
JOG(1476) 感動・感謝・志を生む歴史教育 ~「主体的・対話的な深い学び」を
「社会をよりよくするため」と志す青少年が、主要先進国よりも段違いに低い現状から脱却するために。
■1.「社会をよりよくしよう」と志す青少年の率が段違いに低い日本
伊勢: 花子ちゃん、この間、興味深い統計を見たよ。こども家庭庁の調査で、「社会をよりよくするため、私は社会における問題の解決に関わりたい」という質問に「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と答えた青少年の比率を見ると、日本は43.3%なんだ。ドイツ73.7%、スウェーデン64.0%、アメリカ59.1%、フランス58.9%に比べると、日本が段違いに低いのがわかるだろう。
花子: えっ、日本だけそんなに低いんですか!
伊勢: そうなんだ。日本の青少年が「社会をよりよくしよう」という志をあまり持っていないのは、大きな問題だと思う。これは教育基本法や学習指導要領で定められた教育の目的や目標が、あまり達成されていない、という実態を示す事実だと思う。そもそも教育基本法の前文にはこう書いてある。
__________
個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
この教育基本法は、占領期間中に定められたものが、平成18(2006)年、第一次安倍政権で見直されたものだけど、その際に「公共の精神を尊び」とか「伝統を継承し」という言葉が加えられている。「公共の精神」とは国家社会の横軸であり、「伝統」とは縦軸だから、あわせて「国家社会の中で生きる人間」という人間観が打ち出されたんだね。
この人間観をベースとして、学習指導要領の地理歴史編(中学、平成29年)では、「グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の形成者」を育てることが目標とされている。
花子: へー、そんな目的や目標があったんですか? 中学校で歴史の授業を受けていても、あまりそんな目的や目標は感じませんけど。
伊勢: そう、そこに現在の歴史教育に根本的な問題があると私は考えている。よく歴史教育での偏向教科書の問題が議論されているけど、その前に歴史教育は「国家社会の形成者」を育てるためのもの、という点がないがしろにされていることが一番の問題だと思う。
■2.大事なのは「国家社会の形成者」への志
伊勢: では、花子ちゃん、「国家社会の形成者」になるには、何が必要だと思う?
花子: うーん、やはり知識や能力が必要なんじゃないでしょうか。
伊勢: それも大事だね。でも、いくら能力や知識があっても、「平和で民主的な国家及び社会」を築こうという志のない評論家では何にもならない。逆に、志さえあれば、必要な能力や知識は自分から積極的に学んでいくはずだ。つまり、青少年の「国家社会の形成者」になろうとする志を伸ばすことこそが、歴史教育の第一の目的なんだ。
花子: なるほど、志が先なんですね。でも、私たちがそんな志を育てるには、どうしたら良いのですか?
伊勢: 具体例で考えてみよう。たとえば、ある中学の歴史教科書は、日露戦争を「韓国・満洲利権をめぐる帝国主義国家どうしの争いであった」と説明している。何の根拠も示さず、結論だけを頭ごなしに教えているんだ。
花子: そういうのが普通の歴史教科書だと思っていましたけど、、、
伊勢: 学習指導要領では、「望ましい問いの例」として、こう示されている。
__________
「当時の人々はなぜそのような選択をしたのだろうか」(現代とはどのような異なる時代背景があったと考えられるだろうか)
「このことで何を変えようとしたのだろうか、何が変わったのだろうか、何が変わらなかったのだろうか」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
たとえば自由社の日本史教科書では、日露双方の戦力を比較して、総兵力で日本が約20万人に対してロシアは約207万人と10倍以上、海軍艦船の総トン数では日本が約26万トンに対してロシアは64万トンと倍以上、というデータが示されている。これだけの戦力差があって、果たして日本が利権目当ての戦争を仕掛けるだろうか?
花子: 確かに、そんな大きな差があったら、利権のために戦争を始めるとは考えにくいですね。
■3.感動・感謝から伸びる志 ~ 深い学び
伊勢: 日露の圧倒的な戦力差を前に、当時の人々はなぜ、開戦という選択をしたのだろうか? 当時の指導者・伊藤博文のこんな声を聴いてみよう。
__________
今度の戦に就(つ)いては、陸軍でも、海軍でも、大蔵でも、日本が確実に勝つという見込みを立てている者は一人もない・・・
しかし打捨てて置けば、ロシアはどしどし、満洲を占領し、朝鮮に侵入し、遂には我が国家までも脅迫するに至る。
事茲(ここ)に至れば、国を賭しても戦うの一途あるのみである。成功・不成功などは眼中にない。(渡辺幾治郎『明治天皇 下』)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
伊勢: この伊藤博文の言葉を、今時の歴史教科書風に書いたら、こんな感じになるだろう。
「日本の何倍もの兵力を持つロシアの南下に対し、我が国は独立を守る為に、勝利の見込みもないまま宣戦布告に踏み切りました」
さっきの伊藤博文の言葉と比べてみると、どう感じる?
花子: 伊藤博文の言葉の方が、ずっと胸に迫ってきます。当時の人々は、そういう決死の覚悟でロシアの南下から日本を守ってくれたのですね。そのように国のために立ち上がった人々の思いを想像すると感動します。同時に感謝の気持ちが湧いてきます。
伊勢: そう、そういう先人たちの思いに触れたら、花子ちゃん自身はどう生きたらいいと思うかな。
花子: ご先祖様たちが私たち子孫のために、決死の思いで国を守ってくれたのですから、恩返しに私も何か自分でできることをしなければ、と思います。
伊勢: そう、それが「国家社会の形成者」となるための「志」なんだ。先人の生き様に「感動」し、その行いに「感謝」し、そこから自分自身の「志」を育てる。その「感動・感謝・志」を通して、「国家社会の形成者」が育っていく。そう学んでこそ「社会における問題の解決に関わりたい」と志す子供の率が上がるはずだ。
■4.なぜ人物の物語は心に迫ってくるのか?
伊勢: 今の例で見たように、論理的客観的な文章は脳にしか訴えないけど、具体的な人物の気持ちは我々の心に迫ってくる。
これにはちゃんと理由がある。人間の脳にはミラーニューロンという神経系統があって、他者の感情を鏡に映すように、自らも共感する働きをする。他者の喜び、悲しみ・苦しみに共感し、喜びは増やしたい、悲しみや苦しみは軽減したいと思うのが利他心だ。人間は生まれながらに利他心を本能として持っている。
花子: ミラーニューロンって初めて聞きました。他者の思いに共感する仕組みが脳に備わっているんですね。
伊勢: そうなんだ。具体的な人物がどういう思いで、どういう行動をとったか、その「物語」に、我々はミラーニューロンを通じて共感する。これが共同体の中で、我々が思いやりを働かせたり、利他心で助け合ったりするメカニズムなんだ。それによって伊藤博文の言葉に我々は共感し、感動する。そこから感謝と志が芽生えてくる。
花子: つまり、論理的な説明だけの教科書では、知識は増えても感動も感謝も生まれない、ということですか?
伊勢: そう、その感動と感謝から志が生まれるんだね。私がやっている歴史人物学習館では、青少年が歴史上の人物の声を聴いて、その物語から感動、感謝、志を抱くことを目的にしているんだよ。それに対して、今の歴史教科書は歴史研究者たちが、歴史を客観的な知識として教えようとしているから、無味乾燥な知識の詰め込み教育となってしまい、面白くない暗記物となってしまうんだ。
花子: 確かに、歴史の授業って暗記ばかりで、あまり面白いと思えないことが多いです。
伊勢: 研究者が知的作業として行う歴史研究と、青少年の感動・感謝・志を伸ばそうという歴史教育との違いが、明確になっていないんだ。青少年の感動・感謝・志を伸ばす歴史教育こそ、教育基本法と学習指導要領が目的・目標とする「国家社会の形成者」を育てることができる。
花子: 先人たちの思いに共感することが、自分たちの志につながっていくんですね。そんな歴史なら、私も学びたいです。
■5.「主体的な学び」で、子供は自分から積極的に勉強して成績もよくなる
伊勢: 学習指導要領では、「国家社会の形成者」を育てるための教育方法として「主体的・対話的で深い学び」という方針が示されているけど、子供たちの「感動・感謝・志」を伸ばすことこそ、「深い学び」だと思う。
花子: 「主体的・対話的、、、」ちょっと難しい表現ですね。
伊勢: 「主体的・対話的な深い学び」の「主体的」というところも説明しておこう。志が伸びれば、勉強にもやる気が出て、成績も上がっていく。教育心理学でこんな研究がある。小中学生を勉強への動機から4つのグループに分け、それぞれの成績の平均をとった。
__________
・低動機: 勉強への動機づけがあまりされていない生徒たち
成績 小学生3.46 中学生3.08
・他律的動機: 叱られたくない、褒められたい、ご褒美が欲しい、、、
成績 小学生3.80 中学生3.54
・自律的動機: 勉強が面白い、夢を叶えたい、役に立つ人になりたい
成績 小学生4.13 中学生4.18
・高動機: 他律動機と自律動機の両方を持っている
成績 小学生4.00 中学生3.92 [外山]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
伊勢: 低動機よりも、他律的でも動機があった方が成績が良くなるのは当たり前だね。面白いのは、他律的動機よりも自律的動機の方が成績が高いこと。「褒められたい」「ご褒美がほしい」という他律的動機よりも、「勉強が面白い」「夢を叶えたい」「役に立つ人になりたい」という自律的動機を持っている生徒は、もっとも成績が高かった。
花子: なるほど、自分の中から出てくるやる気の方が強いんですね。でも、他律的動機と自律的動機の両方を持っている高動機グループが、自律的動機だけのグループより成績が低いのは、なぜなんでしょうか?
■6.「良い会社に入りなさい」より「世の中の役にたつ人間になりなさい」
伊勢: そこが興味深いところだ。実は、他律的動機は自律的動機を抑制してしまう効果を持つと、教育心理学の実験で示されている。外からの報酬が、心の中からの動機を邪魔してしまうのだね。
花子: じゃあ、「良い学校に入り、良い会社に行くために勉強しなさい」などという言い方は、あまり良くないんですね。
伊勢: まさにそういうことだ。そういう外発的動機づけよりも、「自分が興味のある勉強をとことんやって、それで世の中の役に立つような人間になりなさい」という内発的動機づけを図るべきなんだ。それが「主体的な」という意味だと私は考えている。
また別の研究では「夢を持つ」という内発的動機を持った子供の方が、よく勉強し、よく本を読み、授業外の勉強もし、挫折や失敗があっても回復力が強い、という調査結果も得られている。[Kashiwabara]
花子: 夢や志があると、失敗しても、それを乗り越えられるのですね。それは不登校の問題にも効果がありそうですね。
伊勢: そうなんだ。しかも、志を持てば、よく勉強して成績も良くなり、その結果ますます勉強が面白くなる、という善循環が働くという研究結果もある。これも「主体的」な学びの効用だね。
■7.「対話的」な学びの効用
伊勢: もう一つ、「対話的な学び」についても話しておこう。文部科学省はこう説明している。
__________
子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ、自己の考えを広げ深める[文部科学省]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
伊勢: 一人で学ぶより、子供たちどうしで話し合ったり、先生との対話を通じて学ぶ方が、学習効果が高いことは、すでに多くの学習心理学の研究で示されてきた。先生と生徒、生徒どうしの対話では、自分が考えたことを自分で説明しなければならず、それによって自分の理解も深まるからね。
花子: 確かに、友達に説明しようとすると、自分がどこをわかっていないか、よくわかりますよね。

伊勢: この点で、「韓国・満洲利権をめぐる帝国主義国家どうしの争いであった」というような頭ごなしの説明だけでは、一方的な知識や考え方の押しつけで、これでは子供どうしの語り合いもできず、全く「対話的」でない。
それに対して、当時の日露双方の戦力比較のデータを示したり、伊藤博文の言葉を聴けば、子供たちも対話的に自分の考えを語り合うことができる。特に先人の声に耳を傾けるということも、歴史における「対話的な学び」の重要な手段であると言って良いだろう。
歴史人物学習館では将来、伊藤博文との対話をAIでできるようにして、たとえば「わしはこんな風に思ったけど、君ならどうする?」などと問いかけて、先人との対話的な学びの仕組みを実現したいと考えている。
花子: AIで先人と対話できるなんて、すごいですね。それなら歴史をずっと身近に学べそうです。
伊勢: 結論として「韓国・満洲利権をめぐる帝国主義国家どうしの争いであった」などと頭ごなしに説く今までの歴史教科書は、内容が19世紀のマルクス主義で偏向しているだけでなく、その教え方も「受け身的、一方的で浅い学び」で、いかにも19世紀的だ。
歴史こそ、21世紀にふさわしい「主体的・対話的で深い学び」を実現しなければならない。そうしてこそ、「感動・感謝・志」を通じて「国家社会の形成者」を育てることができる。
花子: そんな歴史なら、私も学びたいです。



コメント