は世界に先行できるでしょうか。
組合せ最適化に関しては、NECや東芝、富士通、日立製作所などの日本企業が世界で一番だと思います。
過去には、実質的に量子コンピュータを使っていないと批判もされていましたが、それは高性能な組合せ最適化の方法を追求した結果であって、確実に成果を出しています。海外企業の量子アニーリングマシンと比べても、日本独自のデジタルアニーリングの性能のほうがずっと優れています。この技術の高さがあれば、世界で十分勝負できます。
量子コンピュータの分野への公的支援の規模が、米中と比べて小さくても、高度な技術開発ができています。適切な予算と支援で、成果を上げることに成功した証明にほかなりません。
アメリカのアトムコンピューティングは次世代量子コンピュータのプラットフォームとなる1180量子ビットを搭載した原子アレイを構築したと発表しました。1000量子ビットの閾値を超えた初めての例だそうです。また、東京大学は光を使って計算ミスを修正する機能を持たせた量子ビットの開発に成功したと発表しました。光を使った量子コンピュータの実用化に向けてさらに前進したといえますが、こうした量子コンピュータの進化が、今後どのような意味を持つのか、教えてください。
スーパーコンピュータが47年もかかる計算を一瞬で済ませたグーグルの最新量子コンピュータですら50量子ビットです。1000量子ビットを超えるなど、人類未到の計算領域に踏み込むことになるわけですから、震えるほどの驚きを感じます。
とはいえ、精度の面で課題が残っていると思います。量子ビットを増やすには、量子ビット一つひとつに微弱電流を流す配線が必要で、配線が交わることでノイズが生じてしまうという課題がありました。そのために量子ビットはせいぜい3桁止まりだったのですが、1000を超す量子ビットが実現できたということは、何らかの明るい見通しが立ったのではないか、と期待しています。
従来のコンピュータではとうてい不可能なシミュレーションが可能になった一方で、限られたごく一部の人間しか量子コンピュータを利用できないという状況が生まれてきていることを懸念しています。日本に導入された量子コンピュータの数は多くありません。IBMが提供する公開型ゲート式の量子コンピュータにアクセスするために2~3時間待たされるなんてことはざらです。こんなに時間がかかっては研究には適しません。
扱える人が限られる「量子コンピュータ格差」が生まれているということでしょうか。
量子コンピュータを使えるスキルを持つ人は確実に増えていますが、実際に使ったことがある人は圧倒的に少ないのです。いま大切なのは、使ったことのある人を増やしていく取り組みです。そのためにいまやるべきことは、利用のハードルを下げること。1台でもいいから、国内の量子コンピュータを国内向けに公開し、広く利用できる環境を整えることが望まれます。こうした取り組みが、日本において量子コンピュータを活用するためのすそ野を広げることにつながるはずです。
これまで先生が述べられた「0」であると同時に「1」でもある「重ね合わせ」の法則をはじめとする量子コンピュータの基本概念は、物事や自他を区別しない「禅」の思想に通じると指摘する人がいます。量子コンピュータの概念は日本人の思想哲学にフィットするのではないでしょうか。
量子と禅がつながっているかどうか、その真偽はさておき、科学的な追究の積み重ねの結果、量子力学が私たちの直感や日常的な経験とは異なる世界を示していることが明らかになったのは確かです。それにしても、量子自体がまだ認識されてもいない時代に、哲学や宗教で人間が自由な発想をしていたことに驚かされます。
量子コンピュータでも従来のコンピュータでも、与えられた課題が同じならば最終的に出す答えは同じになります。ただ、いずれもが答えになる可能性がある中で、どれが一番ありえそうなのか、最適解としてふさわしいのか、という抽出を試みる際、量子コンピュータは効率的な探索が瞬時にできるという強みを発揮するといえるのです。
コメント