
「ウクライナ軍優勢」は本当か…西側メディアも報じているドンバス地域の危機・その実態

7月7日からトルコのアンカラで、北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議が始まる。この会議につられるように、ウクライナが善戦しているとの情報が「西側」のマスメディアに溢れている。なかには、米国務省のジェレミー・レヴィン外務援助担当次官のように、「現時点では、ウクライナが戦争で優勢を保っている状況にある」とのべる者まで現れている(Unn.uaを参照)。
だが、本当は、ウクライナは苦戦しており、少なくともドンバスの支配地域を死守するのは難しそうだ。
「ウクライナ善戦」の報道攻勢
7月2日付のThe Economistは下図を掲載し、「ウクライナ側が『ドローン戦争で優勢だ』と主張していることは、一部はプロパガンダであり、一部は事実である」と報じた。6月25日にウォロディミル・ゼレンスキー大統領がソーシャルメディアを通じて、ロシアに和平交渉を「強いる」ための新たなドローン攻撃の拡大を発表したことに注目し、ウクライナはロシア国内の製油所を爆撃しており、12以上の地域でガソリンの配給制を余儀なくさせている、と指摘している。さらに、クリミア半島への道路、橋、鉄道、フェリーに対する攻撃は、大規模な軍事部隊が駐留するこのロシアに併合された半島に対し、機能するための手段を断ち切っているとした。
この情報は、多くの欧米諸国で報道されている、いまのウクライナの善戦をめぐるニュースである。だが、これを伝えるだけでは、ウクライナ戦争全体の戦況を誠実に報じていないことになる。親ウクライナの立場からプロパガンダを流しているにすぎない。
本当は、図からわかるように、ウクライナがかろうじて死守しているドネツク州の北西部のスロヴャンスク(スラヴャンスク)、クラマトルスク、コスチャンチニフカ(コンスタンチノフカ)の情勢が悪化しているのだ。The Economistは、「一方、ドンバスでは、事態は決して楽なものではない」と書いている。
クリミア半島の停電
この全体像を頭に置きながら、戦況についてみてみよう。ウクライナのミハイル・フェドロフ国防相は、クリミアをロシアからの物資供給から、ひいてはモスクワの支配からもドローンを活用して孤立させているとして、「近い将来、クリミア半島は島にようになる」と6月24日にインタビューで語った。現に同日、ウクライナ軍によるクリミア半島への一連の攻撃を受け、セヴァストポリでは全面的な停電が発生した(「コメルサント」を参照)。
さらに、26日になって、ウクライナによる激しいクリミア半島への攻撃で、「クリミア共和国」のトップ、セルゲイ・アクショーノフは同日に公開されたビデオ声明で非常事態宣言を発令した。セヴァストポリ市のミハイル・ラズヴォジャエフ市長と共同で、クリミア共和国およびセヴァストポリ市において地域的な非常事態体制を導入する命令に署名することが決定されたと説明した。
ただし、この決定は、何よりもまず経済的な問題を整理するために下されたもので、非常事態の法的体制により、住民の生活維持に不可欠なあらゆる分野の安定的な機能確保に向けた課題を、可能な限り迅速に解決することが可能となるという。クリミアの観光業への打撃が懸念されている。
加えて、ロシア国内の製油所攻撃によって、クリミアだけでなく、ロシア国内の各地でガソリン供給に厳しい制約が生じている(下図を参照)。このようにみてくると、ウクライナが勝利する可能性がある以上、NATOはウクライナへの軍事支援を継続すべきだという論調を強めることになるのかもしれない。
(備考) 当局が販売に関する制限を導入済み 燃料不足を認知 個別ガソリンスタンド側での販売制限 住民や目撃者の報告によると、不足が生じている
7月2日付の「ニューヨークタイムズ」(NYT)は、クリミアについて、(1)クリミアでは、数千人が長期にわたる停電に見舞われ、日常生活が崩壊しつつある、(2)ウクライナ軍は、黒海や、クリミア半島と本土のロシア占領下のヘルソン州を結ぶ地峡にある船舶に対して、頻繁に攻撃を仕掛けており、実質的に出入りできるルートは、ケルチ海峡大橋ただ一つしかない――などを理由にして、ロシアへの戦争終結圧力になっている、と報じている。
だが、同日付の別のNYTの記事は、キーウに対するドローンやミサイルによる攻撃で、市内の複数の住宅ビルが被害を受け、少なくとも27人が死亡したと報じた(下の写真を参照)。7月2日の夜明け前、爆発音が轟き、ウクライナの首都上空には濃い煙が立ち上り、地元当局によると、5万人以上が市内の地下鉄駅に避難し、数万人が地下室やガレージ、あるいは自宅の仮設避難所に身を隠したという。
さらに、「ウクライナ空軍によると、ロシアは今回の攻撃で74発のミサイルと476機のドローンを発射し、その主な標的はキーウだった。この集中攻撃には、パトリオットシステムでしか迎撃できない弾道ミサイル28発も含まれていたと付け加えた」、とも書いている。
(出所)https://strana.news/news/508245-chto-izvestno-ob-atake-kieva-2-ijulja.html
ロシア軍の夏季攻勢
「まともな専門家」が注目しているのは、先に紹介したドネツク州北西部である。一部地域の戦況が悪化しているからである。下図は、7月2日現在のドネツク州の戦況を米国の戦争研究所が公表したものである。激戦がつづいていることがわかるだろう。
問題は、現在、スロヴャンスク、クラマトルスク、ドルジキフカ(ドルジコフカ)、コスチャンチニフカへとつながる防衛線が突破されつつある点だ。その深刻さは、つぎの1年前のNYTの記事の記述から理解できる。それは、「ウクライナ軍、東部戦線で防衛ラインの維持に苦戦 キエフは、ロシアのドローン攻撃からコスチャンチニフカを防衛している。激戦地となっているこの都市は、ドネツク州におけるウクライナの最後の主要防衛拠点への玄関口となっている。」というタイトルの記事だ。
NYTは、コンチャンチニフカが「ドネツクにおけるウクライナの最後の主要な防衛地帯を形成する一連の都市群への南側の玄関口となっている」と紹介したうえで、つぎのように書いている。
「もしこの都市が陥落すれば、さらに北にあるほぼすべての都市がロシアのドローンの射程圏内に入るだろう。これにより、モスクワはかねてより目指してきたドネツク全域の制圧という目標に一歩近づくことになる」
別のメディアの報道もある。調査報道、鋭い分析、そして確固たる編集の独立性で知られるロシア語の独立系ニュースメディアであるMeduzaの6月25日付の記事「ロシア軍は、ドンバスにおけるウクライナ防衛の主要拠点に接近した。 ウクライナ軍はこの攻勢を食い止められるだろうか?」では、その冒頭で、つぎのように記述している。
「ロシア軍の夏季攻勢は、最初の大きな成果を上げた。6月初旬には進軍ペースが鈍かったものの、月末までにロシア連邦軍は主攻方向において重要な戦術的目標を達成した。彼らは、クラマトルスクとスロヴャンスクの都市圏に対し、3方向から同時に進軍することに成功した。具体的には、クラマトルスクの南に位置するコスチャンチニフカ市の大部分を占領し、北ドネツ川の南側でウクライナ軍の防衛線を突破してスロヴャンスク方面へ進み、さらに同川の北側にあるリマン市の攻略を開始した」
防衛線は、要塞都市と塹壕(ざんごう)によって鉄壁の防衛の役割を担っている。だが、これが打破されてしまうと、ドネツク州のウクライナ支配地域があっという間に占領されてしまう公算が大きくなる。
制空権はロシアが握っている
たとえば、6月26日付の「ル・モンド」は、「ウクライナのドンバス後方地域、スロヴャンスクからクラマトルスクにかけては、ロシアからの絶え間ない圧力にさらされている」と報じた。同紙は、「2022年2月の侵攻以前、スロヴャンスクと、その近隣にあるクラマトルスク、ドルジキフカ、コスチャンチニフカの3都市は、合わせて35万人以上の住民を擁する都市圏を形成していた」と説明している。しかし、いま、この地域が危機的な状況にあるというのだ。
この惨状をより具体的に伝えているのは、6月22日付のNYTである。ドルジキフカはすでに廃墟と化しており、スロヴャンスクには、4月、ロシアは3000ポンド(約1.36トン)の爆弾を使用し、ほぼ一区画を丸ごと吹き飛ばしたという。スロヴャンスクの地元当局者によると、4月までに毎週約1000人が同市を離れ、同市の人口は、3月の約5万人から4万4000人未満にまで減少したという。
ただし、アメリカ・ワシントンD.C.にある国際問題・安全保障の超党派政策シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)は7月1日に公表した報告のなかで、「2026年前半、ロシアは攻撃の主力を「要塞地帯」――ウクライナのドネツク州防衛の要となる、強固に要塞化された都市群――に集中させた」と指摘したうえで、「2025年8月上旬から2026年6月上旬にかけて、ロシア軍はコスチャンチニフカに向けて攻勢を強め、同市の郊外までおよそ16キロメートル前進した。これは1日あたり平均約50メートルのペースに相当する」とした。さらに、「その北側の近隣では、ロシア軍がスロヴャンスクに向けて進軍し、2025年12月下旬から2026年6月上旬にかけて約15キロメートルを進み、1日あたりの平均進軍速度は約90メートルであった」という。
前述した6月22日付のNYTも、「モスクワがトレツクを制圧するのに18カ月、同地域の別の都市であるポクロフスクを制圧するのに22カ月を要した」から、現在の進軍ペースでは、クラマトルスクやスロヴャンスクおよびドネツク州の残りの地域を制圧するには「数年を要するだろう」とも指摘している。だが、コスチャンチニフカもスロヴャンスクも、高度に要塞化した都市であり、「ロシアは都市を制圧しなくても、それらを壊滅させることができる」とNYTはのべている。
6月23日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、軍事にかかわる大学の卒業生たちと面会し、歓迎式の後、シャンパンを片手に、現在の状況について話すなかで、「我々の部隊は現在、コンスタンチノフカ(コスチャンチニフカ)にほぼ到達しつつある。しかし、そこではまだ地下室に誰かが潜んでおり、身を隠して反撃をつづけている」と語った(「コメルサント」を参照)。さらに、6月28日、ジャーナリストの質問に回答するインタビュー形式で、プーチンはコスチャンチニフカ市の解放をめぐり戦闘をつづけている南部軍集団の戦闘活動について、「この都市の96パーセントは我々の掌握下にある」とのべるまでになっている。
つまり、ロシアは短期間に、ウクライナが支配するドネツク州の一部を壊滅させることが可能な状況になっているというのである。それは、ウクライナがドネツク全体を失いかねない瀬戸際にあるということを意味している。
もっとも、2025年7月7日付のNYTの記事は1年ほど前の状況下で、「ロシアが上空を支配しているため、戦前の人口が7万人だったコスチャンチニフカにまだ住んでいる数千人の市民を避難させることはますます難しくなっている」と報じていた(2026年5月25日付のNYTの情報)。この記事によると、コスチャンチニフカには、戦前約6万7000人の住民がいたが、今年1月までに、その数は約2000人まで減少。つまり、「よく1年ももちこたえた」と評するほうがより現実的かもしれない。
ウクライナ側の喪失
いずれにしても、一部の地域で、ウクライナ軍が攻勢に出ているのは事実であっても、もっとも重要な戦闘地域で苦戦を強いられているというのが現実なのである。6月14日の段階で、ロシア国防省は、「ドネツク人民共和国のコンスタンチノフカ(コスチャンチニフカ)という集落において、「南部」軍集団の各部隊が急速に前進したため、キエフ(キーウ)政権は避難を開始せざるを得なくなった」と発表済みだ。「2026年6月14日現在、クラマトルスクの重工作機械工場の主要な生産設備と従業員3500人が、同市からウクライナ西部のいずれかの地域へすでに搬出されている」と声明には記されている。
同省によると、ウクライナ当局は緊急措置として、ウクライナ軍の装甲車両の修理・修復を専門とするノヴォクラマトルスク機械製造工場の避難準備も進めている。そのほか、 ウクライナ軍の大口径砲用砲身を製造しているスタロクラマトルス機械製造工場、および冶金、造船、核発電所向け設備を製造する企業「エネルゴマシスペツスタリ」の避難準備も急ピッチで進められているという。
さらに、「このように、キエフ政権は、西側の聴衆に向けた戦況の近いうちの好転に関する大げさな声明にもかかわらず、コンスタンチノフカ、ドルジコフカ、クラマトルスクの喪失を認識しているだけでなく、近い将来にこれらを失うことに積極的に備えており、その後にスラヴャンスク・クラマトルスク都市圏全体の喪失がつづくことになる」、と声明には記されている。
避難するウクライナ
ここでの記述は、決して大げさなものではない。親ウクライナ、親欧米のThe Economistでさえ、6月11日付で記事「ウクライナは産業の中心地を西部へ移転させている」を掲載している。最初の段落で、「ロシア軍の主攻勢に直面している最前線の都市クラマトルスクでは、楽観的な見方はほとんどみられない」と記し、ロシア軍部隊が「同市の郊外から14kmの地点まで迫っており、残されたものをすべて破壊している」とまで書いている。
このため、1000km以上離れたカルパティア山脈の麓、「ニュー・クラマトルスク」(地名はペレチン)への避難作戦が進行中だという。「クラマトルスクの機械製造の旗艦企業であるNKMZは、つい先日閉鎖を発表し、従業員の解雇や転勤を進めている」と紹介されている(下図を参照)。
ロシア側の情報では、6月9日、ウクライナ当局は、クラマトルスクとスロビャンスクの一部の地区から、子供連れの家族の強制避難を明らかにした。
このようにみてくると、NATOサミットでウクライナへの追加軍事支援を約束されようと、本当は、ドネツクでの敗走が間近に迫っていると指摘しなければならない。そうであるならば、「西側」はなぜ戦争を継続させようとするのだろうか。戦争継続派は情報操作によって、ウクライナに代理戦争をつづけさせて金儲けに専心しようとしているようにみえてくる(どうか拙著『ウクライナ3.0 米国・NATOの代理戦争の裏側』を熟読してほしい)。



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