
わずかに頭角を現し、やがて急速に増えていく…「生命はあるけど生物じゃない」存在が「生命誕生の謎」を明らかにする「衝撃のシナリオ」

最初こそゆっくりだけど、時間とともに一気に増加する
生命は必ず自己複製しないといけないか、というところから疑って考察すると、自己触媒という手段が考えられます。
ふつうの触媒反応は、用いられる触媒分子Cによって、出発分子AからBがつくられるものです。触媒C自体は変化しません。しかし、CがAから自分と同じCをつくりだす反応があります。これが、自己触媒反応です。この反応では、Cは原材料Aがなくならないかぎりは増えつづけます。しかも、しだいに触媒が増えるため、反応速度も増加します。ただ、ふつうは材料に制限があるので、反応は減速されて頭打ちになります。
自己触媒反応において、Cの濃度の変化をグルフに取ると、その変化はS字型の曲線「シグモイド曲線」となります(図「自己触媒反応」)。

Cの触媒能が小さく、もともとのCの濃度が低い場合も、Cの増え方は最初こそゆっくりですが、Cが増えてくるにつれて反応速度が上がるため、途中からは一気に増加します。
実際に観測された「不斉自己触媒反応」
このような急激な変化が実際に観測された例としては、不斉自己触媒反応があります。やはり『生命と非生命のあいだ』で解説しましたがアミノ酸には、その構造から、左手型と右手型の2種類があり、地球生命は左手型アミノ酸ばかりを使用しています。そして、なぜ私たちが左手型のアミノ酸を選択的に使っているかを考えたとき、そこに円偏光やスピン偏極粒子など、非対称な物理現象がからんでくる可能性が考えられます。

ただ、それだけだと左手型と右手型のアミノ酸の差(「エナンチオ過剰」といいます)は、実験では1%程度しか生じていません。そこでエナンチオ過剰を増幅する必要がありますが、ここで自己触媒反応が使われたのではないかという説が注目されています。
不斉な(右手型・左手型がある)触媒分子Cを用い、原材料AからCをつくって、Cのエナンチオ過剰を調べる実験をしたところ、最初はごくわずかな過剰(1%未満)でも、最終的には99%以上になるのです。
自己触媒反応分子なら、非常に多様な分子が生成される
このように、自己複製分子の生成はハードルが高いのに対し、自己触媒反応分子の前生物的な生成は、より可能性が高いのではないかと考えています。放射線などを用いた化学進化の実験では、非常に多様な分子(アミノ酸前駆体などを含む)が生成されます。
多様である、つまり膨大なライブラリーが存在すれば、それぞれの分子はほんのわずかでも、また、低い活性であったとしても、さまざまな触媒機能を持つ分子が含まれているはずです。
その中には、自己触媒により自分自身をつくる機能を持つものがあっても不思議ではありません。するとその分子は、始めはゆっくり、やがて急速に量を増やすことになります。
生命スペクトラムで生命と非生命の壁を壊す
生命とは何か。その定義が難しいことを繰り返し述べてきました。いろいろな生命の定義が試みられてきましたが、それぞれの考え方で生命と非生命との境界は異なることになります。
かりに、図「地球生命の5つの特徴」に示した特徴を生命の「定義」とした場合を考えます。多くの研究者が最初にあったと考えるRNAワールドにおいて、リボザイムのような触媒機能も持ったRNAがなんらかの袋に入っていれば、5つの特徴を満たすので生命となります。
しかし、触媒機能を持つRNAを、ヌクレオチドをつなげる形でつくるのは、至難の業です。ヌクレオチドだけのライブラリーからつくるのも大変ですが、実際のライブラリーにはヌクレオチド以外のものもたくさんあるはずなので、さらにその確率は下がります。

しかしながら、RNAワールドに至る道筋には、ほかにもさまざまな経路があると考えられます。多種多様な分子のライブラリーから、さまざまな経路に沿って、自己複製あるいはその前段階としての自己触媒の能力を持つ分子が少しでも発生すれば、それらが、そうでない分子よりも最初はわずかに頭角を現し、やがて急速に増えていくでしょう。
膜についても、ただの有機物の凝集体(他の分子をすきまにはさんだもの)から、きれいな膜状のもの、さらに現在の細胞膜のように膜外から必要なものを取り込んだり、不要なものを外に出したりできる高性能なものまで、さまざまなレベルがあります。これらの機能のレベルは、飛び飛びではなく、連続的でしょう。
こうしたことから、生命と非生命とのあいだも、スペクトラム(連続的)であるとは考えられないでしょうか。生命レベルを「L」という数値で表したとすると、完全な非生命のLを0、現在の地球生命のLを1とすると、そのあいだのLは、さまざまな値をとることができるはずでだと、考えられるのです。
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非生命と生命の間、0<L<1とはどういうことでしょうか? そして、完全な生命になる以前の様々姿とは……。次回は、「0<L<1」の生命について詳しくみていきます。



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