
初期人類、「アフリカを出た集団」が遺した、現生のヒトに残る「変異の痕跡」…謎の多い「心の進化」。その空白を埋める、衝撃の書
人類の特徴の一つに、宗教や国家や貨幣など、現実には存在しない概念を信じ、それを社会的に共有している、という事実があります。イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリは、こうした特徴を「虚構を信じて共有する力」として、この力を獲得したことを認知革命と呼びました。
こうしたヒトの認知や心はどのように獲得されていったのか、いわば「心の進化」についての研究は、どこまで明らかになっているのでしょうか。本連載著者の更科功氏(武蔵野美術大学教授)が、河田雅圭氏(東北大学教授)の近著『心はどこまで進化したのか』(7月16日刊行予定)を手掛かりに、人類の心の進化を考察していきます。

『サピエンス全史』の認知革命
『サピエンス全史』という有名な本がある。著者はユヴァル・ノア・ハラリというイスラエルの歴史学者だ。彼の考えによれば、約7万~3万年前のあいだに、人類に認知革命が起きたという。
私たちヒト(学名はホモ・サピエンス)は約30万年前にアフリカで生まれ、約7~6万年前にその一部がアフリカを出たと考えられるので、認知革命はおもにアフリカの外で起きたことになる。
認知革命というのは「虚構を信じて共有する力」を獲得した出来事で、具体的には宗教や国家や貨幣など、現実には存在しない概念を信じ、それを社会的に共有したことを指す。この共有された虚構によって、数万人にもおよぶ人間が大規模に協力することが可能になり、ヒトが地球の覇権を握る原動力になったというのである。
この仮説はおもに歴史学の知見に基づいており、たいへんにわかりやすく、また魅力的な考えでもある。とはいえ、進化学や認知科学に対する考慮がやや弱いきらいがある。ところが、そこを補うような好著が出版された。河田雅圭の『心はどこまで進化したのか』(河出新書)だ。ここでは、その内容の一部を紹介しよう。
虚構を信じて共有する力から、現代的な人間行動へ
「虚構を信じて共有する力」をヒトがいつ獲得したかは、正確にはわからない。そういう力自体が考古学的な証拠として残ることはないからだ。とはいえ、まったく何もわからないかといえば、そういうわけでもない。間接的な証拠なら、ある程度は残されているのである。
「虚構を信じて共有する力」を生み出す重要な能力としては、象徴的思考が挙げられる。象徴的思考が発達することにより複雑な言語が使えるようになり、技術や知識を伝え、蓄積し、そして改良していけるようになった。
その結果、象徴的思考は、複雑な技術だけでなく芸術や宗教も生み出し、ヒトは高度な能力を持つようになったと考えられる。こうした能力の進化によって生み出されたのが、ヒトに特有の「現代的な行動」である。
証拠として残る「現代的な行動の結果」
「虚構を信じて共有する力」や「象徴的思考」は証拠として残らないが、「現代的な行動」の結果は証拠として残る可能性がある。
具体的には、着色剤としての顔料や装飾品や彫刻、そして柄のついた道具(のような複雑な道具)などがある。ただし、これらは、ある時期に突然使われるようになったわけではなさそうだ。30万~3万年前のあいだのさまざまな時期に、アフリカのさまざまな地域で、断続的に発見されるからである。
言語については、はっきりしたことはわからないものの、数十万年から百万年という長い時間をかけて少しずつ発達してきた可能性が高く、現在のような複雑な言語が使われるようになったのは15万~5万年前とされている。
これらはユヴァル・ノア・ハラリの主張する認知革命に不利な証拠と考えられるが、一方で有利な証拠が存在することも事実である。公平のために、それらも紹介しておこう。
7万~3万年前に起きたこと
ユヴァル・ノア・ハラリのいう認知革命とは、宗教のような抽象的思考、言語の発達、大規模な協力などの関わる認知機能が、約7万~3万年前のあいだに進化したことを指しており、これは「現代的な行動」との出現と重なる概念である。
たしかに約7万年前には、接着剤を使っていくつかの素材を組み合わせた道具が見つかっているし、同じころには彫刻などの芸術品も現れる。また、約5万年前以降になると西アジアやヨーロッパで彫刻や絵画の数が増え、石器の加工技術も急速に進歩した。
これらの行動に象徴的思考が関係していることは確実で、たしかに約7万~3万年前に認知革命が起きたように見えなくもない。
象徴的な認知能力と現代的な行動の関係
ただ、ここで注意しなければならないことがある。「現代的な行動」をするためには「象徴的な認知能力」が必要だが、「象徴的な認知能力」があったからといって「現代的な行動」をするとは限らないということだ。
たとえば、21世紀の現在にも狩猟採集によって生計を立てている人々がいる。そういう人々が高度な数学を使うことはないだろうが、しかしその中には数学の天才がいるかもしれない。
そういう人々は、環境が変わってそれなりの教育を受ければ、高度な数学の論文を発表するようになるかもしれない。つまり、数学の論文を発表していないからといって、数学の天才でないとはいえないのである。
同じように考えれば、「現代的な行動」による考古学的な証拠が現れる時期と、「象徴的な認知能力」が進化した時期は、かならずしも一致しているとは限らない。
考古学的証拠が残るかどうかは、それらを作り出す認知能力があるかどうかだけではなく、それらを作り出せる環境や文化的な要因も関わってくるからである。
認知能力は少しずつ発達してきた
「現代的な行動」の考古学的証拠が増えるのは約7万~3万年前かもしれないが、それ以前からそういう証拠はときどき現れている。数は少なくとも「現代的な行動」の証拠があるということは、「象徴的な認知能力」がすでにヒトで進化していたということだろう。
おそらく「象徴的な認知能力」は、約30万~7万年前にアフリカで進化した可能性が高い。
その場合、環境や文化的な条件がそろえば「現代的な行動」が現れるが、そういう機会はあまり多くなかった。しかし、約7万年前以降になると、そういう機会が増えて、さまざまな「現代的な行動」が花開いたのだと考えられる。
この考えは、遺伝的な解析とも矛盾しない。「現代的な行動」はアフリカの外だけでなく中でも現れたが、もし「象徴的な認知能力」がアフリカの外で進化したとすれば、その遺伝的特徴がアフリカの外から中へふたたび流入して、アフリカ全体に広がらなくてはならない。
しかし、アフリカへの遺伝的な流入は、あったとしても限定的であり、アフリカ全体における「現代的な行動」を説明することはできないのである。
以上の結果から、ヒトが「象徴的な認知能力」を身につけたのは、アフリカを出る以前と考えるのが自然である。その能力は、ある時期に突然進化したわけではなく、アフリカにいるあいだに少しずつ進化していたのであろう。
心の進化を遺伝的に説明する
ここまではヒトの「象徴的な認知能力」の進化に焦点を当てて述べてきたが、これは河田雅圭の『心はどこまで進化したのか』の一面を紹介したに過ぎない。
この本の魅力は、心の進化を解明するために、脳神経科学、心理学、認知科学、考古学、人類学、動物行動学、進化生物学などさまざまな分野の成果を総合的に捉え、横断的に語っていくところにある。それを少しでも実感するために、最後に河田氏の研究の一端を紹介しよう。
河田氏が当時東北大学の学生だった佐藤大気氏と、精神疾患に関わるVMAT1という遺伝子を調べていたときの話である。
この遺伝子のある部位の塩基には変異があって、A(アデニン)の人とC(シトシン)の人がいる。そして、Cの人はAの人より不安を感じやすい傾向があることがわかっていた。
この部位は、人類以外の哺乳類ではAになっているので、ヒトも最初はAだったと考えられる。そこに突然変異が起きて、AがCに置き換わったヒトが現れ、自然選択によってCが増えていった。つまり、ヒトは不安を感じやすい方向へ進化してきたらしい。
さらに約10万年前になると、この部位がT(チミン)になる突然変異が起きた。Tになると、不安を感じにくくなる傾向がある。そして、約7~6万年前にヒトの一部はアフリカを出て世界各地に広がっていくが、そのアフリカを出た集団ではTが増えていったのである。新しい土地へ移動する集団では、不安を感じにくい人の方が有利だったのかもしれない。
これは一つの遺伝子の進化に注目した研究で、実際の進化はもっと複雑だろうが、それでも進化の一側面に光を当てていることは間違いない。まだ限定的とはいえ、心の進化の解明に新しい波が訪れていることを教えてくれるのが『心はどこまで進化したのか』という好著である。
〈本連載が本になりました〉
世界一シンプルな進化論講義 生命・ヒト・生物――進化をめぐる6つの問い
進化の驚くべきメカニズムと、複雑にも単純にもなりうる生物の多様な姿を解説します。



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