バイデン大統領の「ドラ息子恩赦」で米国は非法治国家と化した
「法の支配」の脆弱性
バイデン大統領が次男の恩赦に署名
今年6月にイタリアで開催されたG7サミットのコミュニケには、「我々は、民主主義の原則と自由な社会、普遍的人権、社会の進歩、多国間主義と法の支配の尊重に対する共通の信念を再確認する」とある。しかし、G7の最有力国アメリカは「法の支配」(rule of law)をまったく無視する国家であることが明らかになった。
ジョー・バイデン大統領は12月1日、声明を出し、自らの次男ハンターの恩赦に署名したのである(下の写真を参照)。米国では、Executive Clemency、すなわち行政長官による恩赦という制度がある。犯罪で有罪判決を受けたか、有罪判決を受ける可能性のある個人に対し、恩赦、減刑、猶予を与える大統領と知事の一般的な権限を指す。
バイデン大統領は、Executive Grant of Clemencyを発出し、米憲法第二章第二条第一項に定められた「大統領は、弾劾の場合を除き、合衆国に対する犯罪について、刑の執行停止または恩赦をする権限を有する」という権限に基づいて、ハンターに対して、「2014年1月1日から2024年12月1日までの期間中に彼が犯した、あるいは犯した可能性のある、あるいは関与した米国に対する犯罪への完全かつ無条件の恩赦を付与する」としたのである。

一見すると、憲法に認められた権限の行使によって、息子の罪を帳消しにしただけのようにみえる。しかし、ハンターという人物に対して、連邦陪審は今年6月、デラウェア州で銃器関連の重罪3件で有罪判決を下していたし、ハンター自身、9月には最高17年の懲役刑が科される脱税容疑9件についても有罪を認めていた。つまり、彼は計12件もの重罪で有罪判決を受けていた犯罪者だった。
そんな人物を大統領は赦したのだ。しかも、彼は「ハンターを絶対に恩赦しない」と明言していた。たとえば、ABCが今年6月に行った単独インタビューをみても、ビデオの8分過ぎの場面で、「恩赦はしない」と答えている。
今回の大統領による「息子の恩赦」は、「法の上に立つ」大統領による法を無視した傍若無人なふるまいにみえる。これでは、「法のもとの平等」という「法の支配」の大原則に背くことになる。
「法の支配」の脆弱性
本来、「法の支配」というものは脆弱(ぜいじゃく)であり、法を蹂躙(じゅうりん)しようとする独裁者、国王、大統領のような権力者を厳しく律することが求められている。論文「恩赦権の歴史」によれば、イギリスの植民地だったアメリカは、イングランド南部のウェセックス王国を治めた王イネの治世に初めて登場した「慈悲の特権」(prerogative of mercy)という赦免権の影響を引きずっている。
赦免権の濫用は時代とともに増加し、赦免権の制限につながったが、赦免権はアメリカ植民地時代まで存続した。 アレクサンダー・ハミルトンは憲法会議で恩赦権の概念を導入した。合衆国最高裁判所は、この権限を「全体的なもの」、つまりかなり広範なものであり、一般に議会の修正に左右されないものと解釈しているという。
ゆえに、過去の米国大統領はこの「寛大な処置」(clemency)を何度も行使してきた。大統領の権限に属するクレメンシーには、さまざまな種類がある。恩赦、大赦、減刑、執行猶予などである。恩赦は、刑罰を免除し、すべての市民的自由を回復する。大赦は恩赦と同じだが、特定の個人グループに適用される。減刑は、連邦裁判所が下した刑を軽減する。執行猶予は、刑の執行を猶予する。
下表は、2021年に公表された過去の大統領によって出された恩赦件数を示している。バラク・オバマは8年間で1927件もクレメンシーを行った。うち212件は恩赦であり、1715件は減刑であった。これに対して、トランプは、143件の恩赦と94件の減刑、合計237件のクレメンシーを行ったにすぎない。オバマは2期8年、トランプは1期4年しか大統領を務めていないことを考慮しても、オバマの突出ぶりが目を引く。はっきり言えば、オバマは多くの日本人が思っているほど偉大な大統領というわけではまったくない。

バイデンはトランプの復讐をやりやすくした
バイデンの今回の恩赦は、論文「恩赦権の歴史」にある恩赦権の三つの重要な制限――(1)恩赦を行うには犯罪が成立していなければならない、(2)大統領の権限は連邦犯罪に限定されている、(3)大統領は弾劾の場合には赦免状を発行できない――の(1)に違反している。なぜかというと、完全かつ無条件の恩赦の期間が、ほぼ11年と長すぎるのである。
過去をみると、ウォーターゲート事件後にリチャード・ニクソン大統領が辞任した後、1974年にジェラルド・フォード大統領がニクソンに恩赦を与えたケースがある。このときには、1969年1月20日から1974年8月9日の間に「犯した、または犯した可能性のある」犯罪が挙げられていた。ニクソンのときにも、その恩赦にはウォーターゲート事件とは無関係の犯罪(もしあれば)も含まれていたはずだが、今回もハンターの犯罪として立件されそうな案件があるとみられている2014年以降が恩赦の対象期間となっている。

いずれにしても、ニクソンの場合も、ハンターの場合も「犯罪成立」という要件を満たしていないまま、何がなんでも罪を赦すという、法をまったく無視した立て付けになっている点が大いに気になる。
バイデン大統領が、ほぼ11年間分もの息子の恩赦を決めた背景には、来年1月20日に大統領に就任するトランプ新大統領による「復讐」への対策がある。先の声明では、「ハンターの事件の事実を調べた合理的な人物であれば、ハンターが私の息子であるという理由だけで標的にされたという結論に達するはずであり、それは間違っている」としてうえで、「執拗な攻撃や選択的起訴にもかかわらず、5年半も麻薬を断ってきたハンターを打ちのめそうとする動きがあった。ハンターを打ちのめそうとするなかで、彼らは私を打ちのめそうとした。そして、ここで終わると信ずべき理由はない。もう十分だ」とのべている。
つまり、バイデンは「トランプ2.0」のもとで、過去の息子の罪が炙(あぶ)り出されることを恐れて、あえてほぼ11年分もの恩赦を決めたのである。
実際、バイデン父子が恐れているのは、2014年にハンターがウクライナ企業の取締役に就任し、巨額の報酬を得ていた事実に絡む告訴だ。NYTは、「下院共和党の調査では、大統領の息子が父親の名前をビジネスに利用していたことは明らかになったが、バイデンが副大統領または大統領としてハンターのために行動したことを証明することはできなかった」と書いている。だが、「トランプ2.0」のもとで、告訴される可能性は大いにあった。
「移行期正義」をどう法的に制度化するか
しかし、バイデンがこのトランプによる「復讐」を恐れて先手を打ったことで、逆に、トランプによる復讐劇が事実上、肯定されてしまう結果を生む可能性もある。あるいは、バイデンの「法」を無視した行為がトランプによる「法」を無視した恩赦の乱発といった事態を招くかもしれないのだ。

2022年に刊行した拙著『復讐としてのウクライナ戦争』では、214頁においてつぎのように書いておいた。
「ただ、ドナルド・トランプ大統領からジョー・バイデン大統領への政権移行期の混乱を目の当たりにするにつけて、ごく普通の民主国家においても、移行期正義の実現が課題となっているようにみえる。こうした幅広い観点から、この節では、移行期正義という観点から、復讐の問題を論じてみたい」
本当は、政権移行に伴う混乱を法的制度でどう統治するかが問われている。こうした論点からの考察の必要性を、今回の騒動は教えてくれているのである。



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