頭脳知(口呼吸)と身体知(鼻呼吸)
▼頭脳知優位の社会
現代社会は「情報を制すものが世界を制す」と言われるほどの情報 戦争に突入しており、頭脳重視、知識重視がこの世界の優位を誇っ ている。しかし、この頭脳から得た知識というのは、まったくの完 全な認識ではないということを我々はよく心得ておく必要がある。
特に情報戦争と言われるだけあって、そこには我欲にかられた幾重 ものフィルターがかけられ、真実は闇深く隠遁されてしまっている。
また、知識には錯覚、思い込み、勘違い等の個々人の認識のずれが あり、時の経過とともに不透明になってゆく記憶というものの中で 、完全な認識はできない。我々が唯一明確に信用できるものと言え ば、自らの足で実際に出向き、自らの目で実際に確かめ、触れ、 それを実感、体感することのみだけでしかなく、唯一の真実はそこ にしかない。
更に、頭脳には善悪の選択肢はなく、とりあえずは全ての情報を取 り込んでしまうという危うさが潜んでいるようだ。一旦頭脳へ取り 込まれた情報の善悪の判断というのは、それまでの個人の経験知と 知識だけという大変おぼつかないものであり、頭脳知だけで生きよ うとすると様々な関係性から我々は利用され、翻弄されるだけでし かない。
敗戦後、日本はサラリーマン社会という合理化に基づいた頭脳知の 世界をひたすら走ってきた。米国との抜き差しならぬ関係性から、 日本は高度経済成長を体験し、エコノミックアニマルと風刺された りもした。が、バブル経済とその崩壊、安全神話の崩壊、勝ち組負 け組み、都市と地方、貧富の格差拡大で国民を単純に二分化させよ うとしたり、最近では皇室女系天皇容認問題で日本解体が進行しつ つある様は、頭脳知のみを頼りに戦後を生きてきた日本が、まさに 米国との関係性で見事に翻弄されて歴史を生きているのがわかる。
それだけ現代社会がいとも簡単に頭脳知優位を容認するほど、情報 汚染が深刻化しているということだろう。
▼身体知優位だった日本社会
西欧型文明が頭脳知重視の社会に移行した契機となったのは、やは り産業革命という労働の機械化、合理化にあっただろう。頭脳知優 先の生き方は我欲を生じやすく、またそれを暴走させやすい。その 産業革命の流れが日本にも押し寄せ、明治維新となって日本はそれ までの身体知優位の社会から徐々に頭脳知優位の社会へと移行して いった。
江戸時代までの日本は着物文化やナンバ歩き(右手右足を同時に出 して歩き、呼吸に負担が少ないと言われる)に見られるように、身 体という細胞の本能知に基づきながら物事の判断を優先的に行って きた。頭脳知に見られるような昨日、今日得た知識や経験知ではな く、身体の細胞が40億年かけて体得、蓄積した知恵を信頼し、そ れを身体知として受け入れ自然と共存しながら生きてきた。つまり 、身体知優位社会であったからこそ自然との共存が可能であったの だ。
「レミングの集団自殺」という現象をご存知だろうか。大量に増殖 したネズミが種の保存を図るために、集団で海に飛び込み溺れ死ぬ まで泳ぎ続ける現象を指すそうだが、今日の日本の状況がまさにこ の「レミングの集団自殺」現象と非常に酷似している。世界に例を 見ないほどの自殺者の増加と急速に進行しつつある少子化の問題は 、増えすぎた人口への警鐘と種族保存のための細胞から発せられた 本能としての身体知ではあるまいか。
短期展望から政府や自治体は少子化対策に苦心しているようだが、 そんなことではおそらく何の問題解決もなされはしないだろう。む しろ国民の税金の無駄遣いとなり、国民はより重税に苦しみ、彼ら 政治家のふところを肥やすだけという、本末転倒どころではすまさ れないことになる。
我々がよく心得ておかなければならないのは、この世は物質界とい う有限世界であるということだ。あらゆるものには限度という限界 点が存在しており、地球自体にあらゆる意味での「飽和状態の限界 」がきている。それを本能的に身体知として日本人は感じとってい るにすぎず、これは本能としての細胞知による正常反応だと言えは しまいか。
▼変化を加速させる口呼吸
頭脳知優位社会になると頭脳の酷使はますますひどくなり、頭脳は 大量の酸素を必要とするようになる。人間の呼吸を通して得る酸素 の60%~70%は頭脳に送られているそうだ。その大量の酸素を 頭脳は口呼吸から得ているとも言われており、これは他の生物には 見られず、人間のみが知性を獲得してゆく過程で習得した経験知で あるようだ。
しかし、この口呼吸には様々な弊害がある。口はまず食物を摂取す る入り口であるというのが本来の機能である。しかし、人間は言葉 を話すようになることで、口に新たな機能を持たせた。そうして、 知性を獲得することで頭脳は酸素をより必要とするようになり、手 っ取り早く口から酸素を供給していった。が、生物本来の基本であ る鼻呼吸が深く呼吸できるのと違い、口呼吸は浅い呼吸しかできな い。頭脳が大量に酸素を必要とするようになれば、浅い口呼吸を速 く繰り返すのは当然の帰結だろう。
また、口呼吸では空気と共に細菌やウイルスも抵抗なく吸い込み、 これが今日の様々な病気を引き起こしている要因だと言われている。
「口呼吸を続けていると、空気と一緒に吸い込んだ細菌やウイルス が、のどの周辺にある扁桃リンパ輪という組織を直撃する一方、鼻 を使わないために、鼻の奥にある扁桃リンパ組織にカビが生えたよ うな状態がおこります。その結果、体内に病気を引き込むことにな ります。気道の使い方、空気の通り道の使い方の間違いだけで、病 気を発症させてしまうのです。」 (「生命力を育てる」西野皓三著 クレスト社 p145~p146)
現代社会は情報社会と言われる頭脳知社会であり、それはまた口呼 吸社会でもあったわけだ。その口呼吸の弊害がこの世界を徐々に蝕 み、浅い口呼吸ゆえにあらゆるものの変化を加速させていると言え ば、驚くべきである。そして、口呼吸の弊害は何よりも自然と共存 できないということであり、不自然な人工社会が誕生してしまうと いうことである。
口呼吸が病気を生み、そこから頭脳知としての科学が生まれ、発達 してゆく。科学の発達に頭脳はますます酷使され大量の酸素を必要 とするため、更に口呼吸をすばやく繰り返す。新たな細菌やウイル スを口呼吸と共に取り込むことで更に新たな病気が増え、頭脳知と しての科学はどんどん発達してゆく。薬を飲み病院で治療を受け、 病気から解放され、科学に他力本願的に依存することで人間自身の 身体を知ることを我々は忘れるようになる。
更に快適便利な合理化された科学的日常生活で、人間は身体を酷使 しないことを覚え、真夏にはクーラー、真冬には暖房の効いた不自 然な安定した人工生活に浸ることを体得してしまう。身体知はます ます薄れ、世界は頭脳知へとひた走り、自然と共存せずに頭脳知の 我欲だけが暴走してしまう。
頭脳知と口呼吸に依拠することで、身体知と鼻呼吸は忘却のかなた の存在となり、時の流れだけでなく、あらゆるものの変化がこの世 界で加速してゆく。その加速度的変化に追いつこうと我々人間は頭 脳知と口呼吸にますます依拠してゆくようになり、世界はよりめま ぐるしく変化してゆくというスパイラル構造が生じてしまうわけだ。
以下に頭脳知と身体知を対比してみたが、明確にその違いがわかり 大変に興味深い。
頭脳知―口呼吸―経験知(知識)―視覚文化―人工―変化が速い
身体知―鼻呼吸―細胞知(本能)―足の文化―自然―変化が遅い
▼頭脳知と身体知の調和した世界
静かに黙して座す座禅や瞑想が脳の整理整頓にどうして効果がある のか、私はどうしてもわからずにいたが、これで大きく納得するこ とができる。頭脳知と口呼吸で善悪もわからぬ情報や必要、不必要 にかかわらず取り込まれた情報を、身体知と鼻呼吸が、細胞知の本 能でその邪念を消去してしまうからに他ならない。つまり、座禅や 瞑想は身体知であり、鼻呼吸であったということだ。 頭脳知に汚染された我々の思考は、この情報社会の中で世界動向に 目を奪われることで、我々自身を省みることすらしなくなり、人間 自身が一体何者であるかすらも思考しなくなった。そして、我々が 当然のように行っている呼吸ひとつの問題にしてもそれを深く考察 することはなかった。
更に、科学という頭脳知優位社会が、不自然な安定性の中で生きる 「生」を我々に提供したことで、「生」があまりにもはかなく、い つも危機と隣り合わせの不安定なものであることを我々は忘れてし まった。いくら科学技術の発達で高齢化社会が到来したとて、介護 の必要な高齢化社会ならいらない。
無駄に時間を浪費するだけの 「生」なら、余程死んだほうがましである。 せっかく頭脳知で得た科学で高齢化社会を生きるのであれば、我々 は主体性のあるみずみずしい「生」を生きたいものだ。我々が身体 知に目覚め、それを取り戻せば、世界は大きく変わるはずである。
頭脳知優位で情報汚染された我々の思考を正気に戻すためには、ど んな思考にも依拠することのない、本能としての身体知が得た独自 の思考とその視点で世界を見つめ、独自の世界を切り開いてゆくこ とである。
参考文献 「生命力を育てる」 西野皓三著 クレスト社
「身体知の誕生 七つの法則」 西野皓三著 小学館
★「生命力を育てる」と「身体知の誕生 七つの法則」では、身体 知を詳細に説明しており、また、西野流足芯呼吸法で身体知をより 高める方法を紹介しています。
著者の著者の西野皓三氏は現在80歳で、 生命力に溢れた「気」の達人でもあります。彼を知らなくても西野 流足芯呼吸法の広告塔として女優の由美かおるさんがいると言えば 、納得される方も多いでしょう。
カオスと不透明な世界(本来「生 」とはそういうものでしたが)に生きる参考になればよいと思って おります。尚、あくまでもこれを強制、推奨するものではありませ んので、あしからず。★
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