ミトコンドリア・イブは全人類の母ではなかった!?ゲノム解析から明らかになっている、ヒトの遺伝子の共通祖先・イブやアダムは数万人以上いるという事実

生命科学
ミトコンドリア・イブは全人類の母ではなかった!?ゲノム解析から明らかになっている、ヒトの遺伝子の共通祖先・イブやアダムは数万人以上いるという事実(更科 功)
全人類の「母」とされるミトコンドリア・イブは、実は数万人の共通祖先の一人に過ぎなかった!進化論の真実が明らかになる中で、あらためてアフリカ起源を考え直してみると?

ミトコンドリア・イブは全人類の母ではなかった!?ゲノム解析から明らかになっている、ヒトの遺伝子の共通祖先・イブやアダムは数万人以上いるという事実

ミトコンドリア・イブは誰だったのか?

約16万年前のアフリカに、一人の女性が住んでいた。彼女の細胞の中にあったミトコンドリアは、子供からさらにその子供へと伝えられていった。そして、彼女のミトコンドリアは、ついにすべての人類に広がった。つまり、現在の地球上に住んでいるすべてのヒトのミトコンドリアは、彼女一人のミトコンドリアに由来するのである。

この話は魅力的なだけでなく、事実である。ミトコンドリア・イブという洒落たニックネームがつけられたこともあって、この16万年前にアフリカにいた女性は、世界的な有名人になった。そして、このミトコンドリア・イブの存在が、私たちヒト(学名はホモ・サピエンス)がアフリカ起源である証拠だと、いろいろなところで述べられるようになった。

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でも、本当に、そうだろうか。ミトコンドリア・イブと呼ばれる女性が約16万年前にアフリカにいたことはよいとして、それってヒトがアフリカ起源であることの証拠になるのだろうか。本当に彼女は、現在生きているすべてのヒトの母なのだろうか。

ミトコンドリアは母系遺伝をする

少しだけ、ミトコンドリアの説明をしよう。ミトコンドリアは細胞の中にある器官で、酸素を使って呼吸を行い、エネルギーを生み出す。呼吸というと、鼻や口から酸素を吸ったり二酸化炭素を吐いたりするイメージが強いが、それは呼吸という現象の一番端っこだ。酸素呼吸をする本体は、ミトコンドリアなのだ。

さて、ヒトの細胞の中で、DNAがある場所は2つである。核とミトコンドリアだ。とはいえ、ミトコンドリアにあるDNAは、核にあるDNAに比べれば、ほんのわずかだ。ミトコンドリアDNAは核DNAの約20万分の1にすぎない。

細胞内のミトコンドリア(gettyimages)

だが、ミトコンドリアDNAには、変わった特徴がある。それは、母系遺伝をすることだ。核DNAは父親と母親から、ほぼ半分ずつ子供に伝わる。しかしミトコンドリアDNAは、父親からは子供に伝わらず、母親からだけ子供に伝わる。こういう遺伝の仕方を母系遺伝という。

だから、あなたのミトコンドリアDNAは、あなたの母親から伝わったものだ。そして、あなたの母親のミトコンドリアDNAは、母親の母親、つまりあなたの母方の祖母から伝わったものだ。つまり、あなたのミトコンドリアDNAは、あなたの母方の祖母のミトコンドリアDNAと同じになる。そうやって、ずっと先祖を遡★っていけば……あなたの母親の母親の母親の(これを6500回ぐらい繰り返す)……母親の母親は、アフリカに住んでいたミトコンドリア・イブなのだ。

そして、これが、現在生きている80億人のすべてのヒトに当てはまる。すべてのヒトの母親の母親の……母親の母親は、アフリカに住んでいたミトコンドリア・イブなのである。

あれ? これなら、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたのなら、ヒトの起源がアフリカであることの証拠になりそうな気がするけれど……。どこが、おかしいのだろうか。

世界にヒトが4人しかいなかったら

話を簡単にするために、世界にヒトは夫婦が2組、つまり4人しかいなかったとしよう。

まず、第1世代で考える。それぞれの夫婦は、アフリカとアジアに住んでいた。そして、アフリカの夫婦(A、B)には2人の女の子(E、F)がいた。アジアの夫婦(C、D)には2人の男の子(G、H)がいた。この合計4人の子供が第2世代になる。

次に、第2世代を考える。アフリカの次女(F)はアジアに移住して、アジアの長男(G)と結婚した。そして、2人の子供(K、L)ができた。アジアの次男(H)はアフリカに移住して、アフリカの長女(E)と結婚した。そして、2人の子供ができた(I、J)。

人口が4人の場合のミトコンドリア・イブ ○が女性を、□が男性を示す。●■はAに由来するミトコンドリアDNAを持つ人で、はDに由来するY染色体を持つ人である。第3世代の4人全員の祖先は、ミトコンドリア・イブ(A)だけでなく、他にも3人(B 、C 、D)いることがわかる(図版作成:酒井春)

さて、第3世代を考えよう。第3世代の人口も4人で、アフリカとアジアに住んでいる。この4人のミトコンドリアDNAはすべて、アフリカに住んでいた第1世代の女性Aに由来する。したがって、このAが、第3世代4人にとってのミトコンドリア・イブである。

ところで、ミトコンドリアDNAは母系遺伝をするけれど、父系遺伝をするDNAもある。Y染色体だ。

ヒトの性染色体には、X染色体とY染色体の2種類がある。そして、女性はX染色体を2本持ち、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ持っている。だから、もし、あなたが女性なら、Y染色体を持っていないけれど、もし、あなたが男性なら、Y染色体を持っている。そのY染色体は、あなたの父親から伝わったものだ。そして、あなたの父親のY染色体は、父親の父親、つまりあなたの父方の祖父から伝わったものだ。

つまり、あなたのY染色体は、あなたの父方の祖父のY染色体と同じになる。そうやって、ずっと祖先を遡(さかのぼ)っていけば、ついにはY染色体アダムに到達する。そして、これが、現在生きている80億人のほぼ半分の、すべての男性に当てはまる。すべての男性の父親の父親の……父親の父親は、Y染色体アダムなのだ。

何万人ものアダムとイブ

私たちヒトの、実際のY染色体アダムは、アフリカに住んでいたと考えられている。しかし、今は、さきほどの図を架空の世界で考えよう。

第3世代のY染色体はすべて、アジアに住んでいた第1世代の男性Dに由来している。したがって、このDが、第3世代にとってのY染色体アダムである。しかし、そう考えると、何か変だ。現在生きているすべてのヒトの母であるミトコンドリア・イブがアフリカにいたのに、すべてのヒトの父であるY染色体アダムがアジアに住んでいたなんて。

アダムとイブ(gettyimages)

でも、よく考えてみれば、何もおかしいことはないのである。おかしいのは「すべてのヒトの母」とか「すべてのヒトの父」とか「イブ」とか「アダム」とかいう言葉であって、現象としては何の不思議もない、まったく当たり前のことなのだ。

ミトコンドリア・イブやY染色体アダムとは?

ミトコンドリア・イブやY染色体アダムは、「現在のすべてのヒトの共通祖先」ではなくて、「現在のすべてのヒトのDNAの一部の共通祖先」だ。DNAの「一部」の共通祖先なのだ。

ミトコンドリアDNAやY染色体は、ヒトのDNAのほんの一部にすぎない。だから、DNAの他の部分にも、それぞれ共通祖先がいたはずだ。

もう一度、さきほどの図を見てみよう。

再掲(図版作成:酒井春)

たとえば、第3世代から見れば、母親の母親であるAはミトコンドリア・イブだ。そして父親の父親であるDはY染色体アダムだ。でも、母親の父親であるBだって、父親の母親であるCだって、第3世代の全員に、自分のDNAのどこか一部分を伝えている。

したがって、確率的に考えれば、AもBもCもDもだいたい同じくらいのDNAを第3世代に伝えているはずだ。だから、いわばAもBもCもDも、みんなイブやアダムなのだ。

これは現実の世界にも、そのまま当てはまる。たしかに、すべてのヒトの母親の母親の……母親の母親はミトコンドリア・イブだ。父親の父親の……父親の父親はY染色体アダムだ。でも、父親の母親の……母親の父親を通って伝えられたDNAだってあるだろうし、母親の母親の……父親の母親を通って伝えられたDNAだってあるだろう。

そういう、すべてのヒトの遺伝子の共通祖先をイブやアダムと呼べば、イブやアダムは数万人以上いる。それらのたくさんのイブやアダムが数十万年前から数百万年前に生きていたことが、現在のヒトゲノム解析の結果から、明らかになっている。

ヒトの起源は本当にアフリカなのか

私たちの受け継いだDNAは数万人以上の祖先から、それぞれ受け継いだ短いDNAの集合体なのだ。ミトコンドリア・イブやY染色体アダムは、その中のたった2人にすぎないのである。まあ、言葉や好みの問題かもしれないけれど、数万人以上の祖先がいるときに、その中の2人だけを、すべてのヒトの母とか父とか呼ぶのは、おかしくないだろうか。

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というわけで、ミトコンドリア・イブがアフリカにいたからといって、ヒトの起源がアフリカである証拠にはまったくならない。とはいえ、ヒトの起源がアフリカであることは、ほぼ確実だ。でも、それは、化石などから得られた知見であって、ミトコンドリア・イブとは何の関係もない話である。

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