JOG(1459) 小泉八雲 ~ 仕合わせの共同体を求めて

日本の歴史
JOG(1459) 小泉八雲 ~ 仕合わせの共同体を求めて
精霊信仰を求めて、はるばる日本にまでやってきた小泉八雲は、そこで人々が仕合わせに暮らす叡知を発見した。 ■転送歓迎■ R08.02.15 ■ 85,673 Copies ■ 9,377,702Views■ 過去号閲覧: 無料受講申込み: __________ ★★★「国の宝を育てる授業」日本文化を学ぶ★★★  以下の予告編はどなたでもご覧いた…

JOG(1459) 小泉八雲 ~ 仕合わせの共同体を求めて

精霊信仰を求めて、はるばる日本にまでやってきた小泉八雲は、そこで人々が仕合わせに暮らす叡知を発見した。

■1.ギリシャ、アイルランド、ニューオリンズ、そして日本

花子: 先生、NHKの朝ドラ『ばけばけ』を見ているんですけど、小泉八雲って、どうして日本に来たんですか? ドラマではあまり詳しく描かれていないような気がして。

伊勢: いい質問だね。八雲が日本に来るまでの足跡を辿ってみると、彼が何を求めて日本にやって来たのかもよく分かるんだ。

 八雲は1850年、ギリシアの地に赴任したアイルランド人の父が現地の女性と結婚して生まれた。その後、両親と共に、父の故郷アイルランドに引っ越すが、母親はアイルランドの気候に馴染めずに、八雲を置いてギリシアに帰ってしまう。

 その後、19歳でアメリカに渡り、ニューオリンズなどで新聞記者生活を経験する。そこで開催された万博で日本に興味を持ち、39歳で来日。その後は54歳で亡くなるまで、日本を離れることはなかった。

花子: 随分、いろんな国を転々としたんですね。でも、ギリシャ、アイルランド、アメリカ、そして日本って、ずいぶんバラバラな感じがしますけど…

伊勢: それがそうでもないんだ。彼が辿った土地は、実は深い文化的な共通点がある。それは万物に精霊が宿る、という精霊信仰の痕跡がそれぞれの土地に遺っていた点だ。

 まずギリシャ。古代ギリシャ人は岩や木々や、雲、水など、あらゆるものに精霊が宿っていると信じていた。これは日本の自然界のすべてのものに神が宿っているという神道の世界観に非常に近い。

花子: なるほど! 日本の八百万の神様みたいな感じですね。

伊勢: その通りだね。次にアイルランドは古代にはケルト文化があった地だ。ここにも、神道と似通った自然崇拝の多神教があった。ニューオリンズは、もともとフランス系の植民都市で、カリブ海に連れてこられた黒人奴隷の祖霊や土地の精霊を信仰するクレオール文化が残っている。

 こうして見ると、キリスト教以前に古代人類が一般に信仰していた自然と祖先の精霊信仰がかすかに残っていた地域に、八雲は生まれ育ち、暮らしてきた。それに慣れ親しんだ八雲が、もっとも豊かに精霊信仰が息づいている日本を目指したのも、当然と言えよう。

花子: わあ、そういうことだったんですね! 八雲さんは精霊信仰を求めて、日本にたどり着いたんですね。

伊勢: そうだね。だからこそ八雲は日本の怪談や民話に深い興味を持ち、それを世界に紹介したんだ。

■2.日本とギリシアに共通する樹霊信仰

花子: 先生、八雲さんが書いた作品には、そういう精霊信仰が描かれているんですか?

伊勢: その通り。たとえば日本とギリシアに共通する樹霊、つまり樹の霊を題材とした「青柳(あおやぎ)ものがたり」を見てみよう。八雲の短編集『怪談』に収録されたこの物語は、日本の民話をもとにしている。

 若い武士が山里で、年老いた両親と暮らす青柳という美しい女性と知り合って妻に迎えた。二人は幸せな毎日を送るが、あるとき青柳は倒れてしまう。実は彼女と両親は柳の化身であり、本体である柳が伐採されたため、人間でいることができなくなったのだった。青柳は夫の腕の中で、着物とかんざしを残して消えてしまった。

 悲しみのあまり出家した武士は巡礼の旅で山里を訪れ、そこで三つの柳の切り株を見つけ、そこに慰霊の墓標を建てたんだ。

花子: 悲しい物語ですね…。ギリシャにも同様の物語があるんですか?

伊勢: そうなんだ。古代ギリシアにも、こんな物語がある。ある日アポローンは弓矢で遊んでいたエロースをからかう。それに激怒したエロースは、「相手に恋する金の矢」をアポローンに、逆に「相手を疎む鉛の矢」を近くで川遊びをしていたダプネーにそれぞれ放った。金の矢で射られたアポローンはダプネーに求愛し続ける一方、鉛の矢を射られたダプネーはアポローンを頑なに拒絶した。

花子: あ、それって恋の神様のキューピッドですよね? それで、ダプネーはどうなったんですか?

伊勢: ダプネーはアポローンの求愛から逃れるために、父である河の神に自らの身を変えてください、と頼んだ。父は、その望みどおりに、ダプネーの体を月桂樹に変えた。月桂樹になってしまったダプネーの姿を見てアポローンはひどく悲しんだ。そしてアポローンは、その愛の永遠の証として月桂樹の枝から月桂冠を作り、永遠に身につけている。

花子: わあ、確かに似ていますね! 人間が樹になったり、樹が人間になったり…。

伊勢: その通りだ。八雲は、後に東京帝国大学での講義で、こう述べている。
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一般にあまりよく知られていないのは、ギリシア人はあらゆるものに霊が吹き込まれていると考えていたこと─つまり、岩や木々や、雲や水などに、それ独自の精霊・・・が宿されていると考えていたこと──であろう。すべての川、泉、樹木は、それぞれの神もしくは半神を有していたのである。・・・
・・・神的及び半神的存在の遍在性(JOG注:いたるところにある)というギリシア思想は・・・古の八百万の神々にまつわる日本の思想ときわめて似かよっていたという事実を指摘しておきたいと思う。[池田、1,631]
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花子: 八雲さん自身が、ギリシャと日本の共通点に気づいていたんですね!

伊勢: そうだ。だからこそ八雲は日本の文化を深く理解し、世界に紹介できたんだよ。

■3.先祖の霊を迎える盆踊り

伊勢: 精霊信仰には、自然の生きとし生けるものに精霊が宿っていると見なす自然霊信仰もあれば、先祖の霊が子孫を見守っていると考える祖霊信仰もある。八雲は、日本人の祖霊信仰の一行事として、盆踊りに惹かれた。彼は盆踊りを見て、こう書いている。
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 空を巡る月の下、踊りの輪の真ん中に立っている私は、魔法の輪の中にいるような錯覚を覚えていた。まさにこれは、魔法としかいいようがない。私は、魔法にかけられているのである。幽霊のような手の振り、リズミカルな足の動き、なかでも、美しい袖の軽やかなはためきに、私はすっかり魅了されてしまっていた。[ハーン、p57]
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伊勢: ハーンの目は、背後にある墓場に行く。
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 あの白い提灯がぶら下がっている、灰色の墓石の下で何世紀もひたすら眠り続けている人たちも、その親たちも、そのまた親の親たちも、さらには千年もの間に、埋葬されたお墓の場所さえ忘れ去られてしまった、さらに昔の知らない世代の人たちも、きっとこの光景を見てきたにちがいない。[ハーン、p58]
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伊勢: 盆踊りとは、先祖の霊をお迎えする儀式なんだ。

■4.先祖を送り返す「精霊船(しょうろうぶね)」

花子: そうだったんですか! それでお盆が終わったら、ご先祖様はどうなるんですか?

伊勢: 死者をあの世に送り返す儀式が「精霊船(しょうろうぶね)」だ。八雲はこう書いている。
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 死者たちをあの世に送り返す準備は、万端整っている。家々では、麦わらで固く編んだ小舟を作り、それに思い思いの食べもの、小さな灯籠、願いや思いをつづった短冊などを載せる。小舟の大きさは六十センチにも満たない。死者たちは、ごく狭い場所しか必要としないからだ。
このいかにも壊れやすい小舟は、お堀、湖、海、川などに浮かべられるのであるが、舳先には小さな灯籠が灯り、船尾には線香が焚かれる。もしおだやかな晩だと、小舟は遠くまで航海をすることになる。[畑中、p121]
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花子: 素敵ですね…。小さな船に灯籠を灯して、ご先祖様を送るなんて。八雲さんは、これをどう感じたんですか?

伊勢: 八雲はその風習に親しみを感じたんだ。
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 それは、遠い祖先の記憶、二千年も昔に忘れられていたような感動が甦ったかのように、曖昧だが名状しがたい親しみのある何かであった。・・・私の家の神々もまた、愛する死者たちであった。
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 八雲が見たのは、見知らぬ地の風変わりな風習ではなく、自らの家にもあった、先祖の霊との交流だった。

花子: わあ…。八雲さんは、日本の風習の中に、自分のルーツを見つけたんですね。だから日本を離れなかったんだ…。

伊勢: その通りだ。八雲にとって日本は、失われた精霊信仰が生きている、心の故郷だったんだよ。

■5.日本人ははるか昔から「幸福になるのはたやすいことだ」と考えていた

伊勢: 八雲の発見は、人間の生き方に関わるものだった。彼は、こうした自然や祖先の霊との親密な交流が、人間の仕合わせに不可欠だと考えたんだ。八雲を論じた民俗学者の畑中章宏氏はこう書いている。
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 八雲によると、日本人ははるか昔から、我を去り、幸福になるのはたやすいことだと考えていた。健康で、食べるのに困らないだけ働き、人並みの道徳的・美的感覚に恵まれ、それを自然にはぐくむことができれば、それでもうじゅうぶんだと心得ていたのである。
それ以外に人生の糧があるとすれば、喜びと美と愛と平安かもしれないが、それらは自然だけが与えてくれるものなのだ――。[畑中,
p84]
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花子: なんだか、素朴な仕合わせですね。

伊勢: そうだね。祖霊たちに見守られて、祖先と同じように暮らし、いずれは自分も祖霊の仲間に入って、子孫を見守っていく。自然の八百万の神々とも仲良くやっていく。時には天災や飢饉にも襲われるが、それらをもたらす荒ぶる神は、なるべく鎮まっていただくよう、日頃からお祈りしておく。

花子: ああ、自然や祖先と一緒に生きていく感じなんですね。

伊勢: そう、こういう自然霊と祖霊と共なる人生こそが、人間の真の安心と仕合わせをもたらす。そういう人生を破壊しつつあった、当時の西洋近代の合理主義思想を八雲は批判した。
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日本では古の牧歌的な暮らしの一部が明治の変革の陰に今なお残されている。そういう古い暮らしぶりをほんの束の間でも味わった者には、西洋で叩き込まれる考え方――「生存競争」だとか「闘争は義務」だとか、富や地位を得るためには、なりふりかまわず弱い仲間を踏みつけに「せねばならぬ」とかいう教えは、何か恐ろしく野蛮な社会の掟のように思えてくる。[畑中、p.84]
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花子: 「生存競争」や「闘争は義務」が野蛮? 確かに、競争や闘争ばかりしていたら、人間の安らぎはないですね。

伊勢: 八雲は、人間の仕合わせを見失った西洋近代を逃れ、精霊信仰を求めて、日本の伝統的な暮らしに辿り着いた。それは日本だけのものではなく、太古の昔には人類が共有する叡知だった。しかし、西洋近代が多くの地域において、その叡知を駆逐してしまった。わずかに明治の近代化が及んでいない日本の地方に、それが活き活きと残っていることを八雲は発見した。

花子: そうですか…。八雲さんは日本で、人類が見失ってしまった大切なものを見つけたんですね。だから、日本を愛したんですね。

伊勢: その通りだ。八雲は日本に、人間が本当に仕合わせになれる生き方を見出したんだよ。

■6.現代世界を「野蛮」から救う叡知

花子: 先生、八雲さんが言っていた「明治の変革」の前の「牧歌的暮らし」って、本当にそんなに素晴らしかったんですか?

伊勢: いい質問だね。それについては安政3(1856)年に来日した初代アメリカ駐日総領事タウンゼント・ハリスが、こう観察している。
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私は質素と正直の黄金時代を、いずれの国におけるよりも多く日本において見出す。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる。[渡辺、p116]
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 江戸時代の日本は、決して豊かではなかったけど、「質素と満足」で、多くの国民が仕合わせに暮らしていた。ところが、ハリスは、この一文のすぐ前に、こうも述べている。
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私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。[渡辺、p116]
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花子: えっ! 自分で開国させようとしているのに、それが本当に日本人のためになるのか疑問に思っていたんですか?

伊勢: そうなんだ。「外国の影響」とは、当時の地球上を植民地支配と人種差別で覆っていた欧米列強の影響だ。欧米列強は「質素と満足」の逆、すなわち「豪奢と強欲」のために、地球の裏側まで行って各地の人々の命と暮らしを踏みにじり、互いに争いあい、地球は搾取と戦火に包まれた。

 さらに近代西洋が生み出した共産主義は、歴史伝統を無視した革命によって、1億人とも言われる人々を虐殺した。

 八雲がいう「何か恐ろしく野蛮な社会の掟」とは、近代合理主義の精霊信仰の否定からもたらされたと思うんだ。生きとし生けるものへの敬愛を無くしてしまったから、他国民や自然環境の収奪も平気で行えるようになる。先祖の霊への感謝がなくなれば、歴史伝統を抹殺するような革命も平気でできる。

 逆に言えば、こうした「野蛮」から人類を救うには、太古の昔から人類が抱いてきた「生きとし生けるもの」への共感と思いやり、そして先祖霊への感謝、という叡知を思い出す必要がある。

花子: 「生きとし生けるもの」への共感と思いやり、先祖霊への感謝…。それが精霊信仰なんですね。

伊勢: その通りだ。近年、多くの外国人が日本に観光に来て、日本人の優しさや礼儀正しさに感銘を受けているけど、これは、八雲が観察したような自然霊や祖霊を大切にする精霊信仰が、いまだに現代日本人の心の底に息づいているからではないかな。とすれば、現代世界を「野蛮」から救う叡知を、日本人が持っている、ということになる。それこそ八雲が探し求めていたものではないかな?

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