国防相と軍総司令官が大バトル!ウクライナ軍「内紛」の全真相

現代のロシア
国防相と軍総司令官が大バトル!ウクライナ軍「内紛」の全真相
AIがサマリーを生7月16~21日と、6日つづけてウクライナのキーウだけでなく、さまざまな都市で、「ミハイロ・フェドロフ前国防相を復帰させよ」とか、「オレクサンドル・シルスキー軍総司令官を解任せよ」といったデモが起きた(下の写真を参照)。これは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が命じた内閣改造の過程での出来事だ。21日になって、ゼレンスキーはシルスキーの解任決めた。ただし、22日にもキーウやリヴィウなどで、フェドロフ復帰を求める集会は開催されており、事態の完全な鎮静化には至っていない。成しています…

国防相と軍総司令官が大バトル!ウクライナ軍「内紛」の全真相

7月16~21日と、6日つづけてウクライナのキーウだけでなく、さまざまな都市で、「ミハイロ・フェドロフ前国防相を復帰させよ」とか、「オレクサンドル・シルスキー軍総司令官を解任せよ」といったデモが起きた(下の写真を参照)。これは、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領が命じた内閣改造の過程での出来事だ。21日になって、ゼレンスキーはシルスキーの解任決めた。ただし、22日にもキーウやリヴィウなどで、フェドロフ復帰を求める集会は開催されており、事態の完全な鎮静化には至っていない。

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(出所)https://novayagazeta.eu/articles/2026/07/18/ministr-oborony-personalnaia-problema-zelenskogo

1年前を思い出そう

まず、戒厳令が敷かれている渦中にあって、昨年7月にも反政府デモが展開されたことを思い出してほしい(2025年7月26日に公表した拙稿「ウクライナ各地でついに始まった「反ゼレンスキー」大規模デモ」を参照)。

このときゼレンスキー大統領は、自らの政党(「人民の下僕」[国民の僕])の議員らを使って、最高議会において、腐敗防止機関を検事総長の管轄下に移管する法案を可決させ、大統領自らもこれに署名した。ゼレンスキーは米国のドナルド・トランプ大統領が、かつて民主党によって設立された国家反腐敗局(NABU)および特別反腐敗検察局(SAPOないしSAP)を擁護することはなく、欧州諸国もいつものように沈黙を守るだろうと考えていた。

だが、この見通しは半分しか的中しなかった。トランプは確かに何も発言しなかったが、欧州は新法に強く反対し、支援の停止をちらつかせた。さらに、抗議活動もはじまった。  

その結果、ゼレンスキーは方針を転換し、NABUとSAPの権限返還に応じざるを得なかった。たが、これは彼にとって極めて深刻な結果をもたらした。同年11月、これらの腐敗防止機関が、ミンディッチやその他のゼレンスキーの側近たちをめぐるスキャンダルを大々的に取り上げはじめたのである。このため、「ゼレンスキー・ファミリー」による腐敗の一端が垣間見えるようになった(拙稿「「ミンディッチ」事件の全貌:ウクライナの汚職事件を解説する」に書いたように、ドローンやミサイルの開発・製造会社「ファイアポイント」をめぐる腐敗など、まだまだ数多くの腐敗が立件されないまま眠っている)。そして、腹心の部下である大統領府長官のアンドリー・イェルマークを解任せざるを得なくなった。

当然、ゼレンスキーは昨年と同じ轍(てつ)は踏まないように考えたに違いない。ごく大ざっぱにいうと、ウクライナによるロシアの製油所などへの長距離攻撃やクリミア半島と本土との交流分離といった最近の戦果を背景に、あるいは、今年6月のG7サミット、7月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議でのウクライナ支援の確約を得たことから、ゼレンスキーは自らの権限拡大を図ろうとしていた。具体的には、内閣の布陣を自分に忠実な人物で固め、昨年7月に失敗した腐敗防止機関の骨抜きを、今度こそ達成しようともくろんでいたと考えられる。

突然の首相交代の狙い

汚職問題に蓋(ふた)をするためには、ともかくNABUとSAPの権限を弱体化させる必要がある。そのためには、まず、自分に近い人物で重要ポストを固める必要がある。そう考えたゼレンスキー大統領は、昨年11月に解任したイェルマーク大統領府長官の子飼いであるユリア・スヴィリデンコ首相を更迭することにした。

ゼレンスキーは、スヴィリデンコが2021年11月以降、第一副首相兼経済相であったとき、2023年12月に、100%の株式が国に属する株式会社NAEK「エネルゴアトム」を設立し、その定款を承認したり、2024年1月に、ペトロ・コティンを株式会社NAEK「エネルゴアトム」の取締役会会長代行に任命したりする人事にもかかわり、同年6月、エネルゴアトムの監査役会の構成にも関与していたことを忘れてはないはずだ。つまり、リベート(キックバック)強要事件の舞台となったエネルゴアトムの経営形態を整えたのが彼女だったのだ。そのため、彼女にも捜査の手が伸びる可能性があった。加えて、自発的なアイデアで奔走しようとしない彼女にゼレンスキーは不満をかかえていた。

彼女に辞任を議会に申し出るように引導を渡し、ゼレンスキーは後任に、国営石油ガス会社ナフトガスの取締役議長(会長)セルゲイ・コレツキーを据えた。実際には、首相が辞任を最高議会に申し出て、7月14日、議会はこれを可決した。ウクライナの憲法および「ウクライナ内閣に関する法律」に基づき、首相の辞任は内閣全メンバーの辞任を伴う。後任のコレツキーは15日にゼレンスキーによって首相に指名され、16日、議会によって首相就任が承認された。

なお、コレツキーは「100%ミンディッチ派」とみられている人物だ(「Gazeta.ru」を参照)。いわば「ゼレンスキー・ファミリー」の片隅にいた「同じ穴の貉(むじな)」である。彼は「企業乗っ取り屋」(レイデル)として知られている。

「ストラナー」によれば、コレツキーの人生において、根本的に新たな段階がはじまったのは2022年末のことだった。彼はこの時、「ウクルナフタ」および「ウクルタトナフタ」の両社の取締役に就任したのである。この2社は、ユダヤ系の富豪イゴール・コロモイスキーと同じくユダヤ系富豪ヘンナジ・ボホリュボフ率いる「プリヴァト」グループから支配権が剥奪(はくだつ)され、事実上、国家によって国有化されていた。これは一部において、当局が軍事上の必要性や戒厳令の存在を口実に、実際に違法な国有化を試みたものと理解されている。コレツキーを「ウクルナフタ」に引き入れたのが、ミンディッチであったと言われている。

わかりやすくいえば、ゼレンスキーという「虎の威」を借りたミンディッチの指図に従って、実際に企業の乗っ取りを実行したのがコレツキーということになる。こうした人物を首相とすることで、ゼレンスキーはより自らの基盤を強化することにしたのだ。

国防相解任のドタバタ劇

だが、ゼレンスキーの思惑ははずれた。フェドロフ国防相の解任をめぐって、ドタバタ劇がはじまったからである。ゼレンスキーとしては、スヴィリデンコを首相の座から引き摺り下ろし、自動的に内閣総辞職となるなかで、フェドロフを国防相から退け、国防相ポストには自分に近いイゴール・クリメンコ内務相を就任させようと計画した。しかし、軍改革に賭けるフェドロフにとって、改革を前進させることこそ使命であり、フェドロフはゼレンスキーの提示した、別のポストへの異動を拒否した。

こうしてゼレンスキーの思惑ははずれてしまったのである。そればかりか、国防相と総司令官との抜き差しならない対立関係が暴露されてしまったのだ。

スヴィリデンコの辞任を議会が14日に承認したことで、全閣僚の自動的辞任が決まった。そこで、内閣改造が具体的に動き出す。15日には、前述したように、ゼレンスキーは首相にコレツキーを指名したが、同じ15日夕刻、ゼレンスキーは「人民の下僕」の議員たちの党会派会議に現れ、フェドロフが新内閣に入らないことを明らかにした(「ウクライナ・プラウダ」を参照)。

ゼレンスキーは、フェドロフとシルスキー(下の写真)との間でつづいている対立を、もはや容認できないと説明した。ゼレンスキーは、「彼らはまったく異なる世界に住んでいる」とのべたという。さらに、「国が戦争状態にあるなかで、国防省と参謀本部が互いに争うことを許すわけにはいかない。理想を言えば、両者とも交代させるべきだ。しかし、それを同時に実行することはできない」と、ゼレンスキーは議員たちに語った。

(出所)https://meduza.io/feature/2026/07/22/konflikt-mezhdu-ministrom-fedorovym-i-glavkomom-vsu-syrskim-privel-k-otstavke-oboih-a-ih-spor-pokazal-ukraina-stoit-pered-sudbonosnym-vyborom-puti-k-miru

さらに、ゼレンスキーは、フェドロフが約束していた動員制度の改革を実現できなかった点を指摘し、新国防相に指名する予定の当時の内務大臣イーホル・クリメンコなら、軍の人員募集システムを「整理できる」だろう、と強調したという。そう、この時点では、フェドロフに代わる国防相は、クリメンコが予定されていた。クリメンコは2023年2月に内務相に就任(それ以前は3年以上にわたりウクライナ国家警察を指揮)した。

だが、実際には、抗議運動を背景に、クリメンコは結局、国防相のポストに指名されなかった。17日になって、ゼレンスキーは、クリメンコを国家安全保障・国防会議[NSDC]事務局長に任命する意向を正式に発表した。強面のクリメンコでは、議会承認が困難との見方もあった。

そこで、ゼレンスキーは、ウクライナ保安局(SBU)の特殊作戦センター「アルファ」の責任者であるイェフゲン・フマラ(下の写真を参照)を国防相代行とすることを決定したのである。この人事によって、よりゼレンスキーに近いオレクサンドル・ポクラドをSBU長官代行に据え、NABUとSAPへの攻撃を準備する計画については先に説明した通りだ。

(出所)https://www.pravda.com.ua/eng/news/2026/07/20/8045040/

実は、昨年、ポクラドはすでに、国家反腐敗局(NABU)および特別反腐敗検察局(SAPOないしSAP)の指導者や主要職員に対する反撃作戦の中心人物として指名されていた(「ストラナー」を参照)。この作戦は「ミンディッチゲート」汚職スキャンダルの発覚直後に実行される予定だったが、当時SBU長官だったヴァシル・マリュクがこれを拒否したため、その後、今年1月に解任された。大統領の命令なら何でも遂行するポクラドがSBU長官に就任すれば、NABUとSAPへの打撃という問題が再浮上する可能性がある。このマリュク解任に伴って、ポクラドはSBU副長官から同第一副長官に昇格していた。

ゼレンスキーは、フマラを国防相代行に任命することで、彼をSBUから国防省に転籍させて、ポクラドをSBU長官代行とし、やがて長官ポストに据える計画なのだ。国防相としてのフマラの役割については、大統領の政治的意志に反することはないとみられている。

こうして、ゼレンスキーは言いなりになるポクラドの権限を強化し、それによってNABUおよびSAPに対する反撃の土台を築こうとしていると考えられる。それは、SBUが刑事事件を理由にNABUやSAPの幹部を拘束・逮捕・立件するといったかたちをとるかもしれない。

他方で、15日、フェドロフは国防省から去ることを認めながら、22の成果と三つの未達事項を明示した投稿をした。

フェドロフ国防相の怒り

この投稿の未達事項の最初には、「しかし、変革を妨げていた人々を、さらに断固として解雇すべきだった」と書かれていた。どうやら、国防政策上の対立があったことを示唆していた。16日、退任するフェドロフは記者会見を行い、ゼレンスキーによる自身の解任決定を公に批判した(下の写真を参照)。

(出所)https://strana.news/news/509016-fedorov-priznal-chto-predlahal-smenit-syrskoho.html

さらに、フェドロフはシルスキーを厳しく非難した。彼は、「このようなウクライナ軍総司令官と、このようなアプローチでは、ウクライナは戦争に勝てない」とのべた(「ストラナー」を参照)。彼は、「敵に非対称的に、最小限の犠牲で勝利したいのであれば」、シルスキーと参謀総長のアンドリー・フナトフの交代を提案したことを認めた。しかし、「実際、大統領がシルスキーを解任する予定はないとのべたのは、最高司令官としての決定だ。私もそれに同意し、彼と協力して仕事をするよう努めるつもりだ……しかし、我々のあらゆる取り組みが完全に封じ込められてしまった」――フェドロフは語った(別の「ストラナー」を参照)。

彼はシルスキーを、地域徴兵センター(TCKまたはTCC)改革の妨害で非難した。シルスキーは公の対立を避け、責任逃れをしないため、改革の停滞に関する非難に対して、半年間応答しなかったとのべた。「TCCはだれの指揮下にあるのか? 陸軍だ。そして陸軍は総司令官と参謀本部の指揮下にある」と、フェドロフは指摘した。

国防相VS軍総司令官

たしかに、フェドロフとシルスキーの対立が、今回の騒動の元凶であった。ここで、二人の対立点について整理してみよう。

最大の相違点は軍改革に対する姿勢である。フェドロフは迅速な改革実現を強く求めているが、シルスキーは改革に慎重姿勢をとっている。ただし、軍改革の中身まで精査してみると、フェドロフが推進している軍改革自体に大きな問題点があることがわかる。その意味で、フェドロフが「善」で、シルスキーが「悪」というわけではない。

国防省は6月12日、「国防軍の変革:新たな契約、兵役期間、給付金、および軍内での自動異動に関するすべて」を公表した。兵役に対する信頼を強化し、歩兵および戦闘部隊を強化することで最前線を維持するという優先事項のための第一段階の改革として、①明確な服務期間を定めた新しい契約、②支給額の増額、③契約終了後の延期措置、④「Army+」(ウクライナ国防省と参謀本部が共同開発した、軍人向けの公式スマートフォンアプリ)を通じた転属申請書の自動承認、⑤特別任務部隊からの復帰に関する新たな仕組み――についての包括的な改革が、6月15日から実施されることになった。6月12日付の内閣決議第768号に基づき、この試験的プロジェクトは2年間、すなわち2028年6月まで実施される(国防省のサイトを参照)。

市民は、ウクライナ軍およびその他の国防軍構成部隊での勤務に向け、新たな歩兵突撃、戦闘、および基本契約を締結することができるようになる。契約期間の規定では、すべての軍人に対し、6カ月から24カ月の期間で契約を締結する機会が設けられている。

戦闘職については、以下の期間が定められている。徴兵延期期間として、10カ月が現役軍人向け、14カ月が予備役の市民向け、6カ月以上が戦闘経験のある予備役の市民向けで、その他の職種については、24カ月の契約期間が設けられている。契約満了後、軍隊からの除隊が保証される。また、すべての契約兵は少なくとも6カ月間の動員延期を受ける権利を得る。

ただし、この新契約は評判がすこぶる悪い。なぜなら、現役の軍人は、新兵と同様に、契約を結ぶことしかできない。契約先は、歩兵・強襲部隊(現役兵は10カ月、新兵は14カ月)、あるいは無人機(UAV)・砲兵部隊、または後方支援部隊(いずれも24カ月)のいずれかである。つまり、現役軍人に対しては「除隊」の代わりに、後方部隊や無人機部隊でさらに2年間勤務するか、あるいは戦死する可能性が高い突撃部隊で10カ月間勤務することが提案されていることになる(「ストラナー」を参照)。

だが、いわば動員改革の目玉部分となる改革に対する厳しい批判が存在する。「この改革案は、明らかに実際の戦争とはかけ離れた立場の人々によって作成されたものだ。なぜ『歩兵・強襲契約』は歩兵、戦場医療兵、装甲車乗員のみを対象とし、『戦闘契約』は無人機オペレーター、電子戦要員、砲兵のみを対象としているのか? 改革派は、前線で何が起きているのか全く理解していないようだ」という声があるからだ。つまり、現実を知る者はつぎのように主張している(「ストラナー」を参照)。

「最前線には、最前線に必要な人々が配置されている。それは歩兵であり、医療後送部隊であり、電子戦部隊であり、無人機部隊であり、砲兵である。契約は、兵科に関係なく、何よりもまず最前線での滞在期間や、そこで何を行っていたかといった基準に基づいて割り当てるべきだ」

問題だらけの軍総司令官

他方で、シルスキー軍総司令官にも問題点がたくさんある。まず、現代のドローン戦争において、攻撃側の犠牲者は常に防御側よりもはるかに多いことを知ってほしい。つまり、ドローンを使いながら、占領地の拡大をはかっているロシア側の死傷者数が、防御するだけのウクライナ側より多いのは当然なのである。だが、ウクライナが攻撃に転じれば、必然的に死傷者は増加するだろう。

こうした前提に立つと、政治的に話題となった場所を、いつまで守りつづけるべきなのかという問題が生じる。攻撃に転じると、犠牲者が増える以上、すでにロシア側が優勢となった場所に固執しつつけると、犠牲者を増やすだけであり、撤退して後方防御に徹するほうが合理的だという主張が可能だ。

あるいは、有名になった激戦地を反撃して取り戻そうとすればするほど、死傷者が増えてしまうだろう。たとえば、ポクロフスクの郊外だけでも奪還しようとする試みは、多大な犠牲を払っただけで、何の成果も生み出さなかった。こうした戦術にこだわったのはシルスキーであり、その背後には、政治的プロパガンダで西側から軍事支援を得ようとしてきたゼレンスキーであった。

「ストラナー」によると、昨年、シルスキーは、一部の指揮官が「攻撃は自殺行為だ」と主張して命令の遂行を拒否するという事態に直面した。これは、絶え間ない「反攻」への反発を意味し、「あの拠点を取り返してこい」という、シルスキーが繰り返してきた命令と思われるフレーズは、すでに「ミーム」(SNSなどで拡散される面白い言葉)となっている。

こうした動きに対抗するため、シルスキーは「突撃部隊」を創出した。「キーウ・インディペンデント」は、突撃部隊を地上軍の独立した部隊として、「事実上、彼個人の指揮下」に置いたと書いている。この新たな部隊は、動員された兵士の大部分(場合によっては月に最大1000人)を配属されるという恩恵を受けた一方で、通常の機械化旅団に配属される兵士数ははるかに少なかった。

しかも、「突撃部隊(とりわけシルスキーが寵愛した第425突撃連隊「スカラ」[2025年1月、スカラ大隊の一部を第425突撃連隊「スカラ」に改称、同年8月、「スカラ」から「スケリア」へと改称])は、動員兵に対する残忍な扱いや、洗練を欠いた蛮力による攻撃で悪名高く、その結果、ウクライナ軍側に多大な犠牲者が出ることも頻繁にあった」という。

「スケリア」は、部隊内での暴力、虐待、強制的行為に加え、戦場における兵士の無駄遣いでも、軍内ですでに悪名高くなっている(「キーウ・インディペンデント」を参照)。今年6月、ウクライナのメディア「バベル」による調査で、基礎訓練中に死亡した兵士が26名に上ることが明らかになり、批判を受けた。「スケリア」の指揮官は停職処分となったものの、これ以上の責任追及は今のところ回避されている。一方、シルスキーが「スケリア」を直接後援していたことが、最高司令官に対するさらなる批判を招いた。

消えた愛国者たち

ここで重要なのは、「現実」を知るという視角である。すでに、突撃部隊による強襲作戦における莫大な犠牲者数が出るという認識は、ウクライナ人ならだれでももっている。きわめて理想に燃える者たち以外、自ら進んで戦争に参加しようとする者がほとんどいないという状況を生み出している。しかも、現実には、そうしたナショナリストは、もはやほとんど残っていない。

ゆえに、手近にいる者たちを強襲に送り出さざるを得ない。それゆえ、彼らに前進させるためには、指揮官たちは古来より行ってきたことをせざるを得なくなっている。兵士たちを、残酷な処罰を恐れてどんな命令でも無条件に遂行する、軍事機械の歯車へと変えてしまうのだ。

だからこそ、ウクライナは突撃部隊に外国人傭兵(ようへい)を投入しようとしている。しかし、だれでも命を落としかねない状況になっている以上、軍改革で多少給与を引き上げても、兵員を集めることは難しくなっている。

たとえば、7月19日付の「キーフ・インディペンデント」は、「2024年半ばまでに、歩兵の任務に自発的に志願する者はほとんどいなくなり、陸軍の責任であるウクライナ人男性の動員そのものがますます強制的なものとなり、徴兵担当官が街頭から人々を引きずり出し、待機中のバスに押し込む光景がますます日常的なものとなった」と書いている。

軍総司令官解任という決断

6日間も数千人の人々がフェドロフの国防相復帰とシルスキー軍総司令官の解任を求めて抗議活動をつづけたこともあって、ゼレンスキー大統領は7月21日、シルスキー解任を決めた。同日、彼は演説のなかで、「ミハイロ・ドラパティをウクライナ軍の新総司令官に任命することを決定した」とのべた(下の動画)。フェドロフが要求していたように、シルスキーだけでなく、参謀総長のアンドリー・フナトフの解任も決まった。

シルスキー軍総司令官の後任には、ウクライナ軍統合部隊司令官のミハイロ・ドラパティをあてる。彼は、フェドロフ国防相の解任後、「軍隊には変化が必要だが、正義がなければ、軍隊が毎日戦争に従事している人々にとって、変化は意味をなさないだろう」とFacebookに投稿し、フェドロフ支持を表明した猛者である。

それだけではない。今年1月3日、先に紹介した、彼はゼレンスキーが準備を進めていたウクライナ保安局(SBU)長官マリュクの解任に、反対をFacebookで表明した。「マリュクはまさにその位置にいるべきだ」と書いたのである。

(出所)https://www.youtube.com/watch?v=hDVIrYfyd4g

ゼレンスキー大統領は演説のなかで、陸軍の指揮系統を近代化するためのすべての優先事項と方針について分析が行われた結果として、総司令官と参謀本部の再編方針を決定したと説明した。ドラパティと共に、「近い将来および中期的に遂行すべき任務を決定した」とし、ウクライナの長期的制裁計画および「ミッドストライク」プログラムは、絶対的な精度をもって実行されると強調した。さらに、「最優先事項は、ロシアの攻撃からわが国の空域を最大限に防衛し、動員プロセスに対する具体的なビジョンを示すことである」とのべた。

最後に、ゼレンスキーはこの日(21日)、ミハイロ・フェドロフとも会談したことを明らかにした。「私はミハイロに対し、わが国の技術力を結集し、その継続的な発展を確実にするための、ふさわしい指導的地位を提案した」という。その結果については、この演説では明らかにしなかった。

それでも収まらない市民たち

21日にシルスキー総司令官を解任し、ドラパティを同職に、フナトフ参謀総長を解任しイーホル・スクビューク(シルスキーがクルスク作戦の失敗の責任を問い、弾圧されていた元空挺攻撃部隊司令官)を同職に任命することで、ウクライナ軍に対するフェドロフの要求はかなえられたかにみえる。

しかし、22日になっても、フェドロフの今後の去就については何も報道されなかった。こうしたなかで、あくまでフェドロフの国防相復帰を求める集会がキーウやリヴィウで開かれた(下の写真)。24日には、大規模な全国集会が予定されている。

(出所)https://t.me/stranaua/242558

ただ、ゼレンスキー大統領はフェドロフの国防相復帰を認めるつもりはないようだ。もしそうすれば、市民の反対運動に屈したことを意味することになり、今後の政権運営上、思い切った政策がとりにくくなるからだ。とくに、昨年7月、NABUとSAPを検事総長の管轄下に移行する法案をいったん成立させながら、国民による反対と欧州諸国からの圧力で無効にせざるをえなかった経験と合わせて考えると、再び要求を呑めば、もはや大統領の権力が大幅に狭められるに等しいことになりかねない。

とはいえ、ゼレンスキーが重視しているのは、あくまで欧州諸国の出方だ。なぜなら、米国によるウクライナ支援が大幅に先細りするなかで、軍事支援でも財政支援でも、頼みの綱は欧州だからだ。現段階で、欧州側が21日までのゼレンスキーの人事に満足しているのか、それともあくまでフェドロフの国防相復帰を求めているのかは判然としない。

ただ、ここで説明したように、本当は、ゼレンスキーは自らの仲間の訴追捜査を緩めたり、停止させたりする目的で、NABUやSAPの権限強化を求める欧州の動きを封じ込めるための内閣改造をもくろんでいたに違いない。だが実際には、その思惑は実現しなかった。 

それでも、ウクライナ保安局を使って、NABUやSAPを攻撃するための突破口となるポクラド長官代行を実現することには成功した。その意味で、ゼレンスキーは当初の目論見をあきらめたわけではない。

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