テクノロジー開発の現状を見ると、これからは中国主導の新しい産業が世界を席巻することは、間違いないように見える。ここまま行くと、日本は中国が引き起こす製造業の津波に飲み込まれることになるだろう。中国の不動産バブルの破綻が引き起こしているマイナス面に目を奪われ、いま起こっている中国経済の構造転換を見失うと、日本は中国のサプライチェーンに完全に組み込まれることになるだろう。現実はしっかりと見なければならないと思う。
中国は本当に衰退しているのか?最先端テクノロジーで圧倒的優位に立つと言える根拠=高島康司
オーストラリア国防省のシンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」が世界の最先端テクノロジーの最新ランキングを発表した。結果を見ると、落ち目のように報道されている中国が決して侮れない国であることがわかる。中国経済が崩壊に近いとのイメージを信じ込むことは危険だ。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
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圧倒的な中国のテクノロジー
オーストラリア国防省のシンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」が発表した最新レポートについて書く。中国の現状をきちんと理解するためには、重要なレポートになる。
あいかわらず日本の主要メディアでは、中国については否定的なニュースが多い。たしかに中国の不動産バブル崩壊の余波は大きい。これは否定できない事実である。不動産バブルの崩壊前、中国の不動産投資はGDPの約29%にも達していたと言われている。
マンションなどを中心にした旺盛な不動産投資が増加したため、鉄鋼や建設資材、機械や家電、自動車などの需要は増え、インフラ関連の投資が増えた。それに伴い、サービス業のあらゆる分野も成長し、国民の雇用と所得も増えた。地方の省政府は民間の開発業者に土地の利用権を譲渡して収入を確保し、産業補助金なども確保することが可能になった。まさに、不動産投資を中心に経済がうま回っていた。
このような不動産バブルは、2020年8月、中国政府の不動産開発会社の借り入れ規制(3つのレッドライン)をきっかけに崩壊した。これは1990年に日本の大蔵省が実施した金融機関の不動産融資規制、「総量規制」と同じものだ。当時の日本のバブルが崩壊したように、中国の不動産バブルも崩壊した。
しかし、バブルの崩壊から4年経つにもかかわらず、中国の不動産市場は回復していない。8月15日、中国の「国家統計局」は不動産関連の経済指標を発表した。主要70都市の新築住宅価格は、単純平均で前月比0.6%、中古住宅価格は前月比0.8%下落した。不動産価格は下落傾向を脱していない。
バブル崩壊の影響は依然として大きい。不良債権の増加、モノやサービスの需要減少が連鎖する状況だ。金融緩和だけでは景気の回復は難しい。大規模な財政出動によって不良債権の処理にめどをつけ、財政支出で経済全体に需要を喚起する。そして、債務問題が深刻な金融機関などに公的資金を注入し、経営再建を支えることが必要だという見方が強い。
不動産バブル崩壊の背後で進んでいること
不動産バブルの崩壊がもたらす影響は大きく、これの中国経済に対する影響を過小評価してはならない。だが逆に、日本の主要メディアのように、これを過大に喧伝し、中国経済が崩壊に近いとのイメージを信じ込むことはもっと危険だ。2024年の中国経済の成長率は4.7%だ。8%程度だった10年前に比べると確かに低いものの、どの主要先進国に比べても高い。好景気が伝えられるアメリカでも2.7%だ。
中国では、経済の大規模な構造転換が進んでいるというのが実態だ。不動産投資を中心としたバブル型の循環から、先端的テクノロジーの開発を基礎した新製造業を土台にした成長モデルへの転換である。この新製造業への転換が進んでいるのだ。
これを主導しているのが、最先端テクノロジーの開発である。この開発の勢いの凄まじさは、第776回で詳しく書いた。この記事ではオーストラリア国防省の「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」が昨年の3月に発行し9月にアップデートしたレポート、「ASPIのクリティカルテクノロジーのトラッカー、未来のパワーをめぐるグローバルな競争」を紹介し、最先端テクノロジーの分野における中国の状況を解説した。
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このレポートは、第4次産業革命の中核となる44の産業分野における世界の開発状況をリスト化したものである。各技術に関連する合計220万件の論文、さらに、様々なキャリアステージ(大学、大学院、就職)における各国間の研究者の流れに関するデータを収集・分析し、各分野をリードする国をランク付したリストである。すると中国は、44の主要な先端的分野で、37分野で首位なっていることが明らかになった。すでに多くの分野でアメリカを抜いていた。
最新のレポート
こうした結果であったが、8月30日にこのシンクタンクから最新のレポートが出た。それは「クリティカル・テクノロジー・トラッカー」の最新版である。今回のレポートは、長期的な研究投資の成果を見るために、過去20年間のデータを総合し、最先端テクノロジーの各分野における各国の優位性とランキングを調査したものだ。
今回のレポートでは、防衛、宇宙、エネルギー、環境、人工知能、バイオテクノロジー、ロボット工学、サイバー、コンピューティング、先進材料、量子技術の主要分野にわたる64のクリティカル・テクノロジーをカバーしている。このレポートは、各国の研究実績、戦略的意図、将来の科学技術能力の潜在的可能性を予測する先行指標として、最も引用頻度の高い論文の上位10%を調査し、分野別で国と研究機関の優位性をランキングした。
昨年の3月に公開され、9月にアップデートされた過去のバージョンでは、データの調査機関が2018年から2022年の5年間で分野も44だったが、最新レポートでは調査期間は2003年から2023年の22年間、そして対象となる分野も64に増加している。これで、過去22年間における最先端テクノロジーで、国別の優位性の変化が分かる。全文はここで読むことができる。
・ASPIのCritical Technology Tracker
https://techtracker.aspi.org.au
64分野のうち57分野で中国が首位
第776回でもすでに書いたように、過去のレポートでは44の最先端分野のうち中国は37分野で首位になっていた。今回のレポートでは、中国の圧倒的な優位性がさらに印象づけられる結果になった。
中国は2003年から2007年の間、64の技術分野のうち3分野で首位に立ったが、2019年から2023年の間には64の技術分野のうち57分野で首位に立っており、昨年のランキング(2018年から2022年)で52の技術分野で首位に立っていたときよりも、そのリードをさらに広げている。中国は、量子センサー、高性能コンピューティング、重力センサー、宇宙打ち上げ、先進的な集積回路設計および製造(半導体チップ製造)の分野で新たな進歩を遂げた。
また、国家の安全保障など戦略的にもっとも重要な「ハイリスク」とされた分野は昨年の14から24に増加している。新たに「ハイリスク」に分類された技術のすべてにおいて中国が首位を占めており、合計64の技術のうち24が中国による独占のリスクが高いとされている。 さらに、新たに「ハイリスク」に分類された技術の多くが、レーダー、先進航空機エンジン、無人機、群れ行動ロボット、衛星測位・航法など、防衛用途の技術である。これから軍事的にも中国の優位性が高まることを暗示している。
また、世界最大の科学技術機関であると考えられている「中国科学院(CAS)」が、本レポートにおいて、世界で最も高いパフォーマンスを誇る機関であり、64の技術分野のうち31の分野で世界をリードしていることを示している。2023年は29分野であったが、2024年は31分野に増加した。
これに対しアメリカは、2003年から2007年の5年間では64の技術分野のうち60で首位を占めていたが、直近の5年間(2019年から2023年)では7つの分野のみで首位となっている。多くの分野で中国にリードされていることが明らかになった。だがアメリカは、量子コンピューティング、ワクチンおよび医療対策、核医学および放射線治療、小型衛星、原子時計、遺伝子工学、自然言語処理の分野でリードしている。
組織別に見ると、「グーグル」、「IBM」、「マイクロソフト」、「メタ」など米国のテクノロジー企業は、人工知能(AI)、量子技術、コンピューティング技術の分野で主導的または強力なポジションを占めている。主要な政府機関や国立研究所も健闘しており、宇宙および衛星技術に秀でた「米国航空宇宙局(NASA)」はそのひとつだ。
米中が首位の代表的な分野
ちなみに、中国とアメリカが首位の代表的な分野を画像で示した。ランキングの時期は2003年から2007年、2011年から2015年、2019年から2023年の3つの時期に分けて掲載している。ランキングの経年の変動がよく分かる。また、右には2003年から2007年、2019年から2023年で、対象となるテクノロジーの分野をリードしている大学や研究機関の名称が記されている。これも経年の変化が分かる。
<中国が首位の代表的分野>
・高度集積回路の設計および製造
http://www.yasunoeigo.com/ad
・ハイスペックな加工プロセス
http://www.yasunoeigo.com/hi
・先進的な航空機エンジン
http://www.yasunoeigo.com/adv
・ドローン、群れをなすロボット、協調ロボット
http://www.yasunoeigo.com/dro
・電気バッテリー
http://www.yasunoeigo.com/el
<アメリカが首位の代表的分野>
・自然言語処理
http://www.yasunoeigo.com/na
・量子コンピューティング
http://www.yasunoeigo.com/qu
・遺伝子工学
http://www.yasunoeigo.com/ge
アメリカが首位の分野でも中国が激しく追い上げているのが分かる。
中国の技術開発の一貫性
そしてこのレポートでは、中国が最先端テクノロジーの多くの分野で首位になった理由を、中国の技術開発の一貫性にあるとして、次のように書いている。
技術的能力を構築するには、科学的知識、人材、高機能機関への持続的な投資と蓄積が必要であり、短期的または場当たり的な投資だけでは獲得できない科学知識、人材、高機能機関への持続的な投資と蓄積が必要である。
新政権による場当たり的な政策や、即時の予算削減による打撃は、数十年にわたる投資と戦略的計画から得られた優位性を失うことによるコストとバランスを取らなければならない。
中国がリードを広げ続ける一方で、他の諸国がすべての重要な技術分野において、歴史的、複合的、補完的な強みを把握することが重要である。
つまり中国は、長期の計画のもと、一貫した技術開発を実現できているのに対し、政権が頻繁に交替する民主主義諸国では、政権の方針によって予算が削減され、一貫した技術開発が困難になっているということだ。中国の独裁政権の優位性を一部認めた内容になっている。
他の国の状況
では、その他の国はどのような状況なのだろうか?以下のようになっている。
<インド>
インドは、グローバルな研究イノベーションと卓越性の主要な中心地として台頭しており、科学技術大国としての地位を確立しつつある。米国、英国、そしてヨーロッパ、北東アジア、中東のさまざまな国々は、新興の科学技術大国の取り組みが加速しているにもかかわらず、いくつかの主要な技術分野において、多大な影響力を持つ研究における強みを維持している。
インドは現在、64の技術分野のうち45分野でトップ5にランクインしている。昨年は37分野だった。新たに2つの技術分野、生物学的製造および分散型台帳、で米国を追い抜き、64分野のうち7分野で2位にランクインしている。
<EU諸国>
EU諸国の中で最も高い実績を上げているのはドイツである。最近の調査では、ドイツは27の技術分野でトップ5に入っており、イタリアは15の技術分野でトップ5に入っている。一方、フランスは遅れをとっており、トップ5に入っているのは3つの技術分野のみである。
2003年から2007年までで歴史的に見ると、やはりドイツはヨーロッパで最も優れた国であり、45の技術分野でトップ5に入っている。これに対し、フランスは32分野、イタリアは10分野である。
<英国>
英国の順位は低下した。英国は36の技術分野でトップ5に入っているが、これは昨年の44の技術分野から減少している。
2003年から2007年の結果を概観すると、英国は47の技術分野でトップ5に入っている。英国がトップ5から脱落した技術は、さまざまな分野にわたっているが、その多くは先進材料、センサー、宇宙関連の技術などである。
例えば、2003年から2007年では、英国は衛星測位およびナビゲーション、小型衛星で2位、宇宙打ち上げシステムで3位となっている。しかし、最近の実績では、英国はこれらの技術でそれぞれ6位、8位、9位となっている。電子戦や指向性エネルギー技術などの防衛関連技術では、特にいくつかの成果を上げている。
<イラン>
イランは防衛関連の技術に秀でている。過去5年間の実績を基にすると、イランは64の技術分野のうち8分野でトップ5に入っており、先進材料および製造、バイオテクノロジーに強い。イランはスマートマテリアルおよび空気非依存推進技術で3位にランクされている。2003年から2007年にかけて、イランの最も優れた業績は機械学習の17位であった。
空気非依存推進技術では、イランはトップ10機関のうち3つを占めている。「テヘラン大(5位)」、「イスラム自由大学(7位)」、「シャフルード工科大学(9位)」である。実際、空気非依存推進、スマートマテリアル、先進的データ分析の分野において、トップ10にランクインした機関を有する国は、中国以外ではイランのみである。
「イスラム自由大学」はイランのトップ機関であり、最近の業績に基づくランキングでは、メッシュおよびインフラストラクチャ非依存型ネットワーク(1位)、ドローン、群れ行動ロボットおよび協調ロボット(8位)、スマートマテリアル(7位)、先進データ分析(7位)、抗生物質および抗ウイルス剤(6位)、バイオ燃料(8位)の6つの技術分野でトップ10入りを果たしている。
韓国と日本
韓国のパフォーマンスは、日本が取り組むべき課題があることを示している。
韓国はAIやエネルギー、環境分野を中心に、24もの技術でトップ5に入っているが、日本は広帯域および超広帯域半導体と原子力エネルギーの分野で強みを発揮しているものの、トップ5に入っているのはわずか8分野にとどまっている。2003年から2007年を振り返ると、ハイテク産業の強さという点で似た歴史を持つ両国は、この20年間でほぼ立場が逆転しており、当時、日本は32の技術分野でトップ5にランクインしていたのに対し、韓国は7分野だった。
これを見ると分かるが、日本は韓国に完全に追い抜かれたようだ。両国の順位は逆転している。
中国の製造業の津波に飲み込まれる
さて、これが最先端テクノロジーの現状だ。中国がトップの分野は年を経るごとに増えている。これから中国では、こうした最先端テクノロジーが製造業に応用され、新製品が消費材のあらゆる分野で出てくることは間違いない、
この動きは、耐久消費財の生産で世界を席巻した1930年代から60年代のアメリカ、ハイテクの家電や自動車で世界市場を支配した1980年代の日本、そしてITテクノロジーとその関連製品で世界市場を独占した2000年代のアメリカと同様なものだ。これらのどの時期でも、最先端のテクノロジーの開発をリードし、それを応用した新製品の生産を主導した国が、世界市場を席巻した。
テクノロジー開発の現状を見ると、これからは中国主導の新しい産業が世界を席巻することは、間違いないように見える。ここまま行くと、日本は中国が引き起こす製造業の津波に飲み込まれることになるだろう。中国の不動産バブルの破綻が引き起こしているマイナス面に目を奪われ、いま起こっている中国経済の構造転換を見失うと、日本は中国のサプライチェーンに完全に組み込まれることになるだろう。現実はしっかりと見なければならないと思う。
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