
支配者が最大の警戒を払った人物
支配者が最大の警戒を払った人物日本政治にはいくつかの分岐点があった。それらの分岐点の決着が異なるものであったなら、その後の歴史は異なるものになった。歴史のIfは意味がないと言われるが過去の検証は重要だ。2006年4月に小沢一郎氏が民主党代表に就任した。前原誠司氏が「偽メール問題」の処理を誤り、民主党が信認を失った局面。「火中の栗」を拾うかたちで小沢一郎氏が民主党代表に就任した。ここから民主党が大躍進した。結果として2009年8月総選挙で民主党政権が樹立された。樹立されたのは鳩山由紀夫内閣で小沢一郎内閣ではなかった。しかし、民主党を基軸とする新政権が総選挙での主権者の選択によって誕生したことは間違いない。本来は小沢一郎内閣が誕生した局面だったが、小沢氏と鳩山氏は連携して政権を樹立したから意味は同じだ。小沢氏が民主党代表に就任した2006年から2011年までに多くの重要な事象があった。このすべてが歴史の転換点を創出した。そして、そのすべてが、ある一つの「大きな意思」によって規定されてきた事実がある。その洞察が重要だ。全体を貫く「大きな意思」をは、小沢-鳩山ラインによる政権を妨害するというも...