「なぜ?」の追求 ~ 歴史を物語で学ぶ面白さ

日本の歴史
JOG(1444) 「なぜ?」の追求 ~ 歴史を物語で学ぶ面白さ
面白い物語は、主人公が「なぜ」ある行動をとったのか、がしっかり書かれているので、読者が興味をもってついていける。 ■転送歓迎■ R07.10.26 ■ 85,569 Copies ■ 9,303,474Views■ 過去号閲覧: 無料受講申込み: ■1.歴史を物語として学べる教科書 花子: 伊勢先生、友達から、最近話題になっている歴史の教科書…

JOG(1444) 「なぜ?」の追求 ~ 歴史を物語で学ぶ面白さ

面白い物語は、主人公が「なぜ」ある行動をとったのか、がしっかり書かれているので、読者が興味をもってついていける。

■1.歴史を物語として学べる教科書

花子: 伊勢先生、友達から、最近話題になっている歴史の教科書がすごく面白いって聞いたんですけど、ご存知ですか?

伊勢: ああ、山崎圭一さんの本のことだな。公立校の先生でYouTubeでも講義を公開している人だ。『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』と、同じく「日本史の教科書」というタイトルで、ここ数年ベストセラーになっているんだ。Amazonでのレビューが「世界史」は3千件以上で平均値が4.3、「日本史」は2千件以上で4.2というから、凄い。

花子: どうしてそんなに人気なんですか?

伊勢: 今までの歴史教科書にはない特長がいくつかあってね。Amazonのページではこう紹介されている。

・年号がまったく登場しない
・古代から現代まで1つの物語としてサクッと読めるのでストーリーで理解できる。
・政権担当者を「主役」に展開するのでわかりやすい

花子: なるほど! 物語みたいに読めるんですね。

伊勢: その通りだね。弊誌が今まで主張してきた「歴史教育は、先人たちの演じた『物語』を共感を持って学ぶべき」という主張を見事に実践して、それでベストセラーとなっているようだ。

 良い機会だから、今回は、NHKの大河ドラマ『べらぼう』で取り上げられている江戸時代中期、田沼意次から松平定信の時代をどう記述しているのか、中学校のトップシェア教科書、東京書籍版と比較して、その面白さを比べてみよう。

花子: 『べらぼう』は私も見ています。よろしくお願いします!

■2.「幕府の財政状況悪化」はなぜ?

伊勢: まず時代背景として、幕府の財政状況の悪化があるのだけど、それを[山崎]と[東書]でどう描いているのか、比較してみよう。

 [山崎]では、8代将軍・徳川吉宗のところで、「幕府財政は『米頼み』となる」と題した節を設け、「当時の収入の中心は年貢米です」と述べている。その後で、当時の状況をこう説明している。
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 しかし、人々が欲しがるものが増え、物価が上昇する傾向と米の増産によって米が市場にあふれ、米相場が下がる傾向がますます進んでいきます。
「米の値段だけが下がり、他の物の値段は総じて上がる」という状況の中で、支給される米を売ることが収入源の武士たちの暮らしはますます厳しくなります。武士たちのために米の相場を高めに維持する必要があるため、徳川吉宗は常に米相場の調整に追われました。
 ひとたび「享保の大飢饉」のような凶作が起こったときには米相場が一気に上昇し、食料としての米が買えなくなった民衆が米問屋を襲撃する「打ちこわし」も起こるようになりました。[山崎、p264]
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花子: なるほど! 米が豊作だと年貢米の値段が下がって幕府も武士も収入が減って困るし、不作だと値段が上がって民衆が困るんですね。

伊勢: その通りだね。特に図表の中で、吉宗の政策は「『コメ』に頼る『一本足』の財政」と表現しているのは、問題の本質を見事に表現している。

 一方の[東書]はこうだ。
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 一方で,経済の発展にともない出費が増え,幕府の財政は苦しくなりました。[東書、p128]
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花子: えっ、これだけですか?

伊勢: そうなんだ。経済がどう発展したので、どういう出費が増えたのか、説明がない。その後で、財政の立て直しのための対策を何カ所かで論じているけど、原因がはっきり分からないから、対策が「なぜ?」とられたのか、生徒はついていけない。

 たとえば、ある人物の物語で、社会のある「問題」に対して、その原因、すなわち「なぜ?」をこう考え、それを解決するための「方策」を実施し、ある「結果」を得る。この「問題」-「なぜ?」ー「方策」-「結果」というのが、物語を構成する骨格なんだね。「なぜ?」とは、問題の「原因」の推定でもあるし、方策がとられた「理由」でもある。

 この「なぜ?」の記述がないと、読者は主人公の考えも分からず、その後の方策も「理由不明」になってしまう。それでは物語にならないね。

花子: なるほど、「課題」-「なぜ?」-「対策」-「結果」というのが、物語の基本要素なのですね。

■3.「カネ」社会の積極的利用

伊勢: [山崎]では、田沼意次の政策の「なぜ?」を「『コメ』に頼る『一本足』の財政」からの脱却のために、「『カネ』社会の積極的利用」と表現して、こう描いているんだ。
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 田沼意次は幕府の財政悪化に対して独自の経済政策を行います。・・・年貢を増やすと、凶作時に飢饉に陥る可能性が高まるため、年貢の増加にかわる新しい財政再建策が必要とされました。

 そこで田沼意次は、貨幣経済が社会の至るところに浸透していることに着目して、商人にお金を盛んに稼がせ、そこから税をとることで財源にしようという「カネ」社会の積極的利用を図ったのです。田沼意次は同業者組合である「株仲間」を積極的に公認し、有利な商売ができるように取り計らう見返りに、その利益の一部をおさめさせました。・・・[山崎、p268]
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花子: なるほど! 「コメ」社会の「一本足」から、「カネ」社会の積極的利用で「二本足」にしたのですね。

伊勢: その通り、[山崎]はこう結論づけている。
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こうした、商業・・・でお金を稼ごうという政策は合理的な判断で、「カネ社会」への着目は時代の必然ともいえるものでした。[山崎、p268]
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花子: それが意次の方策の「なぜ?」だったんですね。

伊勢: 一方の、[東書]はこう書いているんだ。
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 18世紀後半,老中の田沼意次は,年貢だけにたよるのではなく,商工業の発展に注目した経済政策を採り,幕府の財政を立て直そうとしました。意次は,商人に株仲間を作ることをすすめ,特権をあたえるかわりに,営業税を納めさせました。[東書、p132]
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花子: 「商工業の発展に注目した経済政策」が突然出てきますね。

伊勢: やはり[山崎]の説くように、「コメ」社会の一本足から、「カネ」社会にも税負担を広げて二本足にしようとしたという「なぜ?」の説明がしっかりされていないから、単なる意次の思いつきのようで、読者は主人公に共感できないよね。

■4.田沼意次の政策の結末は?

花子: それで田沼意次の政策の結果はどうだったんですか?

伊勢: [東書]ではこう書いているんだ。
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意次の時代は,経済の発展を背景に,学問や芸術が展開しました。しかし,その一方で,地位や特権を求めてわいろが横行し,政治に対する批判が高まりました。また,18世紀後半に起こった天明のききんは,浅間山の大噴火が発生したことも影響し,全国に広がりました。各地で百姓一揆や打ちこわしが起こり,意次は老中を辞めさせられました。[東書、p132]
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花子: でも、なぜ、わいろが横行したんですか?

伊勢: ここでも「なぜ?」が出てくるね。[東書]の説明では、なぜ「地位や特権を求めてわいろが横行」したのか、が書かれていない。[山崎]では「しかし、田沼意次はカネを重視するあまり、カネに汚いという悪評がたってしまいます」と説明する。こちらも「なぜ?」の説明には、ちょっと不十分かな。

 私が思うに、「カネ社会」から税を取ろうとすれば、役人に賄賂を使って、その税を逃れようという商人が当然出てくる。この問題は現代でもある。「カネ社会」でクリーンに税を集めようとすると、賄賂の防止のために相当な仕組みが必要となってくるけど、初めて「カネ社会」から税をとろうとした意次には、まだまだそういう知恵も経験も無かったということかな。

■5.松平定信の政策は何のため?

花子: 次の松平定信はどうしたんですか?

伊勢: 意次に代わる老中として登場した松平定信は、白河藩の藩主として天明の大飢饉を乗り切った実績から、名君との評判が高い人物だった。将軍の補佐として寛政の改革を断行したんだ。[山崎]ではこう説明している。
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この松平定信は、8代将軍徳川吉宗の実の孫にもあたり、その政治は徳川吉宗の享保の改革をモデルとするものでした。つまり、米による年貢の確保を重視し、支出を倹約令で引き締めて、飢饉にみまわれた農村を復興することが政策の中心になったのです。[山崎、p269]
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伊勢: 一方、[東書]では、定信の試みた政策をこう記述している。

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意次の後に老中となった松平定信は,農村の立て直しと政治の引きしめを目指して改革を行いました(寛政の改革)。定信は,江戸に出てきていた農民を故郷に帰し,商品作物の栽培を制限して米などの生産をすすめたほか,凶作やききんに備えて米をたくわえさせました。
また,江戸に昌平坂学問所を創り,幕臣などに朱子学を学ばせて試験を行い,有能な人材を取り立てようとしました。さらに,倹約令を出す一方,旗本や御家人が商人からしていた借金を帳消しにしました。[東書、p133]
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花子: いろいろ政策が並べてありますけど、それぞれの「なぜ?」が説明されてないので、頭にすっきり入らないですね。たとえば「商品作物の栽培を制限して米などの生産をすすめた」ことが、なぜ「農村の立て直し」になるんでしょう? 良い値段で売れる商品作物を栽培した方が、農民の収入が増えて、それこそ「農村の立て直し」になるんじゃないですか?

伊勢: 鋭いね! そこは[山崎]のように「米による年貢の確保を重視」と「なぜ?」が説明されれば、すぐに分かるよね。

■6.寛政の改革の成果は?

花子: 先生、松平定信の改革はその後どうなったんですか?

伊勢: [東書]ではこう書いている。
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しかし,政治批判を禁じたり,出版を厳しく統制したりしたため,人々の反感を買いました。そして,十分な成果を出せないまま,定信は老中を辞職しました。[東書、p133]
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花子: 政治批判を禁じたり、出版の統制で、人々の反感を買ったくらいで、なぜ、幕府の中心である老中が辞職するんですか? 

伊勢: ここにも「なぜ?」が書かれていないね。[山崎]では、まず定信の政策の成果から、具体的に説明している。
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寛政の改革は財政難で苦しむ大名たちの模範となり、多くの藩で藩政の改革が行われました。代表的なものに、米沢藩の「中興の祖」として名高い上杉治憲(鷹山)がいます。一時は領地の返上を考えたほどの米沢藩の財政難を、巧みな人材活用と倹約の奨励、特産物の生産などによって立て直し、江戸時代屈指の名君として知られます。[山崎、p271]
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花子: 上杉鷹山って、ケネディ大統領も尊敬した政治家として、「国際派日本人養成講座」でも、紹介されていましたね。私も大好きな人物です。
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JOG(130) 上杉鷹山 ~ ケネディ大統領が尊敬した政治家
 自助、互助、扶助の「三助」の方針が、物質的にも精神的にも美しく豊かな共同体を作り出した。
https://note.com/jog_jp/n/nfe3ad35584c8
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伊勢: さらに、こんな成果も紹介されている。
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 寛政の改革による倹約と経済統制は、財政と風紀を強力に引き締め、幕府の権威が高まるとともに、百姓や都市の下層民の生活は持ち直し、財政は好転しました。[山崎、p271]
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花子: あれ? 「百姓や都市の下層民の生活は持ち直し、財政は好転しました」って、成果は出てたんですね! そういう成果を[東書]は、なぜ書かないのでしょう?

伊勢: なぜだろうね? そちらの「なぜ?」も不明だね。[東書]はよほど「なぜ?」の説明が不得意なのかな?

花子: でも、なぜ定信は辞職したんですか?

伊勢: 将軍の徳川家斉との対立が、定信辞職の「なぜ?」なんだ。徳川家斉は、将軍在位は50年と最長。前半は松平定信による「寛政の改革」に従っていたが、寛政の改革で将軍の私生活の場である大奥でも大幅な経費節減が行われた。その反動からか、家斉は贅沢にふけるようになった。それで定信は家斉との対立から辞任した、と[山崎]では「なぜ?」が具体的に説明されている。

花子: それでも、田沼意次は、「コメ」社会で一本足から「カネ」社会での課税という二本足に変革し、その後を継いだ松平定信は寛政の改革による倹約と経済統制で、百姓や都市の下層民の生活は持ち直し、財政は好転したんですね。

伊勢: 田沼意次にしろ、松平定信にしろ、リレーの走者として幕府と民衆のための志をもって、それぞれの苦闘を続けたんだね。こういう人々の努力の積み重ねで、幕末に来日した初代アメリカ公使ハリスが「私は質素と正直の黄金時代を、いずれの国におけるよりも多く日本において見出す」と賛嘆するほどの、当時としては世界最高水準の幸福な国を築けたんだね。

 そうした先人たちの苦闘の跡を「なぜ?」をしっかり説明しながら辿っている物語になっていることが[山崎]の大人気の秘密で、それこそが歴史を学ぶ意味だと思う。

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