JOG(1463) 領土拡張と皇帝独裁がロシアの伝統 ~ 北の脅威にどう対すべき?

ロシアの歴史
JOG(1463) 領土拡張と皇帝独裁がロシアの伝統 ~ 北の脅威にどう対すべき?
350年も領土拡張と皇帝独裁を続けてきた異様なる国に、日本はいかに対すべきか? ■転送歓迎■ R08.03.15 ■ 85,715 Copies ■ 9,404,461Views■ 過去号閲覧: 無料受講申込み: __________ ★★★「国の宝を育てる授業」★★★ 中高校の先生方に実践いただきたい「お手本授業」です。 ■1時間目[中学…

JOG(1463) 領土拡張と皇帝独裁がロシアの伝統 ~ 北の脅威にどう対すべき?

350年も領土拡張と皇帝独裁を続けてきた異様なる国に、日本はいかに対すべきか?

■1.350年も続いたロシアの領土拡張

花子: 先生、ロシアのウクライナ侵略のニュースを見ていて思ったんですけど、ロシアって昔から侵略的な国なんですか?

伊勢: 良いところに気がついたね、花子ちゃん。ロシアは先の大戦でも、日本の降伏後に樺太、千島列島に侵攻し、北方領土を奪った。東欧諸国は鉄のカーテンに閉ざされて、軒並み属国にされた。こういうロシアの侵略性はお国柄なのか、という疑問は当然だろう。

花子: やっぱりそうなんですね。でも、どうしてそんなに侵略的なんでしょうか?

伊勢: ロシアは、伝統的に領土拡張を続けてきた。年表風に観てみると、その歴史がよく分かる。
__________
・1552 イヴァン4世がヴォルガ川流域のモンゴル系カザン・ハン国を征服、ウラル山脈以西を確保し、シベリア進出の基盤を築く。
・1578-81 コサック首長イェルマークがウラル山脈を越えて、東側のシビル・ハン国を攻撃・征服、ロシアのシベリア支配が始まる。
・17世紀中葉 ロシア人毛皮商人がアムール川流域へ進出、清朝と衝突。
・1689 清国とのネルチンスク条約でアムール川以北をロシア領とする。
・1780-90年代 ロシアが千島列島北部を探検・占領開始、江戸日本との接触が増加。
・1860 清との北京条約で、沿海州(ウラジオストクを含む)をロシア領に確定。日本海沿岸の不凍港を確保。
・1896 露清密約で東清鉄道敷設権を獲得し、満洲全域への軍事進駐を開始。
・1904 ロシアが韓国国内にまで手を伸ばし始めた事に脅威を感じた日本が、日露戦争を開戦。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

花子: わあ、350年も続いているんですね。それだけ長く続いていると、本当に国の性質になってしまうんでしょうね。

伊勢: そうだろうね。350年も続けてきたからには、ロシアの骨髄に染みこんだ体質になっていると言って良いだろう。北方領土を奪ったのもウクライナ侵略も、この350年の領土拡大の延長なんだ。

■2.毛皮や鉱物資源を求めて、シベリアを東進

花子: そもそもロシアが、そんなに長い間、東へ東へと進んでいった目的は何だったのですか?

伊勢: まず初期の最大の動機は毛皮の獲得だった。ロシア人の祖先ルーシ人は9世紀頃からロシア北西部に住み、黒貂(クロテン)などの毛皮を西欧に輸出していた。黒貂の毛皮は高く売れ、「黒い金」とも呼ばれたほどだった。16世紀後半には、ウラル以西の毛皮獣が枯渇する一方で、西欧との貿易により毛皮の需要は増大していた。そこでウラル山脈を越えて、シベリアに進出していった。

花子: じゃあ、ロシアの領土拡張の一つの目的は、毛皮の供給地を確保することだったんですね。

伊勢: その通り。ロシア政府は征服した地域の原住民に対し、毛皮による納税を義務付け、略奪や強制的な徴収を行っていた。

 そして毛皮に続いて、シベリアに眠る莫大な地下資源の獲得が目的となっていった。17世紀以降、銀、銅、鉄などの鉱床が発見され、ピョートル1世の時代には国家政策として鉱山開発が推進された。

 19世紀末には、シベリアの金産出量はロシア全体の約75%を占めるようになり、国家の重要な収入源となったんだ。毛皮から鉱物資源へと、利益を求めて東へ東へ進むという行動は、ロシアの基本的な国家方針だったと言えるだろう。

■3.350年の領土拡張で多民族国家になったロシア

伊勢: こうして350年かけて拡大した領土には、当然様々な民族が住んでいた。それらの土地を奪い、そこの住民を農奴化していったロシアは、必然的に多種多様な民族を抱える多民族国家になったんだ。

花子: どのくらいいろんな民族がいるんですか?

伊勢: 2021年のロシア連邦の最新国勢調査では、非ロシア民族の人口比率は約20%。約190もの民族が住んでいるという。南部にはトルコ系やカフカス系、東部にはモンゴル系など多数いるんだ。それらをロシア連邦は24の共和国として統治している。

 共和国は、ロシア民族以外の民族が故郷としている地域に建てられている。彼らはロシア連邦の枠内で自らの国土や国語を持つことができ、名義上は国民国家を形成しているんだ。

花子: じゃあ、それぞれの民族が自分たちの国を持っているんですね!

伊勢: あくまで建前上だけどね。実際には、何世紀も前からロシア人などが多数移住しているために、こうした先住民族はすでに共和国の多数派ではないことが多い。

■4.「広くて平らな国には専制政治が似合う」

伊勢: さて、こんな広大で多様な国をどう統治するのか? 18世紀の学者たちが「広くて平らな国には専制政治が似合う」という言葉を残している。ロシアのツアー(皇帝)には「他の君主を自制させたり断念させたりするようなさまざまな障碍、たとえば権力の分立だとか、憲法の制約とか、世論などは存在しない。ツアーは夜夢で見たことを翌朝実行できた」とも言われている。[岡崎、p173]

 最近の具体例を挙げよう。前々号でも述べたけど、ブリヤート共和国、これはバイカル湖の東部・南部にあり、住民はモンゴル系だ。そこで徴集された兵士はウクライナの最前線に送られることが多く、戦死する確率はモスクワ出身の兵士の約75倍にも達するという。
__________
JOG(1461) ウクライナ戦争に苦しむロシア国民 ~ 裸の王様プーチンを引き下ろせない独裁国家の悲劇
 死傷者120万人を出しても、裸の王様プーチンを引き下ろせない独裁国家に生きるロシア国民の悲劇。
https://note.com/jog_jp/n/n5858b238d60f
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

伊勢: 徴集されるモンゴル系の兵士から見れば、何のために4500キロも離れた異民族の国で危険な戦いをしなければならないのか、と思うだろう。

 ロシアのように、広大な土地に多様な地域と人々を抱える大国には、常に分裂へと向かう政治的な遠心力が働く。これらを一つの国として維持するためには、「ツァーリ(皇帝)」を中心とした、強大な力で「たがをはめる」権力が必要なんだ。こうした皇帝独裁こそ、ロシアのもう一つの伝統だね。

 ロシア帝国の皇帝、ソ連の共産党書記長、そして今のロシア大統領と、名前や体制が変わっても、皇帝独裁という本質は変わらない。

ロシア・サンクトペテルブルクの冬宮殿

■5.国境とは皇帝が自由に押し広げ、国際条約は不便になれば廃棄する

伊勢: 領土拡張と皇帝独裁の伝統から、ロシア人は近代国家とはまったく異なる国境概念を持っているんだ。

花子: どう違うんでしょう?

伊勢: まず、西洋諸国と異なり、ロシアには国家誕生の前提となるような民族的統一や、国境となる明確な地理的境界線、つまり海や山脈がほとんど存在しなかった。そのため、もともとロシアの国境は極めて流動的だったんだ。ロシアにおいて領土とは、皇帝の権力が及ぶ範囲であり、権力が強大化すれば、国境は自ずから拡大していくものだったんだ。

花子: じゃあ、皇帝が「この土地が欲しい」と思えば、どんどん広がっていくんですか?

伊勢: そう、だから、ウクライナの領土であろうと、日本の北方領土であろうと、皇帝による領土拡張の対象になる。国境とは、たまたま現時点で仮置きされた境界線に過ぎない。

花子: それじゃあ、国家間の条約とかはどうなるんですか?

伊勢: こんな言葉がある。「ロシアは不便になれば、単純に約束を廃棄するだけである。誰が偉大な皇帝の意思を束縛し、彼の行動を批判できるだろうか」。ロシアにとって国際条約も当面の口約束に過ぎないんだ。海という自然な国境線を持ち、その中で互いに約束を守って、信用を重んじた日本人とは、国境も国際条約の考え方も根本から違う。

花子: 先生、それって今でもそうなんですか?

伊勢: 北方領土問題やウクライナ侵攻を見れば、その考え方が今も続いていることが分かるだろう。

■6.ロシア国民の忍耐と愛国、そして自由を求める精神

花子: そんな領土拡張と皇帝独裁に、ロシア国民はどうして黙って従っているんでしょう?

伊勢: それにはロシア人の精神性が関係している。フルシチョフ元首相は、シベリアの歴史を「苦悩と悲しみの歴史であると同時に、勇敢で不屈な人々の闘争の歴史でもある」と述べている。ロシア国民の、自分たちがより良い未来を信じて困難を乗り越えてきたという自負が、愛国心の源泉となっているんだ。

花子: つまり、苦しみに耐えることが誇りになっているんですね。

伊勢: そうだ。ウクライナ戦争で、120万人もの死傷者を出し、食品価格が20~70%上昇しても、多くのロシア国民がじっと我慢している姿に、忍耐心と愛国心が現れている。

 ただし、ロシア国民が皇帝独裁に常に従順だったわけではない。ロシアには、自由と人間性を求める抵抗精神もあるんだ。

「解放思想の父」ラジシチェフという人物がいた。農奴制を批判して、1789年にシベリアへ流刑にされたラジシチェフは、皇帝に異議を唱えたロシア初の知識人として記憶されている。彼はシベリアでも地元民に教育を施したりしていた。

 1825年には皇帝専制打破と農奴解放を要求した貴族の将校たちによる武装蜂起、デカブリストの乱が起きた。1日で鎮圧されたが、100人以上がシベリアに流刑になった。流刑地で教育や研究に励む者もいた。現地では彼らを同情と共感をもって、迎えた人々もいた。

 そして現代においても、中央政府による統制が強まる一方で、地域住民による自発的な抵抗運動も発生している。2020年にはハバロフスクで数万人規模のデモがあった。ハバロフスク地方の知事セルゲイ・フルガルがプーチン政権の意に沿わない行動を続けていたんだが、突然逮捕され、地元住民数万人規模による大規模な抗議デモが数か月にわたって行われたんだ。

 ロシア国民には、忍耐強く権力に従う面と、自由を求めて抵抗する面と、両方があるということだね。

■7.日本は、北の脅威にいかに対すべきか?

伊勢: さて花子ちゃん、ここまで話してきたことを踏まえて、重要な問題を考えてみよう。我が国がこういう領土拡張と皇帝独裁を伝統とする隣国を持つことの脅威だ。なんとか、国境と国際条約を尊重し、民主主義の国家に変わってもらいたいところだよね。

花子: でも、そんなことできるんですか?

伊勢: 実は歴史に良い先例がある。領土拡張と皇帝独裁はロシアの伝統であるとともに、遠心力をもたらすアキレス腱でもあるんだ。それを見事に示したのが、日露戦争中に明石元二郎大佐によるロシア国内の革命運動支援とロシア周辺諸国の独立運動支援だった。これを現代に当てはめれば、現在の皇帝独裁に苦しむロシア国内の民主化運動と、被支配民族の独立運動を助けることだろう。

花子: でも、直接助けるのは難しいですよね?

伊勢: そうだね。でも、直接、彼らを助けることはできなくとも、間接的な支援を、日本の外交方針にすることはできる。たとえば、ロシア内のテュルク系民族、タタール人・カザフ系などは、隣接した国境外にトルコ、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスなど同じテュルク系民族が独立国家を持っている。

花子: 同じ民族の独立国がすぐ外に隣接しているんですね。

伊勢: そうなんだ。北カフカスの民族には、国境の向こう側にジョージア、アゼルバイジャン、アルメニアなどコーカサス系民族国家がある、といった形で、「同じ語族・文化圏の民族国家」と地続きになっている。

 こういう地域では、周辺の独立国家と日本が連携して経済発展を助けてやれば、ロシア内の同胞も、自分たちも、という気概を起こすだろう。特に、これらの地域では、日本は非白人民族で、最初の近代的独立国家を作ったとして尊敬されている。

 また、ロシア極東地域では、軍事産業が廃れ、住民を支えるのに、十分な仕事がない。放置すれば人口流出と過疎化、中国からの人口圧力が高まる。ヴィクトル・イシャエフ・ハバロフスク地方知事、極東開発大臣が2001年にこう述べている。
__________
 日本は、世界最大の投資国であり、過去26年間に6,200億ドルの対外投資をおこなってきた。ところが対ロへはわずか0.054パーセント、対ロシア極東への投資は、0.025パーセントにすぎない。
 日本は、まず係争の四島問題にたいする外交的解決法をみつけたあとで、ロシアへの投資増大を考えている。その逆なのではない。したがって、日本からの対外投資を拡大させるためにも、領土問題を解決することが必要となる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

花子: あ! ロシア内にも北方領土問題を解決したいと思っている人々がいるんですね!

伊勢: ロシア極東地域は、なんとか中国の圧力をはねのけたいと考えている。そのためには、日本の投資が不可欠であり、だからこそ北方領土返還が不可欠だと理解しているんだ。

花子: でも、そんなアイデアはプーチン大統領は絶対に認めないですよね?

伊勢: モスクワの現政権は、絶対に受け入れないが、もしロシアが分裂して、極東ロシアが独立すれば、最も近い自由主義先進国として日本の価値は高まり、かつ日本としても、領土拡張と皇帝独裁のロシアよりは、はるかに安全な隣国となる。

花子: ロシアが分裂する可能性もあるんですか?

伊勢: 歴史を見れば、ソ連も崩壊した。プーチンの現在の苦境の先に、それがないとは言えない。こんなに巨大な国家がいつまでも続いている方が異様なんだ。北方領土問題を短期的に解決するのは難しいが、長期的にこうしたビジョンを目指して行くべきだろうね。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました