「本業」で革新を起こせない企業が「業態転換」に挑んでも、単に(儲からない)新しい事業が増えるだけということである。「業態転換」は企業にとって最大級の革新である、企業風土に革新性が無ければ、「業態転換」という革新は実現できないということである。
半導体製造装置・材料などのニッチ分野で、「日本品質」によって市場を寡占しているメーカーが多数ある。
同様に、富士フイルムの「革新」も「日本品質」の高い技術に支えられている。
銀塩写真から始まった富士フイルムが、「ヘルスケア分野」に進出するのは、大胆なチャレンジではあるが、基本技術を共有できる「業態転換の王道」とも言えるのだ。
いまやヘルスケア部門が稼ぎ頭に…事業転換で七変化する「富士フイルム」は、利権まみれの「医療業界」の革命児となるか
コダックは「沈没」したが
樹木希林と岸本佳代子のTV・CMは、「お正月を写そう!」、「美しい方は美しく、そうでない方はそれなりに写ります」というフレーズと共に、多くの読者の脳裏に焼き付いているであろう(参照:「樹木希林、岸本加世子が出演!40年間の感謝を込めて/富士フイルム・スペシャルムービー『樹木希林さん 2018年末特別』篇」)
このCMの大成功もあってか、富士フイルムは銀塩写真フィルムメーカーのイメージが強い。
実際、銀塩写真フィルムは、コダック、アグファ(ドイツ)、富士フイルム、コニカの寡占市場であった。
そのため、銀塩写真は富士フイルムの収益を支える屋台骨であり、よもや「市場が消えて無くなる」などということを、「現実感」をもって想像することは難しかったのである。
しかし、1990年代前半から始まった「IT・インターネット革命」は、「写真」分野にも激震を走らせたといえる。
実際、銀塩写真の没落と、IT革命の一環でもあるデジタル写真の勃興は、空前絶後のスピードで起こった。「富士フイルムグループの成長戦略」4ページ目「カラーフィルムの世界総需要推移」によれば、2000年度のピーク時を100とした場合、2010年度は10以下、つまり10年で約10分の1という急速な落ち込みを示したのだ。
そして、その対応を誤ったコダックの劣化が猛スピードで進行し、ロイター 2012年1月19日「米コダック、破産法第11条による事業再編を申請」という結末を迎えた。
それに対して富士フイルムは、現在も社名に「フイルム」という名前を残しながら、大胆な構造転換によって、生き残ったどころか、堅調な経営を続けている。
この両社の対照的な運命は、企業戦略研究のテーマにもよく用いられる。結果を見れば、明らかに富士フイルムの手法が正しかった。
だが、「銀塩写真の衰退」に打ち勝った富士フイルムが、「これからの勝者になるのか?」という問いにはまだ明確な答えを出せない。
その答えを出すためのカギは、東洋経済 2017年6月30日「富士フイルム、不祥事に『反省の色なし』の声」と報道された「不正会計問題」をどのように解釈するのかということと、近年注力している「ヘルスケア」分野である。
「ヘルスケア」分野においては、2022年11月12日公開「健康保険と『国営ねずみ講』の年金を『第2税金化』で維持に必死の日本政府」で述べたように「健康保険制度崩壊」の危機の中で、どのように成長するのかが、同社の将来を見通すための重要ポイントであろう。
「写真」分野でも挑戦を続けている
日本経済新聞 5月31日「富士フイルム、英国の写真旗艦店舗を刷新 自撮りブース」と報じられた。
2000年以降の銀塩写真の凋落ぶりはすでに述べたとおりである。「市場消滅」と言ってもよいくらいだ。だが「写真市場」が消滅したわけではない。むしろ手軽に撮影できるデジタルカメラ、さらにはスマホ内蔵カメラなどによって「写真市場」は、爆速で拡大したといえる。
ただし、その「巨大市場」においても、デジタルカメラがスマホ内蔵カメラに敗れた。「フィルム」どころか、「(デジタル)カメラ」さえ必要なくなり、スマホの一機能になってしまうと写真ビジネスの収益化のハードルは上がる。
だが、こだわりを持つ人々向けの高級デジカメや、エンタテイメントとしてのプリクラなどの需要は根強い。そのような需要に対して、前記「英国の写真旗艦店」を始めとして挑戦を続ける同社の姿勢は高く評価できる。
実際、過去を振り返れば、特許庁「とっきょ」の中の「写ルンです(富士フイルム株式会社)」で紹介されている世界初のレンズ付きフィルムは、その革新性と前記TV・CMの斬新さが上手く組み合わさって、1986年の発売以降大ヒットとなった。
さらに、1990年代前半からの「IT・インターネット革命」が加速し、好調であった銀塩写真の将来に暗雲がかかり始めた1998年に発売された「チェキ」も、2000年以降の写真フィルム市場の急速な衰退の中で、手軽に撮影できるインスタントカメラとして人気を博した。
もちろん、富士フイルムの成功には「業態転換」が大きく貢献しているが、その大胆な業態転換を成功させた背景には、銀塩写真ビジネスで育まれた「革新的風土」が存在すると見るべきであろう。
「本業」で革新を起こせない企業が「業態転換」に挑んでも、単に(儲からない)新しい事業が増えるだけということである。「業態転換」は企業にとって最大級の革新である、企業風土に革新性が無ければ、「業態転換」という革新は実現できないということである。
富士フイルムの「変身の術」
銀塩写真が衰退するはるか以前、旧富士ゼロックスは1962年に、米ゼロックス(傘下のランク・ゼロックス)と富士写真フイルム(現・富士フイルムホールディングス)の合弁会社として生まれた。
この時点で、(銀塩)写真以外の他分野への進出に関する布石が打たれていたといえる。しかも、複写機(複合機)ビジネスは「写真」も含まれる「イメージング」の一分野だ。既存の技術(資産)を有効に活用した「横展開」の教科書にしたいほどの成功事例である。
銀塩写真ビジネスにおける革新的風土や、すでに1962年から始まっていた「既存技術(資産)」を活用した横展開が、コダックとの明暗を分ける大きな原因になったと考える。
投資の神様バフェットは、「社長が、さあ、今日から経費節減するぞ!」と宣言する企業には「投資をしたくない」と述べている。「経費削減」は企業にとっての永続的テーマであり、「日常的に行うべきこと」なのだ。したがって、思い出したように「経費削減キャンペーン」を行うような経営者は能力が低いということである。
同じように「業態転換」も「革新」の一つの形態である。
市場環境が変化する中でビジネスを行っている企業は「常に革新を行う」ことが求められる。したがって、会社の経営が危機になってから、「さあ、今日から革新(業態転換)するぞ!」と宣言する企業が「業態転換」を成功させることも困難である。
もし、業態転換を成功させたければ、「追い風の時にも、危機感を維持」して「常に革新的風土を失わない」ことが重要なのだ。
ゼロックス関連での「失敗」はどう評価すべき?
東洋経済 2017年6月14日「富士フイルムHD、『不正会計』の絶妙カラクリ」、産経新聞 2017年6月19日「ゼロックス不正 海外でも統治を徹底せよ」などで富士フイルムの「不正会計事件」が伝えられた。
同社自身の報告は、富士フイルムHP 2017年6月12日「第3者委員会による報告書の概要と今後の対応について」を参照いただきたい。
この事件は、富士フイルムの統治能力に大きな疑問を投げかけた。さらには前記産経新聞記事で指摘されているように、「見過ごせないのは、富士ゼロックスの副社長が2年前に不正会計の存在を知りながら、これを部下に隠蔽するよう、直接指示していたことである」。
5月14日公開「投資で成功したければ基本は嘘を見抜くこと、そして『はずれ屋』が『買うな』という時こそ買うべき時だ」3ページ目「企業の嘘を見抜くことが大事」と述べた。さらには同4ページ「『合法的』操作」の問題も考えなければならない。
だから、バフェットは、「台所でゴキブリを見つけたら、それが一匹だけのはずはない」と述べるのだ。つまり、「我々の見えないところでゴキブリが大量に繁殖している可能性が高い」ということである。
そして、富士フイルムがそのケースに当てはまらないと確信できる要素は今のところ存在しない。
また、その富士ゼロックスを富士フイルムの完全子会社にした経緯は、富士フイルムビジネスイノベーション(後継会社)に詳しい。最終的に完全子会社にしたという判断は合理的で正しいと思うが、それまでの複雑な経緯は、やはり「統治能力」に疑問を感じさせる。
「化学」は驚くほど範囲が広い
半導体製造装置・材料などのニッチ分野で、「日本品質」によって市場を寡占しているメーカーが多数ある。
同様に、富士フイルムの「革新」も「日本品質」の高い技術に支えられている。
例えば、トヨタ自動車が自動織機の技術から派生して誕生したことはあまりにも有名だ。
また、4月30日公開「楽器、オートバイ、産業ロボット……次々と世界ブランドを生み出すヤマハの『匠の精神』」2ページ「飛行機のプロペラからオートバイへ」で述べたように、楽器製造のための木工技術から「ヤマハのオートバイ」が誕生している。
富士フイルムは大枠で「化学メーカー」に分類されるが、銀塩写真などで培った高度な技術は、同社HPの「先進・独自の技術力」において詳しく解説されている。
一例をあげれば、同社の化粧品アスタリフトは、写真フィルムの主成分が肌と同じコラーゲンであることが生かされている。コラーゲン研究の他にも、抗酸化・紫外線防御技術、光解析・コントロール技術、ナノテクノロジーという四つの写真技術が活用されている(参照:「富士フイルムの歴史が培った美のサイエンスがアスタリフトの独自で先進的な進化を支える」)。
また、医療においてもレントゲン写真、MRI、CTスキャンなどは写真・イメージング技術が必須である。
さらに、製薬も製造工程に化学をフル活用する。クラレHP「製品のはてな?」で述べられているように、初原料と薬の間の製品である「中間体」は、いわゆる製薬メーカーではなく、クラレのような「化学メーカー」が製造するケースが多い。
銀塩写真から始まった富士フイルムが、「ヘルスケア分野」に進出するのは、大胆なチャレンジではあるが、基本技術を共有できる「業態転換の王道」とも言えるのだ。
利権で固まった医療業界の「革命児」になるか?
富士フイルムの「2024年3月期決算短信」によれば、ヘルスケア部門が、売上げ高で約33%とトップである。
ヘルスケア分野の今後が大いに期待できるが、冒頭で述べたように、日本の健康保険制度が崩壊の瀬戸際にあることには注意しなければならない。
だが、「小林製薬の紅麹の打撃と、住友ファーマ巨額減損の背後にある『医療保険制度崩壊』の影響のどちらがより深刻な問題か?」で述べたように、利権、既得権益で固まってしまった医療業界において、過去数々の革新を成し遂げてきた富士フイルムが活躍することは、「親方健康保険」の医療業界に新風を吹き込むことになるのではないかと期待している。
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