
トランプがイランを攻撃した本当の理由――米中エネルギー覇権戦争の行方と日本の岐路=高島康司

アメリカがイラン戦争を始めた本当の理由は、米国が主導する新たな国際秩序の樹立にあるという説の詳細について解説したい。特にこの秩序が日本に与える影響を明らかにする。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2026年5月8日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
アメリカが世界の資源供給国となる秩序
トランプ政権のイラン攻撃には、アメリカ独自のもっと積極的な動機があるとする説明がいま注目されている。それは、アメリカを世界の資源供給大国にして中国などの諸外国を依存させることで、ドルの基軸通貨体制と安定した米国債の価値を維持するという戦略である。
2025年11月、トランプ政権は「国家安全保障戦略」を発表した。これは、南北アメリカ、カリブ海、グリーンランドなどの西半球をアメリカの生存圏として定め、このエリアにおける米国の優位を「我々の安全と繁栄の条件」と位置づけるものである。そこには、非西半球の競合国が「この地域に武力を展開したり、重要資産を所有・支配すること」を否定すると明記している。これは単なるモンロー主義ではなく、米国が事実上、世界秩序を勢力圏に分割し、西半球を米国の領域として主張する「帝国的」戦略 である。
この「国家安全保障戦略」が従来と異なるのは、エネルギー相互依存を「管理すべき条件」ではなく「国家運営の道具」として明示的に扱っている点である。米国は単なる自給自足ではなく、「米国中心性」、すなわち他者の依存構造そのものを形作る能力を求めていることだ。
さらに、エネルギーが流通し、価格が決まり、資金調達され、保険がかけられるシステム全体をアメリカが支配することで、同盟国や敵対国の行動を形作る手段とする。また、エネルギーを武器として機能させるには、それを支える金融システムが不可欠である。この点において、米国は他のいかなる大国も大規模に再現できない構造的優位性を有している。すなわち、エネルギーの価格決定、決済、資金調達が行われるシステムに対する支配力である。
その結果、ドルの基軸通貨体制は維持され、ドルが米国債などの金融商品に還流するシステムは維持される。
シェール革命によりアメリカは世界最大のエネルギー輸入国から最大の生産国、かつ主要なLNG輸出国に変貌した。原油でも実質的な純輸出国に近い地位にあり、LNG供給では世界を支配している 。ホルムズ海峡閉鎖の結果、世界のエネルギー供給体系は、湾岸地域+ロシアのユーラシア系から、アメリカを核とした大西洋系の2つのエリアに分割されつつある。アメリカの支配する西半球は、湾岸地域やロシアと肩を並べる世界のエネルギー供給地域として台頭する。
このような視点から見ると、イランがホルムズ海峡の管理権を掌握し、イラン戦争の余波で湾岸諸国の石油と天然ガスの生産能力が大幅に落ちることは、多くの国々がアメリカのエネルギー供給への依存を深めるので、資源供給大国として台頭したアメリカにとっては好都合である。
イラン戦争は実はトランプのアメリカにとっては好都合なのだ。
これで本当に中国の発展を抑止できるのか?
これが、イラン戦争をトランプが先制攻撃で始めた理由である。そしてその重要な目的の1つは、アメリカの実質的なライバルである中国の発展の抑止である。
中国は原油の80%以上を輸入に依存している。なかでも湾岸エリアへの依存は大きい。そうした状況で湾岸諸国の原油と天然ガスの輸出能力が打撃を受け、中国のエネルギー需要がアメリカに向かうことは、中国をアメリカに依存させ、アメリカの優位が維持できる。必要とあれば中国への供給を政治的に制限することで、中国をコントロールすることは可能になる。トランプの新国際秩序のプランには、このような目的が露骨にある。
しかしながら、これが本当にうまく行くのかといえば、そうは言えないという論評が実は多い。この新秩序を最初に紹介した分析者の江学勤もその一人だ。たしかに、いまの中国のエネルギー政策を見ると、トランプ政権の中国を抑止するという目的が実現する保証が実はないことが分かる。
中国の対抗手段
それでは中国にはどのような対抗手段があるのか、具体的に見てみよう。
<1. 備蓄の厚み>
中国の陸上原油備蓄は2026年1月時点で12億バレルと世界最大、精製処理量ベースで108日分、輸出を止めれば130日分の輸入カバーがある。
<2. パイプライン代替>
ロシアからパイプライン経由で石油・ガスを受け取り、北極海航路を通じてArctic LNG 2からも供給を受けることで、ホルムズとマラッカの両方のチョークポイントを回避しようとしている。
<3. 電化の進展>
中国は既に世界初の「電力国家(electrostate)」であり、2024年だけで再生可能エネルギーに6250億ドルを投じた。これは米国がエネルギー覇権を振るう前に、中国がそもそもエネルギー輸入依存から抜け出すことを意味する。
<4. 皮肉な現象>
ホルムズ危機下で中国はむしろ米国の原油とLNGを大量購入に転じ、日本が望んでいた米国エネルギー供給を中国が奪ったという事態が起きている。つまり米国エネルギーは武器というより、中国が状況次第で利用する商品になっている。
さらに安価なLNG輸出はむしろ中国の再生可能エネルギー発展を補助し、中国の地政学的影響力を拡大させ、権威主義的目的を後押ししているという逆説も指摘されている。
中国中心のエネルギー供給システム
そして重要なことは、中国はこのような対応を駆使することで、アメリカとは異なる中国主導のエネルギー供給システムを構築する可能性があることだ。それは5つの層で構築される。具体的に見てみよう。
<第1層:エネルギー需要構造の脱石油化(最も根本的な反撃)>
中国の最も決定的な対応は、米国のエネルギー支配ゲームそのものから降りることである。トランプのシナリオは「中国は石油を必要とし続ける」という前提の上に成立するが、中国はこの前提を崩しにかかっている。
中国は世界の太陽光パネルの80%、風力タービンの約60%、バッテリーの75%を生産している。地球上の電気自動車の70%を供給している。中国はこの産業力を影響力に変えている。つまり中国は「他国が石油・ガス輸入依存を減らすために必要とする技術」を独占しつつある。
<第2層:ロシア・中央アジア軸の深化(物理的回避)>
湾岸経由の供給を失う場合の代替ルートは、すでに稼働中である。2026年3月時点で、中国はロシアの化石燃料輸入で世界最大となり、ロシアの輸出収入の43%(85億ユーロ)を占めている。中国のロシア産原油輸入は前月比32%急増した 。
ただしロシア依存一辺倒にはしないという点に中国の戦略的狡猾さがある。Power of Siberia II(西ルート)の交渉は停滞しており、これは主として中国がロシアへのパイプライン・ガス依存を急速に高めることに消極的だからである。中国の戦略は、ロシアとのガス関係で支配的地位を維持し、ロシアの地政学的孤立を利用しつつ、中央アジア等の他の供給源を同時に拡大し、国内生産を増強することのようだ 。
つまり中国は、ロシアを使うが依存しないという、冷徹な非対称関係を維持する。これは米国の湾岸諸国への依存過剰の罠を中国が学んでいるということでもある。
<第3層:人民元建てエネルギー決済圏の拡大(金融インフラ攻撃)>
米国のエネルギー支配の根幹はペトロダラーの循環にあり、中国はそこを突いている。
イランと中国は米国の対イラン戦争という好機を捉え、世界金融システムに対する共通の不満、すなわちドル覇権の終焉という共通目的を追求している。石油市場における米ドルの優位は特に顕著で、JPモルガンの2023年推計では取引の約80%がドルで決済されている。
中国はイランの石油輸出の80%以上を買い上げ、値引き価格で購入しており、これは人民元で決済されている。ただし限界もある。人民元はドルと異なり、北京の厳格な資本規制により自由に交換可能ではない。2024年時点で、中央銀行の外貨準備のうちドルは57%、ユーロは約20%、人民元は2%である。国境を越える貿易のうち人民元決済は3.7%に過ぎない。
しかし重要なのは、ホルムズにおける人民元使用は「世界のドル離れをもたらすものではないが、漸進的な圧力を加え、エネルギー流通における代替手段を常態化させる」という点だ。全面的な置換ではなく、正当性の浸食が目的である。
<第4層:湾岸諸国の取り込み(米国の同盟構造の解体)>
イラン戦争で米国が湾岸のエネルギー生産能力が実際に破壊される環境を作ると、湾岸諸国は米国を敵と認識し、中国陣営に急速に傾斜する。現時点でも既にGCC諸国は人民元決済を拡大しており、中国は「米国は不安定性をもたらし、中国は機器・信用・連続性をもたらす」というメッセージを発している。
中国は主権的支配の獲得にはあまり焦点を当てず、自らの戦略的安全の確保により注力している。北京は融資、インフラ、サプライチェーンを提供し、各国を中国製システムに固定化する。
これは米国の戦略にとって致命的な逆説を生む。湾岸のエネルギー能力が潰れれば潰れるほど、湾岸諸国は「米国管理下のドル建て市場への再統合」ではなく、「中国主導の人民元決済・中国製再エネへの転換」を選ぶ可能性が高まる。
<第5層:重要鉱物・クリーン技術での報復カード(非対称抑止)>
重要鉱物は地政学的梃子としての重要性を増し続ける。中国は既に広範な重要鉱物サプライチェーンで世界的優位を握っており、その優位を政治的意志のために利用することを躊躇しないことを歴史的に示してきた 。
米国が湾岸でエネルギー戦争を仕掛けるなら、中国はレアアース・ガリウム・ゲルマニウム・黒鉛・リチウム精錬で対抗する。これは米国のAIデータセンター建設、EV製造、軍事技術のすべてを直撃する。つまり「21世紀のエネルギー=電力とAI計算能力」の観点では、中国は既に対米抑止力を構築している。
トランプの戦略は「中国が石油を必要とし続ける」という前提に依存している。中国の戦略は「その前提を時間をかけて無効化する」ことである。
中国の独自の秩序
そして、このような5層の対応を通して、中国は独自の国際秩序の形成を目標にしている。
トランプ政権が目指すのは、西半球を物理的生存圏として確保しつつ、エネルギーの流路・決済・保険を支配する「プラットフォーム型帝国」である。これに対して中国が構築しているのは、ユーラシア大陸をインフラ的・産業的に一体化し、再生可能エネルギー、AI、重要鉱物、人民元決済の「垂直統合型システム」である。
両者はともに国家を越える支配構造を作る点で同型だが、米国型は「既存のエネルギー・金融システムを兵器化する」アプローチ、中国型は「次世代のエネルギー・産業システムを独占する」アプローチである。
日本はどうするのか?
いまのトランプ政権の動きを見ると、このような新しい国際秩序の樹立に向かう動きは急速である。それに対抗して、中国の独自のネットワークの構築も急速に進むだろう。
では、そのような状況に日本はどのように対応すればよいのだろうか?だが、いまの高市政権の政策を見ると、この状況変化にはうまく対応できるとは思えない。高市政権の政策から見える帰結を列挙すると次のようになる。
まず評価できる政策は、次のようなものだ。
- 米国不在のアジア・欧州秩序への参画
- 米国を排除した35カ国による独自の「航行の自由保護連合」を英・仏・独が模索し始めている
- EUとの戦略的エネルギー連携、豪州との深化
このように、アメリカへの依存を減らす方向の政策は評価できるにしても、次のようなマイナスもある。
- 高市政権の第7次エネルギー基本計画は原子力と化石燃料中心で、根本解としての脱化石燃料化はやる気なし。国内政策は化石燃料依存を財政で支える構造を固定化している。電力国家化の選択肢は政策的に閉ざしている
- 中国との現実的な対話は政治的タブーとなっている。そのため、イデオロギー的制約で並行プラットフォーム(中国・ロシア・イラン)にアクセス不可の状況が続いている
高市政権は、中国との正常な対話を困難にさせている外交政策を転換しないと、中国が構築しつつある湾岸諸国を取り込んだ新しいエネルギー供給のネットワークには参画できないことにもなりかねない。その結果、アメリカ中心の世界秩序の再構築を掲げ、日本を搾取の対象としてしか見ないアメリカへの依存を高める結果に終わってしまう可能性が高い。
まだ高市政権には、対中国の外交政策における柔軟性を取り戻す時間的な猶予はあると思う。どうなるか注視しなければならない。


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