日本も“対岸の火事”ではない。ブラジルの「旧Twitterサービス停止命令」という言論封殺が我が国に飛び火する日
ハリス氏とアメリカ大統領選を戦うトランプ氏との「急接近」で注目を集めるイーロン・マスク氏。そんなマスク氏率いるX(旧Twitter)がブラジル最高裁からサービス停止命令を受けたことが大きく報じられていますが、識者はどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、事がここに至るまでの一連の流れを詳細に解説。その上で、このような動きは日本にとっても対岸の火事ではないとの警告を発しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:イーロン・マスクとブラジルの判事が対決中
プロフィール:辻野晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。
一歩も引かないイーロン・マスク。X社とブラジルの判事が全面対決
前号の「今週のメインコラム」で、ドナルド・トランプとイーロン・マスクのX上のスペースでの対談に対するEUからの介入や、同時期に起きたテレグラムCEOパベル・ドゥーロフの逮捕といった出来事の裏側にある「言論の自由の危機」について取り上げました。
そこでも述べましたが、「言論の自由」は基本的人権の一つですし、民主主義の拠り所でもあります。一方で、ネット空間にはフェイクニュースが氾濫し、デマやヘイト、扇動、誹謗中傷、犯罪利用などが世界的に大きな社会問題となっています。
これまで、SNS事業者などは、単に「言論の場」を提供しているだけとされ、そこでのユーザーの言動からは免責されてきました。しかし、言論の自由を守りながらも場の悪用を防ぐ上では、ユーザーの言動を野放しにしているわけにもいかず、コンテンツモデレーション(投稿内容の監視・検閲)など、サービス事業者側の対応も必須です。
そのような中、デマの拡散や犯罪につながるような投稿の削除やアカウントの凍結をサービス事業者に義務付けようということで登場したのが、DSA(Digital Service Act)のような国家権力による法規制です。今、この流れは欧州から始まって世界中に広がりつつあり、日本でも日本版DSAに関する議論がなされてきましたが、今年の5月、「プロバイダ責任制限法」が改定されて「情報流通プラットフォーム対処法」が公布されています。
一見まともな流れに見えますし、SNS上での諸問題に対応するためには必要な措置でもあるのですが、気を付けねばならないのは、このような動きには、国家権力による言論統制という懸念が常に存在するということです。それが顕在化した具体的な事例が、前号で取り上げたテレグラムCEOの逮捕、ドナルド・トランプとイーロン・マスクのX上での対談へのEUの介入などであると言えます。また、メタのCEOであるマーク・ザッカーバーグも、新型コロナウイルス関連の投稿への対応でバイデン政権から圧力を受けていたことを告白しています。
スターリンク社の銀行口座まで凍結したブラジル最高裁
Xのオーナーであるイーロン・マスクは、少なくとも表向き「ツイッターを自由な言論空間にする」と宣言して旧ツイッターを買収しました。実際、買収直後には、第三者によるチームを作って米政府機関からの要請を受け入れた検閲の実態を調査した上で「ツイッターファイル」として公開し、検閲を廃止しました。また、トランプを始めとして、過去に凍結・排除された多くのアカウントを復活させています。一方で、X上では自身の問題発言も多く、「言論の自由を大義名分としてXを自分に都合のいい言論空間にしようとしているのではないか」という批判も受け続けています。
そのイーロン・マスクが、先月末、今度はブラジルの最高裁判所から同国でのXのサービス停止命令を受けました。X社とブラジル当局の攻防は今年の3月あたりから始まっていますが、きっかけは、当局がブラジルで人気の複数の反政府系アカウントや保守系アカウントを凍結するように要求してきたのに対してX社が拒否したことに端を発します。
ブラジル最高裁のアレクサンドル・デ・モラエス判事は、X社に対して、命令に従わないと巨額の制裁金を課したり、X社の弁護士を逮捕するなどと脅しをかけてきていたのですが、さらにはイーロン・マスクを刑事捜査の対象にするとも言っています。
これらの動きに対して、X社は同社のGlobal Government Affairsのアカウントに声明文を出し、「違法な命令に秘密裏に従うようなことはしない」と対決姿勢を鮮明にし、「今後、透明性の観点から、デ・モラエス判事の違法な要求と、それに関連するすべての法廷書類を公開する」としており、「ブラジルおよび世界中のユーザーの皆様へ、Xはあなたの言論の自由を守ることを約束します」とその声明文の最後で宣言しています。
イーロン・マスクのXアカウントを覗くと、デ・モラエス判事への批判や嘲笑、コラージュなどが溢れていますが、8月30日のポストでは「Alexandre de Moraes is an evil dictator cosplaying as a judge.(アレクサンドル・デ・モラエスは裁判官のコスプレをまとった悪の独裁者だ)」と言っています。
ちなみに、この動きはスターリンク社にも飛び火していて、デ・モラエス判事は「スターリンク社はX社に課した制裁金の責任を負うべきだ」としてスターリンク社の銀行口座まで凍結しています。
ブラジル最高裁判所の強引な動きに対しては、ブラジル市民の多くも怒っているようで、9月7日には大規模な抗議デモが予定されています。また、ブラジル議会でも150名ほどの議員がデ・モラエス判事の弾劾要求に署名しています。
ブラジルでは、昨年の選挙で大統領がボルソナロからルーラに交代しましたが、米国のバイデン政府が関与した不正選挙が行われたのではないかという噂もあって政治が混乱しています。11月の米国大統領選でトランプが大統領に復帰すれば、ブラジルでも何らかの政変が起きるかもしれません。
想像したくもない国家権力によって言論の自由が制限される社会
ブラジル司法によるSNS事業者への介入については、ツイッターファイルにも関わった米国人ジャーナリストのマイケル・シェレインバーガー(Michael Shellenberger)などが早くから問題視して追いかけていました。同氏は、「今ブラジルで起きていることは、世界中に全体主義を展開するための実験が行われているようなもので、無関心でいるといずれあなたも危険に晒されることになる」と警告を発しています。
イーロン・マスクも、「言論の自由なくして民主主義はありえない」ということを繰り返し発言していますが、欧州での動きやブラジルでの動きは決して対岸の火事ではありません。日本でも、国境なき記者団による「世界の報道の自由度ランキング」では70位ですし、テレビや新聞での偏向報道は大きな問題です。また、選挙の街頭演説でヤジを飛ばした一般市民が警察に拘束されたり排除されるような出来事もありました。国家権力によって言論が監視され、その自由が制限されるような社会は想像したくもありません。
※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2024年9月6日号の一部抜粋です。このつづきに興味をお持ちの方はぜひご登録ください。
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