ウクライナの内閣改造でも分かった米CIAの恐るべき影響力

1月2日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は国民に向けて、「本日、我々は抜本的な改革に着手した」と演説した(下の写真)。そのなかで、昨年11月28日付の大統領令で解任した大統領府長官アンドリー・イェルマークの後任として、キリロ・ブダノフ国防情報局長(中将)を任命したことを明らかにした(同日付の大統領令を参照)。
ゼレンスキーを裏で操っていたとも言われる大物の後任人事だけに、この人事がいま、注目されている。加えて、演説のなかで、昨年7月に就任したばかりのデニス・シュミハリ国防長官を更迭し、ミハイロ・フェドロフ第一副首相兼デジタル変革相を就任させる考えを示した。どうやら、ゼレンスキーは政権の重要ポストを一新させることで、今年も政権のかじ取りを担おうとしているようにみえる。
ブダノフとは何者か
まず、ブダノフ(下の写真)について説明しよう。ウクライナ情報とロシアの情報によると、1月4日に40歳になったばかりの彼は、キーウで生まれ、オデーサ陸軍士官学校(ヴァレリー・ザルジニー元ウクライナ軍総司令官が学んだのと同じ場所)で軍事教育を受けた。2007年に中尉の階級で卒業後、ウクライナ国防省国防情報局の特殊部隊で将校として勤務した。2010年に上級中尉、2013年に大尉に昇進した。ドンバス紛争開始時には大尉の階級にあった。ブダノフはドンバスでの軍事紛争に参加し、重傷も含めて数回負傷した。ブダノフ自身は、首と背中を負傷し、地雷の破片の一つが心臓の下に刺さったが、生命の危険があったため、引き抜くことは不可能だったと語っているという。
注目されるのは、2024年2月25日になって、「ニューヨークタイムズ」(NYT)が「過去8年間でCIA支援のスパイ基地ネットワークが構築され、ロシア国境沿いに12の秘密拠点を有している」と報じたことだ。記事にも登場するブダノフは、CIAの支援を受けてウクライナで作戦を展開していたのである。
ブダノフが属していた国防情報局は、敵陣後方、ロシア領内を含む地域で暗殺や破壊工作任務を遂行してきた。そのなかで、彼は地上部門として知られるCIAのエリート準軍事集団から専門的な軍事訓練を受けたコマンド部隊、第2245部隊の有望株だった。敵陣後方での大胆な作戦で知られ、CIAとの深い繋がりをもっていた。
CIAは彼を訓練し、さらにドンバスでの戦闘で右腕を撃たれた後、米メリーランド州のウォルター・リード国立軍事医療センターにリハビリのため派遣するという異例の措置も取っていた。外国軍の将校にとって、これは米国政府からの直接的な援助がなければ不可能なことだと考えられている(たとえば、パナマの独裁者だったマヌエル・ノリエガも若いころから約30年間もCIAと協力関係にあったことを思い出してほしい)。
そのブダノフは2016年8月、ロシア占領下のクリミア半島にコマンド部隊を率いて侵入し、飛行場に爆発物を仕掛ける計画を立て、実行に移した。ロシア側との戦闘になったブダノフの部隊は反撃し、将軍の息子を含む数人のロシア人を殺害した。ウクライナ側は泳いでウクライナの支配地域に戻らなければならなかったが、損失はなかったという(2026年1月2日付NYTを参照)。
ただ、ウラジーミル・プーチン大統領は演説で、ウクライナ側がテロ攻撃を企てたと非難し、ロシア兵士の死を必ずや復讐すると宣言した。他方で、当時のオバマ政権はウクライナの単独行動に激怒した。ウクライナ支援を担当していたジョー・バイデン副大統領(当時)は、ペトロ・ポロシェンコ大統領(当時)に電話で激しく抗議し、その後、ブダノフの上官、国防情報局長官ヴァレリー・コンドラチュク将軍は解任された。
それでも、ウクライナは退かなかった。コンドラチュク将軍が解任された翌日、ウクライナ東部ロシア占領下のドネツク市で謎の爆発が発生する。ロシア系分離主義組織の幹部指揮官アルセン・パブロフが乗ったエレベーターを直撃したのだ。CIAは間もなく、暗殺者がCIAの訓練を受けた諜報組織「第五局」のメンバーであることを突き止めた。再び、オバマ大統領の顧問の一部は激怒したが、暗殺はつづいたのである。
(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2026/01/03/voennye-khitrosti
ウクライナ戦争での功績
2019年5月にゼレンスキー大統領が誕生すると、同年8月、ブダノフは国防情報局長官に任命された。当時わずか34歳だった。彼は、前述したような、ウクライナ指導部や西側同盟国が許容する範囲を時折超える大胆な秘密作戦ですでに名を知られていたが、彼をもっとも有名にしたのは2022年2月の出来事だった。
2023年9月に刊行した拙著『知られざる地政学』〈上巻〉の277頁において、2022年2月24日から始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻における緒戦でのロシア側の大失態について、つぎのように紹介したことがある。
<説明しよう。ウクライナの銀行家デニス・キレエフによって、ロシア軍の作戦がウクライナ側に事前に漏れていたのだ。プーチン大統領の当初の目論見を打ち砕いたのは、ウクライナのスパイ、キレエフの情報であり、それを信じて対応したキリロ・ブダノフ少将の功績であったことがわかっている。
2023年1月18日付「ウォール・ストリート・ジャーナル」によれば、2022年2月、ロシアによる侵攻が間近に迫ると、何百万人ものウクライナ人が西側から海外に避難し始めた。2月18日、キレエフは妻と息子1人と毎年恒例のフランス・アルプスへのスキー旅行に出かけるため、ウクライナを離れる予定だったが、その前夜、遅く家に着いたキレエフは「私は行かない」と妻に告げた。
「5日後の2月23日午後、キレエフ氏はブダノフ将軍に新たな情報を手渡した。ロシアのプーチン大統領が、早朝に侵攻命令を出したというのだ」と、記事は伝えている。プーチン大統領が公式にウクライナへの侵攻作戦、すなわち「特別軍事作戦」を明らかにしたのは、2月24日午前6時(モスクワ時間)に放映したテレビ演説のなかであり、「特別軍事作戦を実施する決定を下した」ときだった。しかし、実際の侵攻命令は前日の朝に出ていたことになる。しかも、キーウ近郊への攻撃が計画されているとの情報がもたらされたのである。>
2022年4月3日にブダノフは少将になり、2023年9月7日には中将の階級が授与された。だが、2023年11月、ブダノフの妻は毒殺未遂事件に巻き込まれた。NYTによると、妻のマリアナ・ブダノワ(下の写真)の体内から、「日常生活や軍事では一切使用されない」重金属が大量に検出されたという。
(出所)https://www.nytimes.com/2023/11/28/world/europe/ukraine-spy-chief-wife-poisoned.html
2025年6月の危機
ブダノフは、その武勲からウクライナでは有名人であり、政治的野心もあるとされてきた。その結果、昨年11月まで大統領府長官だったイェルマークにとって目障りな存在となる。このため、昨年6月中旬に、イェルマークが「9度目の」ブダノフ解任の試みを行った、と昨年7月6日付のThe Economistが報じている。だが、「ブダノフ将軍は常套手段である威圧と策略を駆使し、再び処刑執行の延期を勝ち取った」、と同誌は書いている。
その理由は、「ホワイトハウスが繰り返し解任しないよう警告したことが功を奏した可能性がある」と説明している。前述したように、ブダノフは米国の支援という切り札を握っていたのである。加えて、ゼレンスキーには、ブダノフの進言で救われたという2022年2月の出来事がある。ゆえに、個人的に彼を無碍にすることはできないと推測されている。
このように分析すると、ブダノフの長官就任は、「米国が好む後継者」作戦の第一段階とみなすことができるかもしれない。米国政府がゼレンスキー大統領の後任として、ブダノフを要職に就け、停戦・和平そして大統領選への道筋をつけようとしているという見方も可能になる。
ただし、正反対の説もある。大統領府長官は大統領の「避雷針」であるという通説があり、スキャンダルという雷が落ちれば、いつでも犠牲になる覚悟が必要なポストだからだ。ゼレンスキーが友好的な抱擁でライバルを無力化するために、ブダノフをあえて大統領府長官という重要ポストに就かせて、後に失脚させるために罠にはめたというのである。
米CIAの暗躍
ブダノフにとって、米国政府内の内幕が懸念材料だろう。彼はたしかに、CIAとの太いパイプをもっている。そのCIAはドナルド・トランプ政権内では、ジョン・ラトクリフCIA長官が率いている。彼は、「一貫して自国の将校たちのウクライナへの取り組みを守ってきた」とNYTは書いている。つまり、ラトクリフはあくまでウクライナ支援を強化し、戦争を継続させようとしてきたと考えられている。
たとえば、ラトクリフはCIAのウクライナにおけるプレゼンスをフル稼働させ、ウクライナへの資金援助も増やした。トランプが昨年3月に援助凍結を命じたとき、米軍はあわててすべての情報共有を停止したが、ラトクリフはウクライナのCIA職員が直面するリスクを説明し、CIAがウクライナ国内のロシアの脅威に関する情報共有をつづけられるようホワイトハウスを説得し、許可を得た。さらに、ロシアの石油精製所だけに焦点を当てた攻撃や、黒海や地中海でウクライナのドローンによる「影の艦隊」船への攻撃についても、CIAはウクライナを支援してきた。
先日あったプーチン邸宅攻撃事件についても、CIAは、攻撃はなかったという厳しい判断を示している。プーチンは昨年12月29日、トランプとの電話会談で、ウクライナがプーチンの邸宅を攻撃したと非難したが、同月31日、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)は、ラトクリフがトランプに、プーチンへの攻撃はなかったと伝えた、と報じた。
問題は、このように対ロ強硬路線をとるCIAと、停戦・和平を急ぐトランプやJ・D・ヴァンス副大統領との間で、対立の可能性があることだ。もちろん、対ロ強硬策こそ迅速な停戦・和平につながるとトランプが判断すれば、両者の思惑は一致する。いずれにしても、ブダノフがどのようにふるまうかは、米国政府内にくすぶる意見対立によって難しい判断を迫られるだろう。
ゼレンスキー大統領の思惑
今回の人事異動に対するゼレンスキーの真意はまだよくわからない。ただ、腐敗とは縁遠いとみられるブダノフを大統領府長官に据えることで、ゼレンスキー自らが「真っ黒」であることを隠そうしているようにみえる。先月、ウクライナの反汚職機関は新たに、票と引き換えに現金を受け取った議員グループを告発した。議員たちの名前は明らかにされていないが、ウクライナの メディアはゼレンスキーの政党「人民の下僕」に所属する議員たちであることを明らかにしている。ゼレンスキーとしては、内閣改造を国民への目くらましに利用したいのだろう。
他の人事をみてみると、最初に紹介したように、シュミハリ国防長官を更迭し、フェドロフを後任にしようとしている。2020年3月から昨年7月まで首相だったシュミハリは、第一副首相兼エネルギー相とする。といっても、腐敗の温床となってきた同省トップを引き受けてくれる人物が見つからず、やむなくシュミハリを起用せざるをえなかったとみられている(NYTを参照)。
フェドロフ(下の写真)を国防長官に据える狙いは二つあるらしい。表向きの理由は、「先進的なテクノクラート」のイメージをもつフェドロフを国防担当にすることで、腐敗の蔓延してきた部門に清新性をもたらすというものだ。だが、裏には、依然として腐敗問題がくすぶっている国防省を担当させることで、フェドロフを潰す狙いがあるとの見方がある。
(出所)https://www.nytimes.com/2026/01/04/world/europe/ukraine-politics-cabinet-zelensky.html
SUB長官も更迭
ゼレンスキーは1月5日、さらなる治安機関のさらなる改造を発表した。ウクライナ保安局(SUB)のヴァシル・マリュク長官(下の写真)を更迭するが、SUBに残すと決めたのだ。ゼレンスキーは、「彼の戦闘的な仕事に感謝し、まさにその仕事に集中するよう提案した」と説明している。だが、その事情はもっと複雑だ。
マリュクの指導の下、大統領府に忠実と広く見られているSUBは、欧米の支援を受けて厳しく汚職を取り締まってきた国家反腐敗局(NABU)の職員数人をロシアとの関係があるとして逮捕するなど、ゼレンスキーの権力保持に寄与してきた(でっち上げた嫌疑で逮捕してきた可能性が高い)。
しかし、イェルマークが大統領府長官だった当時、NABUなどによるミンディッチ汚職事件の立件を防げなかったマリュクの責任を問う声が強まっていた(ミンデッィチ事件については、拙稿「ついに暴かれたウクライナ政界の腐敗「一番真っ黒なのはゼレンスキー」」を参照)。つまり、今回の人事はあくまで、「真っ黒な」ゼレンスキーの権力保持のための微調整という面をもつ。
だが、この人事異動には別の面もある。実は、ブダノフとマリュクは犬猿の仲にある。それは、SUBと国防情報局の仕事が似ているからだ。
SUBはマリュクの指揮の下、クリミア橋への攻撃、無人偵察機によるロシア艦船の破壊、スパイダーウェブ作戦(ロシア軍飛行場の航空機への攻撃)、ロシア高官の殺害など、大規模な作戦を数多く実施してきた。これらの戦果はブダノフの率いる国防情報局の実績に勝るとも劣らない。だからこそ、5人の軍高官がこの人事決定に反対する発言を公にしたのだ(1月3日付「ストラナー」を参照)。
それにもかかわらず、こうした反対を押し切ってゼレンスキーは、大きな影響力をもつマリュクを更迭した。その背後には、米国の意向を無視して「やりすぎた」マリュクを排除し、ブダノフの活動を円滑にさせたいという米国政府の圧力があったとみることもできる。
(出所)https://lb.ua/news/2026/01/05/715324_malyuk_ide_z_posadi_golovi_sbu.html
ベネズエラ情勢が与える影響
少なくとも、ゼレンスキーは前大統領府長官イェルマークの路線を一掃し、2026年を新たな布陣で乗り切ろうとしているようにみえる。だが、それが停戦・和平を近づけるものかどうかは不透明だ。
危惧されるのは、1月3日に実施された、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領と妻を捕らえ、ニューヨークに移送するという作戦の成功がウクライナ戦争におよぼす影響だ。日頃トランプに厳しい「ワシントンポスト」(WP)のコラムニストが「この大胆かつ見事な作戦は、米特殊作戦軍と米情報機関が世界最高である理由を改めて示した」と指摘する作戦の成功で、トランプ政権内でのCIAの威信が高まりそうだ。それがトランプ大統領側近の「タカ派」(リンジー・グラハム上院議員、ラドクリフCIA長官)の立場を強化し、クレムリンへの圧力とウクライナに関する譲歩の拒否という方向性を強めるかもしれない。
ベネズエラで起きたことは、クレムリンに思い切った措置を取らせる可能性もある。ロシア国内のタカ派からみれば、「なぜゼレンスキーはまだ生きているのか」、「なぜこんなに時間がかかるのか」ということになり、プーチン邸への攻撃に対する報復を理由に、大規模なミサイル攻撃を超える何らかの行動を起こす可能性が高まっているのかもしれない。
ベネズエラでの出来事はウクライナでの戦争をエスカレートさせ、戦争を終結させる努力を複雑化させる可能性がある。それは、ゼレンスキーの今回の人事異動の行方をも予測困難にしている。



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