袴田事件は氷山の一角

袴田事件の再審公判で静岡地方裁判所(國井恒志裁判長)は昨年9月26日に袴田巌氏に対して無罪判決を言い渡した。
この判決から1年が経過した。
事件が発生したのは1966年6月30日。
静岡県清水市の味噌加工工場の専務の自宅で、当時この家に暮らしていた一家5人のうち就寝中の4人が襲われ、全員が殺害された上で現金が盗まれ、自宅が放火され全焼した。
警察はこの工場の従業員だった袴田巌氏を別件で逮捕した上で殺人・放火などの容疑で再逮捕し、過酷な拷問や取り調べで自白を強要。
さらに味噌タンクを利用した証拠の偽造も行って袴田氏を起訴した。
1980年に死刑の有罪判決が確定。
袴田氏は確定死刑囚として収監され続けた。
2014年3月に静岡地裁が再審開始と袴田氏の死刑および拘置の執行停止を決定し、袴田氏は釈放された。
その後、東京高裁が再審開始決定を取り消す決定を行ったが最高裁が決定を取り消し、審理を高裁に差し戻す決定を示した。
結局、再審開始が決定され、2023年から24年にかけて再審公判が行われ、静岡地裁は袴田氏に無罪を言い渡した。
検察は上訴審の放棄手続きを行い、袴田氏の無罪が確定した。
冤罪は「魂の殺人」でもある。
後藤昌次郎弁護士は
「国家にしかできない犯罪、それは戦争と冤罪」
刑事司法の鉄則は本来は「無辜の不処罰」である。
「無辜(むこ)」とは無実の人を指す言葉。
「たとえ10人の真犯人を逃しても1人の無辜を処罰してはならない」
これが本来の刑事司法の鉄則。
人権を尊重すればこの対応が必要になる。
冤罪の防止を重視して、人権を擁護することに心を砕いたのが初代司法卿(司法大臣)の江藤新平である。
人権擁護を最重視した。
「無辜の不処罰」の対極にある考え方が「必罰主義」。
「必罰主義」とは、
「たとえ10人の冤罪被害者を生み出しても1人の真犯人を逃してはならない」
というもの。
「人権」よりも「国権」=国家の権力を重視、優先すればこうなる。
「国権優先」の代表人物が大久保利通だった。
明治維新後の明治政府の中で突出したリーダーは江藤と大久保だった。
江藤は長州を中心とする金権腐敗政治に厳しくメスを入れた。
金権腐敗勢力にとって江藤は鬱陶(うっとう)しい存在だった。
征韓論をめぐる閣内の分裂の機に乗じて大久保は江藤抹殺に動いた。
全権を掌握した大久保は江戸刑法を利用して江藤を抹殺した。
「獄門」という手法で江藤を惨殺したのである。
「明治六年政変」は「江藤の日本になるか」、「大久保の日本になるか」の分岐点だった。
詳しくは毛利敏彦氏による三部作
『江藤新平』
『大久保利通』
『明治六年政変』
(いずれも中公新社新書)
をご高覧賜りたい。
大久保は内務省を創設し、内務省を国家権力・警察権力の牙城とした。
悪名高い特別高等警察も内務省警保局から創設されたものだ。
「国権」のためには「冤罪」の創作など問題にしないという風土が「大久保の日本」によって創設された。
そのDNAが敗戦後日本の警察にもそのまま引き継がれた。
東京地検地下にある警視庁同行室は映画「ベンハー」に登場する奴隷船そのものである。
UIチャンネル第600回記念放送
「混迷する日本政治と活路その活路
https://x.gd/DafTc
をぜひご高覧賜りたい。



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